12



「じゃ、来週またこの時間に」
「見てねーっ」
 賑やかなエンディングメロディが流れる。
 ジャパンテレビ。
 ヒデ&誓也が看板を務めている、バラエティ番組の収録スタジオ。
 照明の当たらないカメラブース。回っているカメラの傍に立ちながら、将は、不思議な気持ちで、笑顔で手を振っている貴沢秀俊を見つめていた。
 こうして見るJの同僚は、優しくて可愛い、笑顔のさわやかな美少年だった。
 最近将が確信している性格の悪さなど、微塵もそこには出ていない。
―――やっぱ、普通に可愛いよ、あいつは。
 エキストラの観客の殆どが、生ヒデの笑顔に釘付けになっている。
 貴沢秀俊。
 今年、J&M事務所が、まさに命運をかけて売り出すトップアイドルである。
 輝くオーラは、多分、カメラを通しても収まりきらない。今、最高に輝いているスター。
「じゃ、ここで俺たちからお知らせがあります」
「なんと、僕たちの、CDデビューが決まりました!」
 軽快でどこか切ないメロディが流れ出す。
 将は普通に驚いていた。
 もう曲ができている。うちがまだ、題名さえ知らされていない段階で、すでにレコーディングも終わっているということだ。
「長かったよな、誓也」
「うん、ようやく、僕らもデビューです」
 観客席から黄色い声援があがっている。
 あえて、ファンクラブから観覧希望者をつのったのだろう。
 宣伝にはもってこいの全国放送。
 将の前のモニターに、貴沢のアップが映し出された。
 人形みたいな綺麗な目に、涙の光が煌いている。
 貴沢は、照れたように手の甲で涙を拭った。
「ちょっと俺……マジで感動して」
「おいおい、泣くなよ、ヒデ」
「泣いてねぇよ」
 悲鳴のような歓声があがる。そして拍手。
 確かに泣いていない。
 将は、冷めた目で、そんなヒデを見つめていた。
 貴沢とは、キッズに入った当初からのつきあいだが、この男が滅多なことでは感情を乱さないことを、将はよく知っている。
「すごく、いい曲なんで」
「俺らの初陣、勝利させてください」
「そうそう、うちの事務所で、デビューシングルで一位とれないのって、今まで一回もないんだよね」
「どうすんの、俺らがその一回目になっちゃったら」
「いや、俺はみんなを信じてるから」
 片手をあげて、ちょっと泣き笑いのような笑顔を見せる貴沢に、観客からヒートアップした歓声が飛びかっている。
「わかった?」
 将の背後に、プロデューサーとの打ち合わせを終えたしずくが、いつの間にか立っていた。
「全国放送の人気番組、オンエアはゴールデンだから、影響力は大きいわよ」
 言われなくても、判っている。
 それより大きいのが、ヒデの、まるで少女漫画から抜け出したみたいな、綺麗な泣き顔だろう。
 芸能情報番組の見出しが、これでひとつ決まったようなものだ。
 ヒデでも、ここまでやるのか。
 将が衝撃を受けたのは、むしろそこだった。
 明らかな演技で涙を誘い、話題を作った。
 そんな真似までしなくても、今の人気と勢いで言えば、一位はほぼ確実なのに。
 将は、複雑な感情をもてあましたまま、しずくを見下ろす。
「つか、ヒデなんて、この際問題にならないだろ」
「それまたかなりの余裕発言ね、一体どういう意味?」
「三週目に、RITSが来るって、あんた知ってたのか」
「……………」
「勝てるわけないし、つか、勝ったらやばいだろ、下手したら、うちのスニーカーズさんに」
 RITSとスニーカーズ、双方の事務所が互いを潰しあわないことで成り立っている連続一位記録。
 もし、万が一、そのバランスを崩してしまったら。
 RITSと同様、連続チャート一位記録を更新し続けているスニーカーズに、あらぬ余波を与えてしまうことになる。
 しかし、しずくは、鼻で笑って自らの腰に手を添えた。
「お互いの記録を潰しあわない、大手事務所の面子を潰さない、そのために成立した音楽業界の暗黙の密約」
「…………」
「君だったらどう思う?そんな小細工で手にした記録、嬉しいと思う?」
「……………」 
 マジかよ。
 つか、マジでやるつもりなのかよ、この女。
 これはもう、事務所内の争いの域を超えている。音楽業界全体に対する挑戦だ。
 が、そんなことで悩む以前に、そもそも、最初の一週を乗り越えられる可能性からして、殆どないに等しいのだが。
「綺堂君に言っといて、私を信じたところで、何の意味もないわよって」
 将は無言で、隣に立つ女を見下ろした。
「ストームは売るわ、そういう意味では信じてもいい、だって私、マネージャーだから」
 ただ、
 と、そこで女は言葉を切る。
「逆に言えば、売るための裏切りならするってことよ」
「………………」
 売るための裏切り――?
「これはね、私にとっても、戦いなの」
 まっすぐな目が、将を射抜くように見上げた。
「遊びでも、友情ごっこでもない、人生を賭けたビジネスよ、そういう意味で私は、あなたたちと、決して同じものを見てはいない」
 冷たい物言いだった。
 しかし、それが、確かに現実だろう、と将も思った。
「大人を信じたら、痛い目にあうってことね」
「……つか、言ってんなよ、自分で」
 じゃあ、何信じたらいいんだよ。
 ますます、わからなくなってきた。一体、どうすりゃいいんだ、俺。
「自分はどうしたいの?」
 撤収のはじまったスタジオ。照明が、ひとつひとつ消えていく。
 しずくの声は、静かだった。
「一ヵ月後、この勝負の後、君はどうなっていたいの?どんな君をイメージしてるの?」
「………………」
「信じるならね、自分のイメージだけを信じなさい」
 自分の。
 イメージだけを。
「そうすれば、とるべき道は、悩まなくても自然に決まるから」
「……………」
 目の前に、ケースに入ったディスクが差し出される。
「新曲のデモテープよ、今日、NINSEN堂さんに聞いてもらうために持ってきたんだけど」
「……………」
「カップリング曲は、これには入ってないから、成瀬君の部屋に戻って聞いてみなさい」
「雅の?」
「今頃、イタちゃんが届けてるから、ただ、あなたもよく知ってる曲だけどね」



                 13



「将君!!」
 電話の声は、かなり興奮気味だった。
 それは、別れ際に、しずくから曲名を聴かされた将も同様だった。
「ミラクルだよ、カップリング曲で、ミラクルが出せるんだよ、将君!!」
「おう、聞いたよ」
 聡の奴、多分半分泣いてるな。
 そう思う将の胸も、少し熱くなっている。
 聡がどれだけ、あの曲に思い入れを持っているか、それは、将だけではなく、メンバー全員が知っているからだ。
「テレビVrと、ストームVrと……夢みたいだよ、なんか俺、まだ信じられないよ」
「そうだな」
「将君、俺」
 ふいに、雅之の声と切り替わる。じゃあ、今、雅の部屋に、聡と二人でいるんだろうか。
 しかし雅之の声は、聡とは少し違って、妙にトーンが低かった。
「なんだよ、くれーな、お前」
「俺さ、………将君や憂也が、どこでひっかかってるかわかんなくて、……つか、情けないんだけど、こんな自分が」
「ま、俺らは複雑だから」
 将が笑うと、雅之も少し笑った気がした。
「単純に考えられる方が、答えに近いこともあるんだ、あんま、深く考えんなよ、お前はさ」
 お前や聡の無邪気さに、俺、かなり救われてっからさ。
 それは、言葉にせずに胸の中で呟いてみる。
 電話の向こうで、雅之がしばし黙る気配がした。
「………俺、やりたいよ」
「………うん」
「やりたいよ、無理でも不可能でも、真咲さん信じられなくても、あ、つか、信じるけどさ、こうなった以上」
 それには、将が吹き出している。
「ミラクルじゃない新曲の方、まだ聴いてないんだ、聡とも話した、俺たちの最後の曲になるかもしれないから」
「……………」
「5人そろって、最初に聴こうって」
「………………」
 そうだな。
 俺もおんなじこと考えてたよ。
 自分でもガキっぽいと思ってたけど、そっか、お前らと同レベルだったか。
「5人でやろうよ、やってみようよ、将君」
「………………」
「タイトル通り、起こそうよ、俺らも!」
 将は無言で、渡されたディスクの表面に記されたマジックの文字を見る。
 リリースする新曲のタイトル。
―――「奇蹟」
 信じるものは。
 一ヶ月後の自分か。
 そして、一ヶ月後のストーム。
「やるさ」
 将は、自分に言い聞かせるように、声にした。
「明日の朝、そっちで集合しよう。憂也には俺が連絡する、明後日がレコーディングだ、アレンジできるところは、徹底的に詰めてみようぜ」
 携帯の向こうで聞こえる歓声。
 将は苦笑して電話を切る。
―――やってやるさ。
 ミッションインポッシブル。
 トム・クルーズにでもなった気分だ。
 絶対不可能なミッション。敵は、ヒデだけではない、今の音楽業界全体だ。
 守るしかない、俺たちがここまで作ってきたストームだ。
 俺たちの手で、守るしかないんだ。












※この物語は、全てフィクションです。


>back >next