PM 18:30 台場 エフテレビ 第六収録スタジオ




「こちら、お台場上空です、すごいことになっています。東京ビックサイト周辺は、数キロに及ぶ大渋滞、深川警察、東京水上警察が、懸命の交通整理にあたっていますが、渋滞解消の見込みはたっていません」
 ヘリコプター映像。
 夕暮れの有明の町に、車のテールランプの列が、まるで何かの象徴のように連なっている。
「………………」
 エフテレビ、控え室。
 生放送本番まであとわずか。
 貴沢秀俊は、椅子に背を預けたまま、黙って夕方のニュース映像を見つめていた。
「コミックマーケットに人が集まるのは、今に始まった現象ではないのですが、今回は、一体どうしてこんな騒動になったのでしょうか」
 スタジオのキャスター。
「はい、それがですね。本日四時から、J&M事務所のストームが、同じ東京ビックサイトでイベントを行なったわけですが」
 画面は、その東京ビックサイト周辺の映像に切り替わる。
 屋上展示場から正門にかけて、いまだぎっしり埋まった人の波。
「情報によりますと、主催者の予想に反して、コミックマーケットの集客が、そのままストームのイベントに流れたのではないかと言われているんですね。といいますのも、今日二時から行なわれた人気アニメ番組のイベントに、ストームのメンバーが、出演したということなんです」
「はい……」
 スタジオのキャスター数名が、意味がわからないのか顔を見合わせている。
「ストームといえば、解散情報がネットで流出していますよね」
 こんなことまで、聞くかよ、普通。
 貴沢は、冷めた目で、まだ新人めいたサブ女性キャスターを見る。
 夕方の全国ニュースで、たかだかアイドルの解散がなんだっつーんだ。
「そのことについては、直接、イベントでは触れられませんでした。実はストームは、今まで全国40都市を、新曲のイベントで回っていたんですね。今日がその最終日、しかも日曜日とあって、存続を願うファンが地方から集まったのも、混乱の原因だと言われています」
「いずれにしても主催者側に、そのあたりの配慮が足りなかったということなんでしょうか、有明、東京ビックサイト前から中継でした」
 貴沢は無言でテレビを切った。
「つか、雅のやつ来れるのかよ」
 相棒の河合誓也が、頭をかきながら戻ってきたのはその時だった。
「あっちでもニュースやってたよ、すげー大渋滞なんだって?でてこれんのかな、雅の奴」
「……さぁね」
 いつものことながら、相棒の鈍さには怒りを通り越してどうでもよくなる。
「にしても、プロモもやっと終わったしさー、来週はちょっと気が抜けるよな」
 隣に腰掛け、呑気にペットボトルの口を切る河合。
「ストーム解散かな?いくら唐沢さんでもそれはないっつー気もすっけどさ、ヒデ、お前どう思う?」
「……………」
 貴沢は無言で立ち上がった。
「おい、ヒデ」
「馬鹿じゃねぇの?」
 扉に手をかけ、貴沢は振り返りもせずに言った。
「お前、まだ、この勝負の意味が判ってないのかよ」
「え?」
「言っとくけど、これがもし逆の結果だったら、ここにいられなくなるのは、俺たちの方だったんだぞ!」
 これは、ストームとヒデ&誓也の勝負じゃない。
 唐沢直人と、真咲しずくの勝負だ。
「………ヒデ」
「馬鹿じゃねぇ?」
 貴沢は、再度呟いた。
 どうして、今更ストームなんだ、なんだって今さら、キッズ時代からどうでもいいことばかり好き勝手やってきた連中が、なんでもてはやされる必要がある。
 そして、この俺が、なんだってそんな土俵に引きずり出される必要がある。
「ヒデ、あのさ……こないだ、MARIAさんやスニーカーズさんとも話したんだけど」
 河合の、どこか躊躇したような声がした。
「唐沢さんがマジでも、俺らで、ストーム救ってやる必要があるんじゃねぇかって」
「ないね」
「おい、ヒデ」
 たまりかねたように、河合が席を立つ。
「お前の一番へのこだわりは判るよ、でも、一応仲間なんだぜ、俺たちは」
 仲間?
「俺は別格だ」
 貴沢は、冷ややかな目で言い放った。
 仲間なんて必要ない。というより、死んでも一緒にされたくない。比較されるのさえ、むしずが走る。
「あいつらとは違う、お前ともだ」
 河合が、眉をしかめたまま、絶句している。
 貴沢は、無言で歩きだした。
「………………」
 
一緒に死のうよ。
 生きるより、死んだ方が面白いと思わない?
 約束よ、来年の今日もここで待ってる。私、ここで待ってるから。

「…………………………」
 どれだけ沢山のことを捨て、たくさんのことを諦め、そして傷つけてきただろう。
 煩悶と葛藤、そして絶望を、貴沢はこの言葉で、乗り越え、そして理解した。
 お前は特別だ。
 お前のような存在は、二度と、決して現れない。
 お前1人の輝きに、何百人もの事務所の、そして何千人もの業界の、ひいては日本経済の一端が恩恵をうけている。お前は、それを支える光だ。
 決して、絶対に、裏切ることは許されない光だ。
「………俺は、特別だ」
 自分に言い聞かせるように、貴沢は呟く。
 負けることなど、有り得ない存在。
 だから絶対、あいつらには、負けない。




PM 19:37  大阪難波公団住宅 


「えっ、マジでマクシ男爵が綺堂憂也やったん?」
 電話の向こうで、興奮気味の声がする。
 あまりに興奮しすぎているせいか、何を言っているのか聞き取れない。
「あー、うんうん、わかった、とにかくビデオ撮っとくんやね、いきなり夢伝説やろ、大丈夫、まだ時間あるし」
 あいりはそう言って、携帯電話を切った。
「なぁに?雅美ちゃんから?」
「うん、お姉ちゃん、なんや渋滞に巻き込まれて、少し遅くなるんやて」
 リビング。台所に立つ母は、夕飯の片付けをしているようだった。
 つけっぱなしのテレビは、国営放送の演歌番組だ。
 あいりは、テーブルの上のリモコンを掴んで、チャンネルを変えた。
「ちょっと、お母さん、氷川君みてたのに」
「ごめんな、すぐ戻すから」
 画面が切り替わる。
「あら、がけっぷちサッカー部ってまだやってたん?」
「今日で最後、最後の総集編なんやて」
 東京イーグルスとの試合のダイジェスト。
 ゴールを阻んだ成瀬雅之が、一時グランドで失神していた場面。
 あいりは、涙腺がうるっと潤むのを感じる。
―――かっこええなぁ、雅君。
 もう、何回も見たけど、何回見ても、感動するで。
 でも、お姉ちゃん、アイドルなんて興味あらへんゆうて、どないに勧めても絶対に見ぃへんかったのに。
「それが、ビデオ絶対にとっとけ……?」
 姉が目茶苦茶はまっているアニメ、「全ての美しい男」のマクシミリアン男爵がストームの綺堂憂也だという噂が流れた時も、
「ありえへん、むしろアイドルだったらドン引きやねん」
 などと言っていたくせに。
 どしたんやろ、急に。
 画面が変わり、そのストームのコンサート映像になる。
―――あ、好きやわ、これ。
 試合オンエア当日にも流れた、5×5とかいう曲。
 なんや、うち、ストームには興味あらへんけど、仲ええグループなんやな、いうのはわかる。
 アイドルゆうには、片瀬りょう以外、そこまで、ビジュアル的にいけてないような気もするけど。
「あ、柏葉君や」
 いつの間にか、あいりの背後に母親がしゃがみこんでいる。
「知ってんの」
「一昨日が最終回やったねん、もう泣けちゃって泣けちゃって」
 あ、そっか、そういや昼ドラに出てるアイドルってこの人なんだ。
「DVD、なんで出ぇへんのやろなぁ、お母さん、テレビ局に抗議の電話でもかけたろか」
 画面が変わる。
 真っ白な画面、ふいに、部屋から音がなくなる。
―――コマーシャル…?
 あいりが、眉をひそめた時だった。


 終わらない感情、僕らをどこへ導くのか
 煮え切らない現実、胸の鼓動を加速させる

 テンポアップした激しい音楽。
 画面には、エキゾチックな異国の衣装に身を包んだ少年が一人。
 鎧めいた上着に丈の長い裾。柄に紋章を施した長剣を手にしている。
 緋色の髪、どこか憂いを帯びた黒い瞳、深い水の底から見つめられているような、ぞくりとするほど野生的な美貌。
 少年が、目に見えぬ速さで長剣を一閃させると、その背後に、それぞれ個性的な衣装に身を包んだ、やはり剣をひらめかせた少年たちが、閃光のように現れた。

 例え君を置き去りにしても、この世界に生きる意味
 探そうと、捨てきれない情熱に突き動かされている

 最初、それは秀麗なCG画像にしか見えなかった。
 5人の剣士。古代中国の貴族を模したような絢爛華麗な衣装。
 燃え立つような深緑の背景。紺碧の空に、そびえたつ古城。
 そして、騎馬の群れ。
「ゲーム……?」
 母親が呟いた。
 鮮やかな碧色の衣装と、銀の鎧、逆立てた緋色の髪の、襟足だけを長くしている男。
 最初に剣を一閃させた少年が、騎馬の中に飛び込んで、見事な剣さばきでなぎ倒し、斬り進んでいく。
「この子、なんや、柏葉君によう似とるなぁ」
 ワイヤーアクション、人間離れした飛躍で、押し寄せる鎧姿の武者の群れを翻弄している、金色の髪をした、どこか幼い顔立ちの美少年。
 簪をつけた長い黒髪、なまめかしい眼差し、体格はすらっとした男だが、顔だけとれば、女にしか見えない美貌の騎士。
 綺堂憂也に……片瀬りょう?
 あれ、これ……CG……じゃない?
 そう思った時、すでに画像は、リアルな人間に転じていた。
「あっ」
 ストーム。
 合成画像、あっという間に、異世界の剣士が現代の若者に姿を変える。
 

 僕ら、しょせん夜にまぎれて見えない、小さな星屑
 地上に届かない光を放ち、やがて消えていくDestiny
 夢見ても、百年先の未来さえないんだ
 キラキラと、束の間の命を燃やし、散っていく


 ジーンズにシャツ、ジャケットというそれぞれのスタイルで、歌い、そして踊る5人。
 まばゆい照明、彼らは異世界の騎士ではなく、アイドルのストーム。
 それが、再び、合成画像で異世界の姿に変わっていく。
 剣を持ち、5人で、何か、巨大な敵に挑むような構えになる。眼差しになる。

「なんや、目茶苦茶かっこええな、これ」
 母親が呟いた。
 引き込まれていたのは、あいりもまた同じだった。

 新体感RPGゲーム 「神東嵐紀」

 画面が変わり、今度は、リビング、テレビの前でゲームをしている5人の若者の後ろ姿。
「けっこー、面白いじゃん、これ」
「つか、はまりすぎ」
 楽しそうな会話。
 ストームでもない、ゲームのキャラでもない、素顔を見せている少年たち。
 

 5月31日、発売開始


 新しい世界が、そこにある。


 ニンセンドー





PM 20:55 六本木J&M仮設事務所


「何?あくまで報道の一環だと?それは確かに、新藤が言ったんだろうな」
 唐沢は、憤りをもてあましたまま、受話器を置いた。
「くそっ」
 どういうつもりだ。
 今更、ストームをニュースで取り上げたところで、どうこう言うつもりはない。
 が、ずっとJ&Mと蜜月関係を続けていたエフテレビが、こういった態度に転じるのは理解できない。
「全国ニュースで話題になるような問題をあえてぶちあげ、それをもってプロモに変える」
 それまで、黙っていた藤堂戒が、そう言ってあるかなきかの笑みを浮かべた。
「まるで、唐沢さんの手法を、そのままあの人が真似たようですね」
「……いつの話だ」
 その面白からぬ意味を知り、唐沢は不機嫌さを眉を寄せて押し殺す。
 忘れもしない。
 その昔、かつてそれでJ&Mを建て直した、と言われるまでのセールスを叩き出したアイドルユニット「ヒカル」。
 デビュー当時、マイナーアイドルにすぎなかったヒカルの名を一躍全国区にしたのは、ファンが引き起こした、ローラースケートで幼女を轢殺す、という事件だった。
 無論、事故だ。
 が、ただの偶然の事故を、加害者家族に多額の援助をすることと引き換えに、「ヒカル」の名を持ち出してくれ、と取引きを申し出たのは唐沢だった。
「当時は、東邦の横槍で、テレビを使ったプロモさえ満足にやらせてもらえなかった。苦肉の策だ」
「そう、だから、今の真咲氏と同じだと言っているんです」
「…………………」
 何が言いたい。
 唐沢は、今度こそ不機嫌を隠さずに、腹心の部下を見上げる。
「ニンセンドーの商品は売れるでしょう、タイアップに使われたストームの曲も」
「……あれは、単なるタイアップじゃない」
 曲と、そしてストームのイメージそのものを、商品とコラボレートさせたもの。
 初めて見る手法だ、そして、それは、間違いなく成功している。
「CМのオンエア時期によっては、チャート結果は逆のものになっていたかもしれません」
 藤堂はそう言い差し、一枚の紙切れを差し出した。
「オリコンから内々に入手しました。火曜の正式発表を待つまでもなく、確定です。二位以下と、大差がつきすぎているので」
「……………」


5月21日付、オリコンウィークリーチャート

一位 ヒデ&誓也(J&M) ラブシーズン 推定売上 358230

二位 ストーム(J&M)  奇蹟 推定売上 256330


「メディア戦略が皆無のストームが、ここまで延ばすとは、正直、私も思いませんでした」
「………解散ネタがあったからだろう、日本人は、同情に弱いからな」
 が、それを使えば後がなくなる。
 解散のニュースが流れた時、唐沢は、ストーム自身が、いや、おそらくあの女自身が、自らの退路を断ち切ったものだ、と冷笑した。
 しかし、使うなら、もっと早い段階で使うべきだった。ニンセンドーのCМしかり、すでに勝負はついている。
 そう、もう全ては終わったのだ。
 なのに、
「………一体、何を考えている」
 あの女、真咲しずくは。












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