AM 9:55 東京神田 冗談社ビル



「……私にも、ホント、何がなんだか判らなくて」
 大森妃呂の差し出したコーヒーを、聡は一礼してから、受け取った。
「じゃあ、本当に説明とか、一切なしだったんですか」
 聡が聞くと、大森はこくんと頷く。
「マンションももぬけの殻で……行き先も誰も聞いてなくて、念のため、実家にも連絡入れてみたんですけど」
「………………」
「ご存知かもしれませんけど、ミカリさん……ご両親から勘当されてるみたいで、もう、けんもほろろっていうか」
 その時の会話を思い出したのか、大森の童顔がわずかに悔しげなものになる。
 そっか。
 本当に、いなくなっちゃったのか。
「いつも一緒にいて、」
 ため息まじりの、大森の声。
「これからもずっと一緒だと思ってた人が急にいなくなるのって……結構、こたえるもんですね」
「……………」
 俺のせいかな。
 理由は全部わからないし、理解もできないけど、多分、そうなんだろうな。
 多分、俺から逃げるために、あの人は。
 聡は黙って膝の上で組んだ自身の指を見る。
「ケイさんも、口では強がってるけど、本当は寂しいんだと思います。時々、ミカリって、もう癖みたいに呼んじゃってるから」
 そう言い差し、さしもの大森も、そこで言葉を詰まらせた。
「…………そうっすか」
 ミカリ。
 その響きが、聡の胸を、一時鋭く傷つける。
「……つか、すいませんでした、こんな早い時間に」
「いいですよ、今日はうちも取材ラッシュなんです、どうせケイさん寝坊するし、ゆうりさんは二日酔いだし、私だけでも早く来てないと」
 その言葉に、聡は、わずかに苦笑してから立ち上がる。
「じゃ、俺、そろそろプロモの会場入るんで」
 否応でも視界に入る、主をなくした空の机。
―――あら、来たの?
―――おはよう、聡君。
―――待っててね、もうすぐこれ、終わらせるから。
「…………………」
 思い出の中の声が、まるで本当のそれように聞こえてくる。
 いつも、優しかった笑顔と共に。
「あの、……余計なことかもですけど、東條さん」
「え?」
 足をとめて振り返ると、デスクの前に立ったまま、大森はもじもじと指を組んでいた。
「……私の勝手な勘違いかもしれないですけど、ミカリさん、東條さんが探しにきてくれるの、どこかで待ってるんじゃないかって」
「……………」
「ご、ごめんなさい、なんかこう、……ミカリさん、そういう人じゃないって判ってるんですけど」
「……………」
「でも……ミカリさん、本当に東條さんのこと、大切にしてたから」
 聡は無言で冗談社を後にした。
 そんなこと。
 そんなこと、判ってるんだ、大森さん。
 確かにそれは、俺の勝手な思い込みで、あの人の気性からして、もう二度と戻らないような気もするけど。
 判ってるんだ。
 ほかの誰でもなく、俺が探さなきゃいけないってことは。
 聡は、通りでタクシーを拾う。
 行き先を告げ、ぼんやりと外の風景が流れるのを観ながら、聡は、昨夜見たばかりの、空っぽになったミカリの部屋のことを思い出していた。
 こみあげてくるものを、聡は、表情を固くしたまま飲み込んだ。
―――でも、ダメなんだ。
 今、俺がさ、勝手なことするわけにはいかないんだ。
 俺たち、今が正念場なんだ。
 憂也が切れてる意味、なんとなく判るんだ、俺。
 それに、あんだけ怒ってた将君も、結局は東京に戻るのあきらめて、最後までプロモーションがんばってるし。
 ストームがなくなるかどうかって瀬戸際の時に。
 こんな時に、俺が抜けるわけにはいかないじゃないか。
 俺が――抜けるわけには、いかないよ……。



AM 10:30 東京霞ヶ関 外務省 


「おはよう」
 ひどく寡黙だが、折り目折り目の挨拶だけは決して欠かさない男。
 局のトップであり、次期政務次官の呼び声も高い男は、今朝もいつもと同じ挨拶をして、自らのオフィスの扉を開けた。
 中肉中背、知的さと温厚さが混じるもの静かな顔に、そこだけが鋭く険しい双眸、そして灰色まじりの上品な総髪。
 外務省、アジア太平洋州局長、柏葉征二。
 ボスの出勤を認め、秘書官でもある屯倉一心は、立ち上がって一礼した。
「おはようございます!」
 それに軽く頷いて、柏葉局長は局長室の扉をくぐる。
 女性秘書が、お茶の準備のため、立ち上がって給湯室に消える。
 足音さえ殺す緋色の絨毯、公務員とはいえ、各国のビップを出迎える可能性がある執務室は、全てが特別仕様なのである。
「今年、内閣解散って本当かな」
「ああ、小柳さんが辞めるって話だろ」
 背後の係で、そんな囁きが聞こえた。
「柏葉さんも、ついに政務次官か、そうなると史上最年少だ」
「コネがあるからな、あの人には」
 その無神経な会話に、屯倉はむっとして、視線だけで声の主をけん制した。
 柏葉局長は、どちらかと言えば政治家というより学者肌。役人としての謀略というか、厳しさ、ずるさが欠けていて、派手なパフォーマンスが絶対にできないタイプだ。
 が、その外交手腕を目の当たりにしている屯倉は、柏葉怜治の瞬く間の出世が、決して同輩の言うようなコネや、運ばかりでないことをよく知っている。
 外務省、アジア太平洋州局。
 アジアの安定と平和を確保するための部局である。
 北朝鮮、中国、韓国、第三次世界大戦がもし起こるとすれば、その火種は間違いなくアジアだと言われている。近年の日本外交で、これほど重要なポジションもないだろう。
「しかし、柏葉さんが事務次官になると、局内人事はかなり激変するな」
 背後で、再びそんな囁きが聞こえた。
「相当反発あると思うぜ、内閣総辞職の噂が流れたから、水面下ではとっくに戦いがはじまってんだろうし」
 屯倉は無言で眉をひそめた。
 それは、屯倉も予想しているし、危惧している。
 現在、外務省は、最大の重要事項である北朝鮮の外交政策を巡って、真っ二つに割れているからである。
 いわゆる強硬派と穏健派。
 強硬派の筆頭が柏葉征二である。寡黙な男に似合わない激しさで、柏葉はずっと、早期の経済制裁を訴え続けている。
 現首相、小柳淳一は、もともと穏健派よりだったが、昨年拉致報道の加熱で世論が一変したのに伴い、強硬路線に乗り換えた。そこで、スケープゴートのように局長に抜擢されたのが、柏葉征二だったのである。
 次期首相が確実視されている現官房長官安部信三は、政治家では唯一、強硬路線を強く押し出している男だ。そして、柏葉は、若い頃から、その安部の秘蔵っ子であり、懐刀と呼ばれていた。
 つまり、安部がトップに立てば、外務省官僚のトップは、必然時に柏葉になる。
 それが、大方の見方だった。
―――なんにしても、今が一番、大切な時期だな。
 柏葉に心酔している屯倉は、少しだけ不安になる。
 人格者であり、謀事や癒着を何より嫌う柏葉は、そう言えば聞こえはいいが、裏をかえせば、難局を小ずるく逃げることができない男だ。
 政務次官とは、実質、この外務省全ての官僚のトップに立つ、国の最高決定機関のひとつである。
 その座を狙い、政治家も絡み、裏では相当苛烈なやりとりが繰り広げられている。
 今、わずかでも隙を見せると、柏葉征二はあっという間に、今のポストから引きずり下ろされてしまうだろう。
 柏葉さんなら、大丈夫だ。
 そう思う反面、屯倉には、一点、不安がある。
 それは、今は公にされていない、柏葉征二の実子のことである。
 J&Mでデビューしている、アイドル「ストーム」のメンバーの1人。
 無論、外務省では誰もが暗黙の了解で知っているが、柏葉の仕事が仕事だけに、ああいった息子の存在は、イメージの低下に繋がりかねない。
 アイドルの息子。
 それが、柏葉征二の、唯一のウィークポイントだった。
 親子関係については、現職在任中は、極力報道しないよう、内閣府を通じて報道機関に申し入れがしてあるし、J&M側からも、マスコミにかん口令を引いている。が、どちらも、確実に守られる保証はないのが実情だ。
 救いは、そのストームが、今まで殆ど目立たない存在だったことだが、ここ数日は、解散騒動とかで、テレビでもインターネットで、大きく報道されている。
 その関心度が高じて、余計な所にまで波及しなければ、いいのだが。
 屯倉は腕を組む。
 もし、柏葉局長が政務次官の座についたら。
 最悪、バカ息子は引退でもさせるしかないだろう。
 不条理なようだが、これは国の命運をかけた問題だ、たかだかアイドルなど、代わりがいくらでもいるような存在と代えられない。



AM 11:34
東京 六本木 J&M仮設事務所



「榊からの連絡はまだないのか、何?つかまらない?」
 藤堂戒からの連絡を受け、唐沢直人は憮然として、受話器を置いた。
 逃げ回っているのか――そうかもしれない。
 顧問弁護士の榊青磁は、もともとはこの事務所のアイドル候補生で、当時、どちらかと言えば真咲真治に近い存在だった。
 親しくしていた真咲しずくに、最後の引導を渡すことに、ささやかな抵抗を見せているのだろう。
 それならそれでかまわない、もっと有能な弁護士を雇うまでだ。
 唐沢は、肩をすくめて立ち上がる。
「おはようございます」
 ノックと共に、美波涼二が顔を出したのはその時だった。
 新曲のプロモーションも、オリコン一位確定の情報を得て、ひと段落した。昨夜、久し振りに自室に戻った美波は、ようやく十分な休息が取れたのだろう。普段の、怜悧な美貌を取り戻している。
「疲れただろう」
「いえ」
 唐沢が声をかけると、美波は表情を変えずに首を振った。
「まぁ、成功といってもいいだろう、デビュー曲で初動三十万枚は、どのレコード会社でも、まず出せない数字だからな」
 実際、ここに立つ美波が筆頭になってプロジェクトを組んだヒデ&誓也のデビューは成功どころか、大成功といってもよかった。
 おそらく、J最高の売り上げをたたき出しての、華々しいデビュー。
 実の所、年齢がいきすぎてのデビューに、唐沢自身はひどく不安を持っていた。
 貴沢に関しては、間違いなくデビューさせる時期を逸してしまった。それは、近年、貴沢の出る番組の視聴率の低下を見ても明らかだ。
「売り上げが、当初の見込みより随分伸びたのは、ストーム効果もあったのかもしれません」
 美波は、さほど表情を変えずにそう言うと、唐沢のすすめるソファに腰を下ろした。
「ストームの話題性に、ここ最近、目だった話題のないヒデ&誓也が乗っかった形になった。そのストームが、ヒデたちに負けて解散というのは、なんとも皮肉な結果ではありますが」
「仕方ない、結果が全てだ」
 唐沢は、冷ややかに言い放って、その美波の対面に腰を下ろす。
 ストームの新曲を、徹底的にテレビから締め出した。どのワイドショーにも、歌番組にも、彼らの生出演はおろか、PVのオンエア、そして全国イベントの報道さえも止めさせた。
 唯一、サンライズテレビには手が出せなかったが、これは、もとよりJを一切遮断しているから、間違っても報道されることはないだろう。
 美波が、最初から、唐沢と藤堂がやっていることに批判的だったのは知っている。が、これは、美波などあずかり知らない部分での、トップ間の争いでもある。
「この業界はな、美波」
「……………」
 秘書が出してくれたコーヒーを、美波は無言で唇に当てる。
「力が全てだ、力と金のある奴が勝つ、曲でもタレントでも、プロモでもない、全ては力関係で決まる」
「……………」
「そしてテレビだ、テレビの力なくしては、何ひとつできやしない」
「……………」
「俺はそれを、あの尻の青い小娘に教えてやっただけだ」
 徹底的に。
 二度と、この業界に口を出させないために。
「その力関係ゆえに、今度は僕らが、身を引くわけですか」
 しばらくの間黙ったあと、美波はそう言って立ち上がった。
「……?」
 意味が判らず、唐沢は眉を寄せる。
 しかし、美波は、次の瞬間、いつもどおりの微笑を浮かべて振り返った。
「ストームは、今日のぎりぎりまでイベントをするそうですね、東京ビックサイト、朝から現地は大変な騒ぎのようです」
「ま、無駄なあがきだな」
 唐沢も冷笑して立ち上がる。
「結果はもう動かない。レコード店への出荷量で最初から勝負は見えていた。あの女が、今、どんな顔をしているか見てみたいものだ」
「解散は、決定ですか」
 その質問には、しばし黙る。
 正直、5人の身の振り方については、唐沢に確たるイメージはない。
 しかし。
「力が全てだ」
 唐沢は、冷めた目で青く晴れた空を見上げた。
「負けたものは、去るしかない。力のないものは、消えるしかない」
 力が正義だ。
 それが、全てだ。



AM11:55
東京 赤坂 サンライズテレビ本社



「意外なところで会うじゃない」
 九石ケイがそう声をかけると、サングラスをかけたばかりの女は、少し驚いたように足を止めた。
「こんにちは」
 ケイは、ゆっくりと言って、座っていたソファから立ち上がる。
 サンライズテレビ十六階ロビー。広々とした展示ホール。
 女はすぐに、微笑してサングラスを外した。
 真咲しずく。
―――生意気じゃん、私と目線が変わらないなんて。
 立ったまま向かい合う女2人。周囲に他に人影はない。
「あれ、もしかして待ち伏せってやつですか?」
 真咲しずくはそう言うと、無邪気な目でケイを見上げた。
「そういや、学生の時よくやられました、美人って、どうしても同性に妬まれちゃうんですよねー」
「………あっそう」
「あっ、別に唐沢君とは、つきあってるとかそんなじゃないですから、私」
「……………………?」
 なんなの?この女。
 ていうか、ここでふざけてる場合?
 かなりやばいとこ見られたはずなのに、開き直りってやつかしら、もしかして。
 出鼻をくじかれたケイは、咳払いして手を腰にあてる。
「びっくりだな、いまやJ&Mとは犬猿の仲、どころか、反J&Mキャンペーンまでやってるサンテレの編成室から、なんだって現役副社長が出てくるのかしらね」
「……………」
 しずくは、微笑だけでそれに答える。
「これって、もしかしなくても内部造反ってやつ?」
 ねめつけても、涼しげな表情は変わらない。
「あんたさ、取締役を解任になるんでしょ?というより、わざとそうなるように仕向けたのかな」
 あまりにも無策で、そして無防備すぎる今回のプロモーション合戦。
 真咲しずくを、もしかして買いかぶりすぎていたのかもしれないが、ケイにはそう思えて仕方ない。
「ストームを引き連れて、移籍」
 ケイは、びしっと言い、しずくを真っすぐに見つめた。
「もしくは、新会社の設立」
 しずくの目的はそれしかないと、ケイは内心確信している。
「スポンサーは、鏑谷プロ、サンテレビ、ニンセンドー、ライブライフ……は、つぶれるかもしれないけど、あんたがここ数ヶ月、ひそかにコンタクトを取っている人たち」
「……………」
 答えないしずくの表情が、少しずつだが翳っていく。
 図星だな、勝利を確信したケイは、ようやくわずかに息を吐いた。
「先週、ネットに流出したストーム解散リークも、全てあんたの仕組んだことだよね」
「………………」
「解散騒動で、ストームの株価は上昇するだけ上昇する、その勢いがある内に、独立させる。世間的には直人が悪役で、あんたたちは悲劇のヒーロー、」
 実際、上手いやり方だと思う。
 世間の同情と注目を一心に浴びたストームを、さしものJも、簡単には潰しにかかれないだろうから。
 真咲しずくは答えない。
「心配しなくても、別にこれを直人に告げ口しちゃおうとか、スクープしちゃおうとか、そんなんじゃ全然ないから。ストームは私にとっても、ちょいと思い入れのあるグループでさ」
 ミカリが身内同様にしてた奴らだから。
 そりゃ、直人には悪いけど、ぶっちゃけ、仕事を抜きにして可愛い。
 だから気になるし、
「その代わり、あんたの口から、本音みたいなもん、一回きちっと聞いときたいんだよね」
 いなくなったミカリの分まで、私が守ってやんなきゃ、とも思う。
「一体あんたさ、ストームをどこに持ってくつもりなの?」
「………………」
 しずくは答えない。
 やがて女は、うつむいたまま、口元に手を当てた。
「……ティッシュ、ありません?」
「え?」
 ティッシュ??
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 ケイは慌てて、わたわたとバックを探った。
 ま、まさかと思うけど、もう泣き入った?こんくらいで??
 受け取ったティッシュを口元にあて、しずくは口の辺りを動かしてから顔を上げた。
「このガム、もう味が」
 へ?
「味のないガムをいつまでも口に入れとくって、ちょっと気持ち悪くないですか?私だけかしら」
「…………………………………」
「あー、すっきりした」
 唖然としたケイを尻目に、しずくはこりこりと耳のあたりを掻く。
「そっか、そういう手もあったんだ」
 誤魔化し――本音?
「あはは、新会社なんて、考えもしませんでした。もっと早く、九石さんに話を聞いとくんだったな」
「………………」
「そっかそっか、新会社ね」
 屈託のない笑顔。
 が、ケイは、今度こそはっきりと理解した。
 この人には、私の言葉は通じない、通じないというか、響いていない。
 深い青を帯びた瞳の色、多分、日本人とは違う何かが交じっている。でも、言葉が通じないのは、それが理由だからじゃない。
 ケイは、いつだったか、ミカリが真咲しずくについて話していたことを思い出していた。
(一見きさくで、優しい人ですけど、どうしても本心が読めないっていうか……)
(彼女は、多分、誰も見ていないんだと思うんです。)
(目の前にいるものを、まるで見ていない、とでもいうんでしょうか。見ているとしても、人間ではなく、物質として捕らえているような気がします。
彼女にとって、ストームはただのツールなんじゃないかって、上手くいえないですけど……、そんな風に思えることもあるんです。)
 かつて文学を志していたミカリは、人間の本質を、怖いくらい鋭く捉えることがある。今回は当たりかはずれか、それは、まだ、わからないけれど。
「東京ビックサイト、行かなくていいの」
 ケイは、嘆息して、腕を組みなおした。
 何も話したくないってことだろう。だったらいい、取材で裏を取って、独自で調べるだけだから。
「今から移動です、九石さんもよかったら来られません?」
「現場にはうちの記者いかせてるから」
 ケイがそう言うと、しずくは楽しげににっこりと笑った。
「今日は、長い1日になりますよ」
 そして、再びサングラスをかけなおす。
「待ち伏せのお礼に、ひとつだけヒントを差し上げます。イベントの開始は、4時じゃないんです、実は」
 4時じゃない……?
「そして終わるのも、6時じゃありません」
「………?」
 え?
 意味が、よく判らない。
 思わず見たしずくの口元には、いたずらめいた笑みが浮かんでいる。
「おっと、私も急がなきゃ、じゃ、失礼します、また後で」
 ぺこっと頭を下げて駆け出していく。
 ケイは立ったまま、その足音が小さくなるのを聞いていた。
 得体のしれない女。
 あまり、好きじゃない。多分向こうも同じように思ったろうけど。
 いずれにせよ、今のストームの命綱はあの女が握っている。
 彼らが、自分から鎖を断ち切らない限り。







>back >next

感想、お待ちしています。♪内容によってはサイト内で掲載することもあります。
Powered by SHINOBI.JP