AM 12;14
東京渋谷 アーベックス本社 販売戦略ブリーフィングルーム



「いずれにせよ、ヒデ&誓也は、当初の見込みより、随分売り上げを伸ばしている、という感じではあります」
 報告書をそう締めくくった小金井欣司は、席に着く間際、ちらっと上席の上司の顔を伺い見る。
 相変わらず、何を考えているのか掴みにくい男は、今も、携帯電話でメールを確認しているようだった。
 アーベックス専務取締役 荻野灰二。
 出資金の関係で、社長職にこそついていないが、実質、アーベックスを創業し、そしてほとんど1人の辣腕で、業界三位にまで押し上げた男である。
 小金井欣吾は昨年アーベックスに入った新人だが、入社式の訓示、写真よりずっと小柄だな――、というのが荻野を見た第一印象だった。
 体つきも貧相で、姿勢も悪い。雰囲気は若そうなのに、もそもそと喋る声に覇気がない。
 伝説なんて、こんなものかな、とさえ思った。
 元テレビマンから、今は業界三位のレコード会社取締役、鬼才、天才、ヒットメーカー、トレンドメーカー、荻野灰二の存在は、もはや伝説に近いものがあったのである。
 が、入社後一年、今は小金井も知っている。
 一緒に仕事をしてみて、初めて判る大きさと怖さ。
 凡庸に見えるのは上辺だけで、いったん仕事モードに入ると、ひたすら頭の回転が速く、鋭くてアグレッシブ。仕事に関しては、決して妥協も追従も許さない男。
 それから――少々変わり者。
 それが、荻野灰二という男だった。
 小金井は、再度、その荻野の顔を伺い見る。
 薄い色の入った眼鏡をかけた荻野は、ゆったりと椅子に背を預け、まだ、携帯メールを見続けているようだった。
―――つか、会議の最中に、普通見るかな、メールなんて。
 と、それは今でも疑問に思うが仕方ない。
 これが、音楽業界トップ3の座まで新参の弱小会社を育て上げた男、荻野灰二の、いつもの仕事のスタイルだからだ。
―――しかし、マメだよ、俺なんて彼女にメールすんのさえ面倒なのに。
 噂では、荻野には数百人の、年代を問わないメル友がいると言われている。で、それがただの噂でないことを、小金井はよく知っている。
 何百人ものメル友が、日本全国に張り巡らされたレーダー網のように、常に最新のトレンドを、リアルタイムで荻野に届けているのである。
「まぁ、ヒデ&誓也は、J&Mにとっても、三年ぶりの新人ユニットだ」
 何も言わない荻野に代わり、まず口を開いたのは、強面の営業部長、神鳥だった。
 現場からのたたき上げで、異例の出世を果たした根っからの営業マン。
「その程度の売り上げはあって当然、低く見積もった我々が甘かったのだろう」
 会議室に召集されたメンバー全員が、それにはひやっとして黙り込む。
 なにしろ、
「ヒデ&誓也の旬はとうにすぎている」
 と、事前にはっきり言い切った荻野が、今、このブリーフィングルームの最上席に座っているからである。
 今、アーベックスが、総力をあげて売り出そうとしている宇佐田ヒカル。
 今日は、今週水曜に控えたリリースの、最終戦略会議だった。
 社内の精鋭、たった数人で構成された今日の会議は、ある公にできない最重要事項を決めるためのものでもある。
 ほとんど名指しで嫌味を言われたようなものだが、その荻野は、顔色ひとつ変えずに、いまだ携帯を操作し続けていた。
「うちも、当初より出荷を増やして対抗しますか」
 販売局長の長瀬が、口を開いた。
「なにしろ、宇佐田ヒカルには、一年ぶりのリリースになります。待望するファンも多いが、一時のブームはすでに落ち着き、曲調もどこかマイナー路線、正直、かつてのような爆発的なヒットは見込めないでしょう」
「それでも、予約だけで、初動推定十五万は固い。わざわざ動く必要もないだろう」
「初動だけが取柄のJのアイドルが、チャート二週目で、十五万、まずいくはずがない」
 次々と意見が飛び交う。
「……ヒデ&誓也の、二週目の推定は?」
 携帯をパチン、と閉じ、はじめて荻野が口を開いた。
「今の勢いだと、推定、十万は確実でしょう」
 即座に、企画統計部長がそれに答える。
「………………」
 荻野の唇が、十万、と声を出さずに呟いた。そして携帯をまた開いて、また閉じる。
 何か、考えごとをしている時の荻野の癖。
―――十万か。
 小金井もまた、腕を組んで考えていた。
 二週目の売り上げが十万、それはそれですごい数字だ。さすが、天下のアイドル貴沢秀俊。Jが満を持してデビューさせただけはある。
 しかし、オリコンウイークリーチャートで一位を取るボーダーラインは、十四から十五万。
 一週目ならともかく、二週目でそれを出すとなると、今の音楽業界では、社会現象と呼べるほどのヒットでも放たない限り、絶対に無理な数字なのである。
 なにしろ、毎週のように、業界大手が看板アーティストを繰り出してくる。どのレコード会社も、目指すは発売第一週のウィークリーチャート一位だ。アーベックスもそうだが、出荷数をある程度水増しすることにより、確実に一位を狙ってくる。
 結果、週代わりで、小粒のヒット曲が生まれては、消える。
 それが今の日本の、音楽業界の実態だった。
「Jのアイドルが……などという言葉も飛び出しましたが」
 ようやく、荻野が、再度口を開いた。
「二週目以降の売り上げが落ちるのは、何もアイドルソングに限った現象じゃありません。どこだってそうです、うちの看板も例外じゃないでしょう」
「……まぁ、どこも、発売第一週に力を入れてきますからね」
 なにをいまさら、と、思ったのか、いぶかしげに営業部長、神鳥。
「荻野専務もご存知のとおり、なにしろ今の時代、CDリリースは、初動の売り上げが全てですから」
 荻野は何も言わずに、まだ携帯を閉じたり、開けたりを繰り返している。
―――荻野さん、どこでひっかかってるんだろう。
 小金井も首をかしげる。
 アーベックスもそうだが、どの会社も、確かに目指すは初動売り上げだ。つまり、発売第一週で、チャート一位を確実に取ること。
 なぜなら――、オリコンランキングや、ランキング形式の歌番組のせいもあるのだろうが―――音楽番組、情報誌、メディアがまず着目し、大きく取り上げるのが第一週の売り上げ結果だからである。
 発売第一週でトップ10に入れば、確実にテレビ番組からお呼びがかかる。雑誌の取り上げかたも大々的。結果、アーティストの人気もステイタスも上昇する。
 所属事務所にとっては、喉から手が出るほど欲しい結果なのである。
「今回は、念のため、ある程度購買員を確保しておきましょう」
 それが今日の会議の本題である。神鳥が、そう言って、許可を得るように荻野を伺った。
「よろしいですね、荻野専務」
 購買員。いわゆるCD買取員、と呼ばれるサクラ。
 アルバイトを雇って、各自、五枚から七枚程度、都内各所のレコードショップでCDを購入させて、売り上げをアップさせる。
 最初はびっくりした小金井だが、それが、音楽業界の当たり前の慣習だという。
 いわゆる、CDの水増し出荷、これによって市場は、実質、大手事務所によって、チャート操作されているに等しいのだ。
 荻野は、何も答えず、まだ携帯の手遊びを続けている。
 業を煮やしたのか、短気な営業部長が、再び口を開きかけた時だった。
「今回は、それは見送りましょう」
 ようやく荻野が口を開いた。
「……見送るって、購買員のことですか」
「ええ、ちょっと気になることがあるので」
「J&Mでも、当たり前にやっている手法ですよ」
 神鳥が口調を荒げる。
「東邦プロでもそうだ。RITSやスニーカーズが、どうやって前人未到の記録を出し続けていると思ってるんです、全部市場操作のせいじゃないですか」
「……………」
「金のある事務所なら、どこだってやっている。やらなければ、うちみたいなバックのない会社は、あっという間に置き去りにされてしまいます、荻野専務が、そういったやり方を好まないのは知っていますが」
「好む、好まないの問題ではなく」
 神鳥の憤りを、荻野はやんわりと遮った。
「僕はビジネスマンです。全ては、会社の利益が第一、そういう意味では割り切っている。しかし、今回は、どうも業界の常識が通用しそうもない相手がまじっているので」
「…………?」
「宇佐田には、実力で勝負してもらいましょう。そして我々もプロモのプロジェクトをいちから練り直す必要がある」
 荻野は最後に携帯を閉じて、立ち上がった。
 その唇が、何かを呟く。
 傍らにいた小金井は、その囁きを聞き逃さなかった。
「今回のチャートは、多少、荒れるかもしれません」
 そう言って荻野が退室する。場内は騒然となる。
「失敗したら、引責ものだぞ、荻野さん」
「しかし、確かに、そんな真似をしなくても、宇佐田なら売れるんだ」
―――……?
 小金井は首をかしげながら、手元の資料に視線を落とした。
 今週火曜発表のチャートで、ヒデ&誓也に次ぎ、二位が確定しているユニット。
 ストーム。
「ストームか」
 携帯を閉じた後、確かに荻野の唇は、そう呟いていた。
 もしかして、
 荻野が気にかけているのは、ヒデ&誓也では、ない……?
「………………」
 小金井は眉を寄せる。入社一年で荻野に抜擢された男は、自分の嗅覚に絶対の自信を持っている。
 これは、調べなおしてみる必要がある。
 立ち上がった小金井は、すぐさま自身のオフィスに向けて駆け出した。




PM 13:55 東京台場 エフテレビ本社


「わかりました、了解、ということで」
 新藤は、そう言って受話器を置いた。
 そして、微笑して、応接用のソファに座っている男に目を向ける。
「あなたの勝ちのようですね、御影社長」
「勝ちも負けもない、ビジネスです」
 長身の男はそう言ってゆっくりと立ち上がる。
 ブラックスーツが様になっている、すらりとした知的な男。かつて、ゲーム業界の貴公子と呼ばれた男は、40すぎても、若き日の美貌を失ってはいない。
「ニンセンドーは、うちにとっても大切なスポンサーです。が、ご承知のとおり、だからと言って、他社のCM枠に勝手に割り込ませることなどできない」
「無論、承知しています」
 新藤も席を立ち、2人は握手を交わしていた。
 エフテレビ、編成局長室。
 ドラマ部からはじまり、バラエティ、社会部を経て順当に局長になった男、新藤庸司が、このポストについて三年になる。
 が、人気番組のスポンサー枠が、オンエア直前になって売られるなど、新藤には初めての経験だった。
――― 一体、どういう手をつかったものやら。
 買った相手は、世界シェアを誇るゲーム業界トップ、ニンセンドー。
 新藤の前にいるのは、同会社の若き社長、御影亮である。
 無論、業界でも最大手のスポンサー、世界でもトップシェアを誇るニンセンドー現社長に、無礼な質問をぶつけるつもりはない。
 しかし彼が、事前の打診では絶対に譲らない、と断られていた某製菓会社のスポンサー枠を、オンエア数時間前に、裏取引でゲットしたのは、紛れもない事実だった。
「では、CМスポットで、オンエアはこちらの指定する時間帯でお願いします」
 御影は丁寧な口調で言う。
 御影とは、一見、温厚そうで、滅多に感情を吐露しない男だが、彼が、その実、相当執念深い――決して陰湿な意味ではなく、一度こうと決めたことは、不屈の精神でやり遂げることを、新藤はよく知っている。
 御影 亮
 世界的企業のオーナーでもあるこの男は、元日本銀行頭取を祖父に持ち、一族に政治家を多数擁する、いわゆる門閥の出である。
 そして、現経団連会長美作安二郎の義理の息子。
 が、その仲立ちとなった御影の妻は、もう十年も前に病死している。
「壮観ですね」
 その御影が、窓辺に立って呟いた。
 地上十七階。階下には有明海に面した東京テレポート駅が見下ろせる。
 新藤も、その隣に立った。
 東京ビックサイトに続く道路は、ぎっしりと車で埋め尽くされている。歩道にひしめく、人、人、人、人の列。
 レインボーブリッジ、首都高速湾岸線、全て車で埋まっている。
「まるでアリの行列のようだ、人間など、俯瞰でみると儚いものです」
「これも全て、あなたのパートナーが仕組まれたことですか」
 新藤は微笑してそう聞きつつ、その微笑の影で、今日夕方の報道番組、そのトップニュースを考えている。
「あなたのパートナーでもある真咲しずく氏には、今回とんだ煮え湯を飲ませてしまいました、が、ご理解いただきたい。この業界には、どうにもならない暗黙のルールというものがあるのです」
 唐沢社長の意向に逆らうということは、エフの看板でもある、ギャラクシーを二度と使えなくなることを意味している。
 無論、新藤には、おもしろくない横槍だった。が、面と向かって「ストームの宣伝になる報道は、一切するな」といわれれば、仕方がないのが現状だ。
「ええ、もちろん理解しています」
 御影は、温厚な横顔で微笑する。
「彼女も、その程度のことを、煮え湯とは思わないでしょう。非常におおらかな女性ですから」
「ご結婚されるとお聞きしましたが」
 それはフライングの質問である。しかし、新藤はあえて聞いた。御影がもし、真咲しずくの――プライベートでもバックにつくなら、こちらも、方針を見直す必要があるからだ。
「婚約しています、まだ公表するつもりはありませんが」
 が、御影はあっさりと肯定し、微笑した。
「それは……おめでとうございます」
 同じように微笑を返しつつ、エフテレ史上、最も敏腕と称されている編成局長は、細かく、今後のことを計算する。
「今回のことは、唐沢社長とあなた方の、盟約違反にはならないでしょう」
 御影は静かな声で続けた。
「ミュージック・ビデオが曲のプロモーションだけの意味を持つ時代は終わりました。これは、新しいビジネスの形ですよ、新藤さん」
「ミュージック・ビデマーシャル……ですか」
 新藤は呟く。
 確かに、それは、盟約違反にはならないだろう。
 ミュージックビデオと、企業CМのコラボレーション。
 業界初の試みである。
 宣伝するのはストームの新曲ではない、あくまでニンセンドーの新作ソフトだ。
 これは、面白いことになったな、と、新藤は思う。と同時に、面倒なことになるだろう、という予感もする。
 少なくとも、J&M内の派閥争いは、ますますのっびきならないものになるだろう。もし、御影のバックにいる経団連が、真咲しずくサイドに回ったとしたら、トップ交代という事態も、当然起こりうる。
「今夜です」
 御影は呟いた。
「業界の、ミュージックビデオへの認識は、今夜、一変するでしょう」
 薄く笑った男の声は、自信に満ちていた。




PM 14:00  有明 東京ビックサイト 


「ちょっと、これ、どうなってんの」
 牧本明日香は、さすがに声をあげていた。
 どうにもこうにも前に進まない。
 コミックマーケット最終日。通常、人の出が最も多いが、ここまでひどいのも初めてだ。
 企業プースがある東展示場、明日香の目的は、二時から行なわれるアニメ番組「すべての美しい男」のイベントだった。
「どうする、間に合わないよ」
「とにかく進もう、せっかく東京まで出てきたのに」
 ほとんどひしめくように流れている人の群れ。
 熱気と体臭、酸欠になりそうなほど、息苦しい。
 あちこちから、「何これ」とか、「どうなってるの」という声が聞こえてくる。
「どうも、直前になって、ネットで噂が流れたらしいよ」
 明日香の背後で、大学生風の男、2人連れの声がした。
「このイベントで、マクシミリアン役の声優が始めて人前に顔出すらしい」
「ええっ」
 声をあげたのは明日香である。
 無論、だからと言って、「本当ですか」「どこから流れた噂ですか」とは、背後の見知らぬ人には聞けない。
 うそー、うそうそ、あのマクシミリアン様が?
 俳優志望の新人で、声優のイメージをつけたくないから、プロフィールは一切謎。おそらく、番組終了後も、その素性が明らかにされることはないだろう、とまで言われていたのに。
 あの甘い、で、時々ハスキーな低音を聴くたびに、明日香はテレビの前で萌え転がってしまうのである。
「マジかな、どうしよ、私もう、軽く死にそうなんだけど」
「そういえば、さっきから、マクシミリアンのコスプレの子がやたら多いね」
「そ、そうだね……」
 ドキドキしながら、明日香は、周囲を見回してみる。
 確かに多い、噂を聞いて、急きょ参加した人もいるのだろう。
 マクシミリアンファンは、一目でわかる。
 銀色の髪に、黒いマント付きのタキシード。もしくは、人間界にいる時の濃い臙脂色のブレザー、そのどちらかの扮装をしている。
―――ほ、本当に多いかも。
 明日香のドキドキは加速する。
 なにしろ、マクシミリアン男爵は、このアニメの中の一番人気キャラなのである。
 受け攻めオッケーということで、どちらの本も即売会ではほぼ一時間で即売状態。おそらく、出展ブースも一番多かったはずだ。
 明日香のお気に入りは、長男とのカップリングで、まぁ、それはどうでもいいのだが。
 しかし、よく見回すと、このコミケ会場には、少し不似合いな人々の姿がちらほらと見える。どこか似通ってはいるのだが、やたら派手で、で、団扇持参……?
「あれさ、もしかしなくても、あのー、なんだっけ、一時噂になったアイドルの」
「綺堂憂也?」
「そうそう、よく観たら、やたら回りの子、妙な団扇もってない?」
 写真入りで、ピースして、とかクリックして、とか。
「じゃ、マジでマクシミリアン様が綺堂憂也??」
「まさか、有り得ないよ」
 明日香の疑問を友人は一蹴する。
「知らないの?今日の四時から、屋上の展示場でその……ストームとかの、新曲イベントがあるんだよ」
「あ、そうなんだ」
 アイドルのイベント。
 どおりで、悲惨なほど人が多かったはずだ。
「まだ時間あるから、興味本位であちこち回ってるだけじゃない?ファンの人たち」
「ちょっとぉ、マジ迷惑じゃん、なんだって、こんな日にそんな余計な真似してくれるのよ」
「だねー」
 ようやく手にした整理券。
 混雑がひどく、開始時間が遅れているのか、広いホールはすでに騒然としている。
 立ち見を含めてほぼ満員。
―――本当……すごい人。
 熱気とざわめきに、思わず酔ってしまいそうになる。
 照明が消え、主題歌が流れると、ざわめきは一斉に歓声に替わった。
「きゃーーっっっっ」
「憂也―っっ」
 時折、そんな声も聞こえてくる。
「まさか、マジでアイドルがくんの?」
「んなわけねぇじゃん、勘違いしてんだよ、Jオタのバカ女どもが」
「うざいからでてけっつーの」
 そんな声も聞こえる。
 まさかね。
 そんなこと、確かに絶対有り得ない。
 明日香は、ドキドキしながら、舞台中央を見つめる。
 一万歩譲って、仮にそうだとしても、現役のアイドルが、こんな場所に出てくるとは思えない。過去、有名俳優やタレントが声優を務めた例は多々あったが、コミケ会場にまで来た例はさすがにない。
 オタク大国日本。
 確かに一般に認知はされたが、ここは所詮、マイナーな世界の住人が集まる場所なのである。
 間違っても、J&Mの正統派男性アイドルのような――お日様の下の向日葵のような、そんな人が来るような場所ではない。
 主題歌が途切れ、場内静まり返る。
 照明がともったのは、舞台ではなく、客席のほぼ中央だった。
 それからの騒ぎを、明日香はよく覚えていない。










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