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「そうそう、高校でたらタレントになるかもしんねーの、うん、そん時はさ、応援よろしくな」
―――ばっかじゃない……。
 流川凪は、冷めた目で、実の双子の兄を見下ろした。
 髪の長さをのぞけば、ほとんど見分けがつかないくらい似ている――どこか中性的な儚さを持つ兄、風こと風汰は、ソファに背中を預けたまま、上機嫌で電話をしている。相手は多分、最近新しくつきあいはじめた彼女だろう。
「困ったわねぇ、どこまで本気なんだか……」
 と、台所で嘆息する母親の傍をすりぬけ、凪は自室に向かう階段を上がる。
 凪が志望している地元大学医学部。その推薦合格者を決める選抜試験まであとわずか。
 定員は一人。倍率は二十倍以上。正直、くだらないことに頭を悩ましている暇はない。
「ねぇ、凪ちゃんからもなんかと言ってやって、風ったら、すっかりのぼせちゃって」
 母親が、後を追ってくる。
 母親とは常にこういうものなのか、娘の人生がかかった試験が間近であっても、彼女の関心事は、病弱で頼りない息子の方にあるらしい。
 それでも、去年の元旦、そんな母が買ってくれた合格祈願の赤いお守り。
 凪はそれを、ひもに掛け、ずっと自分の首にぶらさげている。
「知らない……それに、私の言うことなんて、もう風は聞かないし」
「最近、女の子とばかり遊んでるし……一体、どうしたのかしら、風ったら」
「…………」
 母親の愚痴めいた声が階段の半ばでとまり、「風、いいかげんにしなさい、何時だと思ってるの」と、階下に向かっての小言に変わる。
 凪は自室の扉を閉め、はぁっと、重いため息をついた。
―――男って、なんであんなにバカなんだろ。
 兄の風。
 本人は「フウタなんて、プータローの略みたいでかっこわるいから」と、風で通しているが、本名は風汰である。
 子供の頃からひ弱で、情けなくて、いつだって女に間違えられて(で、凪が男扱い)、いつも凪の背中に隠れて泣いていた双子の兄。
 それが、ふいに別人のように変わったのは、今年の春くらいからだ。
 妙に自信過剰になり、態度が蓮っ葉になった。家人とあまり口をきかず、部屋に閉じこもったり、長電話をしたり、夜遅くまで帰ってこなくなったり――。
 あまり知りたくなかったけど、凪には、その理由――というか、きっかけみたいなものは判っている。
 高校三年になってつきあいだした彼女と、多分、一線を越えちゃったこと。
 それは、兄の部屋で、あまりに無防備に捨てられている使用済みの避妊具を見たときに判ってしまった。
 無論、そういったことに未経験の凪は、相当なショックを受けたが、それだけならまだいい。
 あろうことか風汰は、大学受験をやめて、芸能界に入ると言い出したのである。
―――まぁ……
 机の上で、頬杖をつきながら、凪は軽く嘆息した。
 こと、この件に関しては、若干の責任を感じないでもない。風汰が芸能界に関心を持つようになったのは、そもそも凪自身のせいでもあるからだ。
 流川家にスカウトマンが初めて来たのは、高校二年にあがった直後のことだった。
 東邦EМGプロダクション。
 営業部・スカウト担当・神崎琢磨。
 にがみばしった男前のおじさんだった。年は、三十いくつかだと言っていた。
 凪は捨ててしまったが、風汰はまだその名刺とパンフレットを持っているに違いない。
 なんでもJ&Mのキッズをしていた凪――こと、本名風汰をいたく気に入り、何故か凪も一緒に、双子ユニットとして、うちでデビューしないか、という話だったのである。
 無論、凪は即座に断った。
 親にも内緒だが、実のところ、J&Mのオーディションを受け、ひと夏、キッズとしてコンサートのバックで踊りまで躍らせてもらったのは、風汰ではない。妹の凪なのである。
 その凪が断れば、無論、風汰にも否やはないはずだったし、実際、当時の風汰も「いやー、僕なんて、無理です、無理です」と、おどおどしていたばかりだった。
 が、いったんは終わったはずの話だったが、意外にも東邦のアプローチはしつこかった。……というか、学校の様子はどう?みたいな感じで、時々スカウトマン神崎が電話などをかけてくる。
 凪ははなから無視しているが、どうも風汰は、それで最近、芸能界入りの気持ちを固めつつあるらしいのだ……。
―――ばかだなぁ……。
 凪はつくづくそう思う。
 部活も、勉強も、習い事も、風汰は何ひとつ長続きしたためしがない。
 ほんのひと夏だが、キッズとしてJ&Mに所属していた凪にはわかる。
 あそこで生きていくために必要とされる体力、気力は、並大抵のものではない。部活ひとつ満足に続けられない飽きっぽい風汰には絶対に無理だ。
「………あ、」
 置時計に目をやり、凪は声を上げて立ち上がった。
 風汰のことに気をとられて忘れていた。
 凪は慌てて、自室のテレビのスイッチをつける。
 廃棄寸前の小さな十四型テレビ、受験生の凪がそれをつけるのは、週に一度。
 「クイズ・世界奇想天外物語」がある時間だけである。
 水曜日の午後七時。
 STORMでは、唯一ゴールデンにレギュラーを持っている、成瀬雅之が回答者として出ている番組だった。
「うそ、もう始まってるし」
 独り言を呟きながら、画面の中にいるはずの男を探す。
 恋人――というより、なんだかよく判らない関係を、この二年以上続けていた男。
 クイズ番組とは名ばかりで、ほとんどの時間、世界中から取り寄せたびっくり映像が流れ、クイズは一時間のうち、たったの二問たらずの番組だった。
 回答者は、成瀬雅之を含め、なんと十人以上もいて、そのほとんどが、バラエティ専門のタレントか、お笑い芸人。にぎやかなトークと珍しい映像が売りの番組。
「…………」
 成瀬雅之は、いた。
 席は後ろの方。
 番組の開始当時はセンターだったのに、だんだん存在感がなくなってきているのが、はっきりと判る。
 何か喋ろうとしても、その声が拾われず、他の芸人やタレントの声にかき消されてしまうのはしょっちゅうだ。
 最近では、笑う顔が隅に出るだけになっている。時折喋っても、それがどこか浮いて聞こえる。周りの雰囲気に溶け込めていない。
―――なんで、俺、ここにいるのかな。
 本人がそう思っているのが、なんとなく判る。それは凪の思い込みかもしれないが。
「……………」
 STORM全員と、もしくは何人かで出てくる時は。
 成瀬雅之の面白さというか、雰囲気の楽しさが、何もしなくても伝わってくるのに―― 一人でいるときの、この所在なさというか、存在の不安定さはなんなのだろう。
 凪はしばらく見てから、ため息をついてテレビを消した。
 そのまま、ベッドに仰向けになる。
―――今……なにしてるかな。
 こっちから電話はできないし、したこともない。
 いつ、どんな場所にいるかも判らないし、それ以上にまだ凪には、雅之の気持ちがよく判らないからだ。
 初めての、そして二度目のキスを交わしてから。
 いったんは別れて――で、電話があって、時々電話で、互いの近況を言い合うようになった。
 最後に会ったのはその年の秋だ。
 なんの前触れもなく、ふいに雅之がこちらにきてくれて、で、このあたりを行くあてもないままに、うろうろと散歩した。
 交差点が青になって、その時に、はじめて手を繋いだのをよく覚えている。
 あれが――二人で会った最後の日。
 生でみた最後の笑顔。
「…………」
 凪は力なく携帯を持ち上げ、そしてその腕をベッドに落とした。
(―――こ、これからも、こんな風につきあっていけたらって思ってるから)
 つきあうってなんだろう。
 あれから――月に一度あったらいい程度の電話が何回か続いた。
 会話がもりあがったことはあまりなくて、どこかぎこちなかったり、疲れていたり……落ち込んでいる風だったり。
 ここ一年はまるでない。
 さすがに、もうだめなんだな、というのは何となく察している。
 凪にしても、この一年はまさに人生の正念場というやつで、あらゆる楽しみを放棄して、ただ、がむしゃらに受験勉強に打ち込む日々だった。正直、恋など二の次で、電話がないことを寂しいと思う暇さえなかったほどだ。
 凪は無言で携帯を開く。
 指で覚えた動作を繰り返し――が、それは途中で止まる。
「……あんなこと、言わなきゃいいのに」
 もともと、つながりも絆もない二人。
 距離と時間に、そして違いすぎる互いの環境に、勝てるはずなど、最初からなかったのかもしれない。
 が、
 終わりにしようにも、そもそも始まってもいないものを、どうやって終わらせたらいいか判らない。
 凪はため息をついて、登録した番号を――どうしても消せないままの携帯を見つめた。

 
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「そう、スケジュールは全部ミーのPCに転送して、一分以内、無理?無理でもするの、オーケー?」
 一気にそう言い切った女は、口笛を、ひゅっと吹いてから電話を切る。
 片野坂イタジは、わずかに肩をすくめ、新しくボスになった美貌の女に背を向けた。
 J&M事務所に、マネージャーとして入社して十年。
 見習いマネージャーとして運転手兼パシリからはじまって、SAMURAI6の現場マネージャー三年、そして営業担当マネージャーに昇格してから、さらに五年。
 すっかり脂の乗り切ったベテランマネージャー……を自負している片野坂イタジが、突然、唐沢社長に異動を命じられたのは、まさに昨日のことだった。
「お前、今日からSTORMにつけ」
「はっ??」
 と、イタジは、思わず顎を落としてしまっていた。
 STORM?それはない。
 悪いが、それが正直な気持ちだった。
 J&Mという巨大事務所には、イタジを含め、実に五十名近くのマネージャーが雇われている。そしてそのマネージャーにも階級があり、一番力があるのがGALAXYのマネージャー。次いで、スニーカーズ、MARIA、SAMURAI……別格がヒデ&誓也で、ここは来春のデビューを見込み、美波涼二が他社から引き抜いてきた、強面の凄腕がついている。
 その他、見込みがあるキッズにも、腕のたつマネージャーが早くからついて、睨みをきかせている。関西Jの立花コージ、谷口夏樹、遠藤哲太など、すでに次代を期待されているエースには、当然、デビューを睨んだシフトがしかれているのである。
 で、STORMは、その下である。デビュー前ユニットより下の存在。
 SAMURAIの営業マネージャーだった片野坂のポジションは、中の上の……もうちょっと上。ずっと自分の仕事に誇りを持っていたし、SAMURAIのメンバーに、必要とされているという自負もあった。
 なのに、である。
―――俺、何やらかしたっけ?
 と、ベテランの域に入った敏腕マネージャーが、思わず青ざめたのも無理はない異動。
 が、
 オフィスの窓際――そこに運び込まれた真新しい机では、女優とみまがうばかりの女が、犯罪的に長い脚を組み替えている最中だった。
 その女が、再び、鼻歌交じりに電話を持ち上げる。
「やっぱり一分ってのはないわよね。ソーリー、ミーったら、ジャパニーズビジネスマンの常識が判ってなかったみたい。じゃ、悪いけど三十秒以内で」
 とだけ言って、やはり口笛を吹いて、がちゃりと切る。
 イタジはただ、唖然としていた。
 電話の相手は広報部。あと三十秒で、このJ&M事務所に所属する――キッズを含め、総勢百数十名全員のデータとスケジュールを転送せよ、と言っているのである。無茶だ。
 正直、バカバカしくて腹もたたない。
 この会社を作った、故創業者の一人娘。
 真咲しずく。
 内々に帰国し、会社の経営のことにあれこれ口を出していたのは知っていたが――。
 先週末から、すでにSTORMのチーフマネージャーになっていたとは、さすがのイタジも知らなかった。
 どう考えてもありえない人事。
 というより、お嬢様の道楽か、気まぐれとしか思えない。留学先の大学を卒業後、これといった就職もしないままぶらぶらしていて、精神科の勉強か何か知らないが、色んなことに手を出して――副社長兼筆頭株主でありながら、その責任のすべてを放棄し続けてきた女。
 いきなり帰国して、いきなりマネージャーになりたいとゴネたという。
 イタジはようやく理解した。そうか、俺はこの女の暴走を止めるため――というか、監視するために、ここに飛ばされてしまったのだろうと。
 とすると、これは左遷じゃない。
 うまくいけば、STORM解散後、キッズから新しく立ち上げられるであろう、新ユニットのチーフに抜擢される可能性もアリってことだ。もしかして、GALAXYのチーフマネージャーに抜擢されることも、有り得るわけで。
「退屈ねぇ……ねぇ、イタちゃん」
 と、いきなり愛称で呼ばれ、イタジは慌てて居住まいを正した。
 どう考えても虫の好かない女だが、今現在、一応イタジのボスであり、会社の筆頭株主である。
「イタちゃんはいくつ?」
「今年で、三十五です」
「へー、ふけて見えるけど、まだそのくらいか」
 と、両手で頬を支える女は、イタジには、どう見ても二十代にしか見えない。が、実年齢は三十代前半、ちょっと――正視できないほどの美人だった。スタイルといい目鼻立ちといい、生粋の日本人ではないのかもしれない。
「……チーフ、成瀬雅之のことですが」
 イタジは、女の機嫌がいいことを見極めながら、丁寧な口調できりだした。
 成瀬雅之の脱退を止めろ。
 これはマネージャー就任時に厳命された、トップダウンからの指示である。
「チーフはやめて、おっさんくさいから」
「……真咲さん、成瀬のことですがね」
「さんってのもなー、まーちゃんってのはどう?」
「………真咲さん、」
「プリンセス、真子」
「真咲さん」
 イタジは辛抱強く繰り返した。
 石の上にも三年。
 古臭い言葉だが、この業界に入って十五年、それがずっとイタジの座右の銘である。
 一に辛抱、二に辛抱、三四がなくて、五に辛抱。
 薄給、過酷な労働条件、あげくにバカみたいな若いタレントのぱしりまでさせられて、テレビ局ではぺこぺこと頭を下げる。
 それが、現場マネージャーの実態である。
 現場を離れ、営業マネージャーに格上げされたのが五年前。そこで、イタジの立場は一気に変わった。
 ようは使いばしりではない。そのタレントにふさわしい仕事を取り、スケジュール管理一切を任せられるポジション。
 タレントにも一目置かれ、テレビ局では、逆にプロデューサーにぺこぺこ頭を下げられる。これも、天下のJ&М――そして、加熱する一方のGALAXY人気の威光だろう。テレビ局の連中は、しょせん、緋川拓海や天野雅弘の出演権を得るためなら、土下座して靴まで舐めてしまうのである。
「本当に、あのまま辞めさせるつもりですか」
「んー、仕方ないじゃん、本人が辞めたいっつってんだから」
「……………」
 そういう問題ではないだろう。
 契約は、来年の夏まで残っている。そして、彼ら――成瀬雅之をはじめとする、STORMを売り出すために、会社が負担した金額を考えると、ここで辞めさせるのは愚の骨頂だ。
―――というより、俺の立場がねぇだろ。
 本音の部分は咳払いで押し隠し、イタジは真面目な目でボスを見下ろした。
「せめて、来年まで待たせたらどうでしょうか、まだまだSTORMには集客力がありますし、夏のコンサートも派手にやるいい口実になりますし」
「来年のことはどうでもいいの、今年今年」
 が、女は、あっさりと顔をあげてそう言った。
「ね、それよかさー、新メンバー募集とかできない?ほら、モーニングガールみたいにオーディションやってさー、楽しいわよぉ」
「………検討してみます」
 こわばった笑顔で答えつつ、胸の中で一蹴する。
 バカだ。
 ド素人にもほどがある。
 うちをどこだと思ってるんだ。イエプロのような新参じゃない、天下のJ&Mである。スカウトなどする必要はない。黙っていても日本中のバカなうぬぼれ屋のガキが、履歴書を抱えて飛びこんでくるのである。
 ブランドで言えば最高級。松坂牛か、プラダかグッチ。
 そして、営業マネージャーの仕事は、タレントを売り出すと共に、このJのブランドをより高めること――いくらギャラがいいといっても、会社のブランドを低くするような、くだらない仕事は絶対にとらないこと、それが必須事項なのである。
 にもかかわらず、すでにこの女は、子供向け特撮に、東條聡を出演させるという愚行をやらかしてしまっている。東條には気の毒だが、この先、まともな俳優路線を歩むのは困難だろう。
 ふいに、背後で扉が開いたのはその時だった。
 振り返ったイタジはひやっとした。
 まさに渋面、いや、殺意さえただよう冷えきったまなざしで、そこに立っていたのは唐沢直人――J&M代表取締役社長だった。
 ダブル創業者の1人、城之内慶が長期入院中のため、ここ数年、事務所の実権を内実ともに押さえている美貌の男。
「言っておきますが」
 開口一番。唐沢は、つかつかと真咲のデスクに歩み寄りながらそう言った。
 一方の真咲しずくは、立ち上がろうともせずに「あら」とでも言いたげに首をかしげる。
「言っておきますが、成瀬雅之が離脱した時点で、STORMは解散です。賭けは、その時点であなたの負けだ」
「えー、それは話が違うわ」
 と、言いつつ、真咲の目は、さほど驚いてはいないように見える。むしろどこか楽しそうだ。
「違いませんよ」
 無論、唐沢の顔は、楽しいなんてものではない。
「あなたは、STORMで勝負したいと言ったんだ。そして、STORMはあのメンバーでSTORMなんです。それが最低限の条件だ。メンバーの入れ替えはルール違反です」
「……あ、そっか、成瀬君の代わりに、もっと売れる子入れるって手もアリだったか」
「だからそれはナシ!です」
 今にも、拳でテーブルを叩きそうな勢いでそう言うと、唐沢は眉根を寄せて背すじを伸ばした。
「期限は一週間です」
 は?
 と、顎を落としたのは、言われた女ではなく、イタジだった。
「そこで成瀬が翻意しなければ、本人の希望通り事務所からマスコミに引退を表明します。そしてSTORMは契約の切れる来年夏を持って解散、あなたとのゲームも、ジ・エンドだ」
 ちょっと待て、その時俺はどうなるんだ?
 すがるような目で見上げたものの、唐沢の目は、イタジを完全に黙殺していた。
「それが嫌なら」
 女に背を向けつつ、唐沢は冷やかな声で言った。
「この一週間で、成瀬をせいぜい説得することです。泣き落としでもなんでもいい、それがあなたの最初の仕事だと思ってください」
「そうやって、若い子を縛ってんだ」
 真咲しずくは、その背中に、どこか挑発的な声をかけた。
 背を向けかけた唐沢の、足が止まる。
「……縛る、とは?」
「解散させたくなかったら、残れってこと?本人やめたがってるのに、可哀想じゃん」
「………………お嬢さん」
 唐沢は、ため息をついて振り返った。
「いいですか、これは遊びじゃない。僕らはビジネスでやっているんです。一番大切なのは、効率と効果。会社へのキャッシャバック、そして会社のブランドを高めること、彼らはそのためのコマだ。そして我々は、そのコマをいかに効率的に使うか、それだけを考えればいいんです」
「………コマ」
 女は指で、くるくると円を描く。あまりに人を馬鹿にした仕草に、さすがのイタジも、むっとした感情を覚えたほどだった。
「せいぜい」
 唐沢の額にも、その刹那青筋がたったような気がした。
「株式譲渡の用意でもしていてください、では、忙しいのでこれで!」
 バタン、と来た時より激しく扉が閉まる。
「ふぅん……」
 と、女が、どこか困ったような鼻声をたてた。
「さてさて、それはちょっと、面白くないじゃん」








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