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 高輪プリンス、孔雀の間。
 記者発表の会見場は、各社ワイドショー、情報番組、雑誌、新聞その他の記者で、ぎっしり埋まっていた。
「すごい人なんだけど」
 トイレに立った雅之が、やや青ざめた顔で戻ってくる。
 ストームの控え室。
 会見場の様子は、控え室に設けられた小型モニターで、残るメンバーも承知していた。
「すげーよ、これ、俺らのデビューん時よりすごくない?」
 ストームのデビュー時もすごかった。
 が、それは、人気というよりは、事務所とエフテレビのプロモーションの成果だったのだが。
「ま、貴沢君への期待度が、それだけ高いってことなんだろうね」
 りょうが、囁くようにそう呟いた。
 将は、無言で、モニターの画面だけを見つめていた。
「あれ、イタジさんは?」
 憂也の隣に腰掛けながら、雅之。
「ヒデの楽屋、向こうの水原マネと打ち合わせだってさ」
 憂也だけは、この微妙に浮き足立った空気の中、妙なほど普段とおりだった。
 会見開始、十分前。
 全員が、将が手配した衣装に着替えている。
 ジーンズだったり、パンツだったり、カジュアルだったり、各々個性を生かした自由な衣装だが、赤い小物を必ずひとつだけつけていた。
 将のそれは、シルバージャケットの下に隠れたシャツの柄、やや暗い、緋色の格子模様である。
「あ、そうだ、解散のことは、俺が言うから」
 飲んでいたコーヒーを傍らに置き、憂也がなんでもないように言った。
 話し合いというより、それしかないという切羽詰った状態で、なし崩しに決まった結論。
―――解散、か。
 将自身は、正直、まだ迷っている。が、だからといって、今、おそらく一番腹を括っている憂也を説得するだけの確たる理由をもってはいない。
 多分、残るメンバー誰もが、迷いながら――― それでも、一番強い信念を持つ憂也についていくことで、その迷いを打ち消そうとしている。
「冗談めかして言うからさ、だれかそこで、軽く深刻ぶってくんねぇかな」
「軽くも何も、マジ深刻じゃん」
「つか、憂也が言ったら、誰も本気にしないんじゃねぇの?」
 雅之とりょうの口から、軽口が出て、少しだけ空気が緩む。
「………これさ、あらかじめ社長に言っておかなくていいかのな」
 それでも、やや不安げに聡が呟いた。
「なんかこう、憂也の言うことも最もだし、それはもう納得なんだけど、やっぱ、解散ってすごいことだから、……社長の意思みたいなものも、再確認しといたほうがいいような気がするんだ、俺」
 解散、という言葉を、この記者会見場ではっきりと口にしてしまえば。
 それは、もう戻れない――本当の「解散」へ道を突っ走っていくことになる。
 この絶対不可能なミッションを、勝利という形で終えない限り。
「将君は、どう思う?」
 話をいきなり聡にふられて、別のことに思考が飛んでいた将は、少し驚いて顔をあげた。
「え?」
「えって……聞いてなかった?もしかして」
「あ、ああ、悪い」
―――つか、何今さら揺れてんだ、俺は。
 将は、軽く嘆息して立ち上がった。
 また、真田孔明のことを考えてしまっていた。
 今解散宣言をしようと、すまいと、結局は唐沢社長の意思ひとつでそれが決まる。唐沢社長の温情にすがるか、ファンの同情にすがるか――そう言った憂也の強烈な皮肉が、まだ耳に残っている。
 いずれにせよ、情にすがるしかないのが現実だ。そのことが、微妙に腹立たしいし、やりきれない。
 憂也のクソ度胸がうらやましい。今の今になって、自分の選択に、正直、自信がなくなりかけている。
 で、今日みたいな大切な日に限って、あの女は別の仕事だとかで顔さえ出しやしないし。
「将君?」
 りょうの声に、将は背中で手だけを上げた。
「ちょい、トイレ」
「大丈夫かよ、あと十分だぜ」
 憂也の声には答えず、そのまま控え室を出た。
 正直言えば、この土壇場になって、一番信じないといけない女の真意が、まだ将には判らない。
 勝つ気だといっておきながら、あのやる気のないプロモのスケジュールはなんなのだろう。
 自分らで考えろと言われても、テレビ出演に関してはどうにもならない。それこそ、マネージャーに踏ん張ってもらわないといけない分野だ。
 そもそもあの女はどうして。
 サニタリーに入りながら、将は、眉をしかめていた。
 わざわざ日本に戻ってきて、ストームのマネージャーなんかに志願したんだろう。
 役員報酬だけで、死ぬまで贅沢できるはずだし、あれだけの美人だから、どっかの富豪でも引っ掛けて、世界のセレブを気取ることも出来たはずなのに。
 もし、これが、あの女の単なる気まぐれだったら。
 もう何年も前、将の前からいきなり姿を消した時のように、今回もいきなり、舞台から降りてしまったら。
「あれ?」
 トイレから、ふいに現れた人。
 真紅のシャツに臙脂のタキシードを着た貴沢秀俊は、将を認めて、わずかに笑った。
「奇遇だね、将君」
「………おう」
「前もこんなことあったね、そう言えば」
 余裕の表情で、貴沢は手を洗っている。
 ムースで固めて、少し跳ね上げた金褐色の髪、色白の絹の肌と相まって、それはまるで異国の王子のようだった。
 タキシードは極上のベロア。宝石のようなラメが、その表面をまばゆく輝かせている。
 衣装への金の掛け方が、そもそもまるで違っていると、将はあらためて思い知らされていた。
「すごいことになっちゃったね、僕たち」
 立ったままの将に、貴沢は鏡ごしに笑いかけた。
「すごいって?」
「だって、事務所はじまって以来の珍事じゃない、リリース曲のバッティングなんてさ」
「………………」
「僕らにとっては、待ちに待ったデビュー曲、将君にとっては、解散をかけた運命の曲」
 鏡に映る貴沢の目に、はじめて暗い光がこもった気がした。
「悪いけど譲らないよ、Jのデビュー曲が、オリコン一位を取れなかったことなんて、今まで一度だってないじゃない」
 将は何も言えないまま、うっすらと本性を見せはじめた貴沢のファニーフェイスを見つめる。
「史上最高記録でトップをとってみせる、でなきゃ、ここにいる意味がない」
 らしからぬ強い口調になったのは一瞬で、貴沢は、すぐに口元に天使のような微笑を浮かべた。
「知ってるよ、ストームのミラクル」
「え?」
「そっちの手だよ、直接のプロモじゃかなわないから、別のとこから攻める気でしょ」
「…………?」
 別のところ?
 意味がよく判らない。
 眉をひそめる将に、貴沢は満面の笑みを返してきた。
「将君が知らないことはないでしょ、NINSEN堂のCМ契約、世界が注目している天下のNINSEN堂の新作ソフトだよ」
「いや、それは」
 確かに協力なバックアップにはなる。しかし、CМオンエアは、リリースより後なのである。
「どういうやり方で出てくるつもりか知らないけど、ストームに目があるとすれば、それしかないよ。なにしろあの真咲さんが、身体使って取ってきた仕事だからね」
「………………」
「美人のマネージャーがいると得だね、相手は男やもめの若社長だって?」
 わずかな間の後、将は、自分が貴沢の襟首を掴んでいることに気がついた。
「………なんの話だよ」
「あれ?知らないの?」
「だから、何の話だよ!」
「僕らのスタッフの間じゃ、誰だって知ってる話なのに」
 笑っていた貴沢の目が、どこか気の毒そうに細くなる。
 将は無言で、腕だけに力をこめた。
 有り得ない。
 あの女は死んだって、そんな真似ができる奴じゃない。
「だったら、イタジさんに確かめてみたら?」
 貴沢は楽しげに言って、将の腕を振りほどいた。
「NINSEN堂のCМは、彼女が、色仕掛けで掴んだ仕事だよ。あれだけ美人だと簡単にできるでしょ、社長は独身で、今はプライベートでも真咲さんに夢中だってさ」
「…………………」
「今日も、このホテルのどっかで、二人して会見を観てるって話だけど」
「…………………」
 あの夜、工藤に会いに行ったホテルで。
 ビジネスには不自然なほどドレスアップしていた女の姿が、妙にリアルに蘇る。
「あ、そうそう、もう一つ教えてあげよっか、ストームが僕らに勝つ方法」
 出て行けよ。
 でなきゃ、俺、お前を殴っちまいそうなんだよ。
 将の冷ややかな空気に気づかないのか、貴沢は微笑して肩をすくめた。
「今日の会見でさ」
 綺麗な目が、まるで挑発でもするかのように、じっと将を見つめている。
「涙でも流して、解散させないでください、僕らの曲を買ってくださいって、土下座でもしてみたらいいよ、日本人は判官びいきだからね、同情を買うのもいい手なんじゃない?」
「……………」
「ま、お互いフェアにがんばろうよ」
 動けない将の肩を叩き、貴沢は肩をそびやかした。


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「ちょ、ちょっと、か、柏葉……あいたたたた」
 腕をひっぱられた片野坂イタジが悲鳴をあげる。
 将はかまわずに、その身体を壁に押し付けた。
 あと数分で会見が始まる。
 控え室の前の通路。周囲に人影はなかった。
「お、俺を襲って、一体何に」
「NINSEN堂のCМは、向こうからオフアーがあったんじゃないのか」
 時間がない。
 将は、いきなり本題を切り出した。
「え……えっ?」
 なんの話か判らないのか、イタジが目を白黒させている。
 憂也の兄貴の結婚式で。
 ストームのパフォーマンスを見て、起用を決めたと。
「言え、あれは、どこから入ってきた仕事だよ!」
 将は、声を荒げていた。
 正直言えば、都合がよすぎるとは思っていた。
 首になる寸前で、あまりにも都合よく決まった大きな仕事。
「…………どっからって、NINSEN堂から、」
 言い差したイタジは、そこでようやく、質問の意図に気がついたようだった。
「……………あれは」
「あの女が、個人的に取ってきた仕事なのか」
「…………………」
「言えよ、言わなきゃ、今日の会見なんて出られねぇ!」
 眉を寄せたまま、しばらく黙っていたイタジが、苦しげに頷く。
「……はっきり言えば、その通りだ」
「………………」
「あれは、彼女が、自分の営業で、NINSEN堂の社長から取ってきた仕事だ」
 将は、眩暈を感じて、イタジから手を離した。
―――あの……バカ女!
 深い失望は、すぐに強い怒りに取って代わる。
 冗談じゃない。
 冗談じゃない、マジで。
「しかし、それは、マネージャーとしての仕事の一環だ、柏葉君」
「もう、いいよ」
 背中から、イタジの声が追いすがる。
「あの人は、随分以前から、御影社長とコンタクトを取っていたんだ、そりゃ、有り得ない起用には僕も驚いた、でも、き、君が、今、誤解しているようなことは、ないぞ」
 多分。
 と、イタジが力なく付け加える。
 もう何も聞きたくない。
 将は、怒り任せに控え室の扉を閉めた。
 

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「それにしても、すごい報道陣の数ですね」
 ミカリは、人ごみに飲まれそうになりながら、傍らのケイを見上げた。
 ぎっしりと詰め込まれた会見場記者席。
 すでに入場制限が出る有様だ。各社、場所の取り合いに、今もひしめきあっている。
 それは、カメラを抱えたミカリも同様で、大柄なケイに守られる形で、必死でカメラ位置をキープしている。
「ま、Jが三年ぶりに出す新ユニットだからね。嫌でも注目されてるんだろうけど」
 ケイが、割り込んできた他社の記者に肘鉄を食らわしている。
「にしても、すでにテレビに出まくっているヒデにも河合誓也にも、さほど目新しいネタがあるとは思えない。これは、間違いなく、ストーム効果ってとこじゃない?」
「ストーム、効果ですか」
「そ、ミカリは近すぎて判んなくなってるかな」
 ケイは、軽く鼻を鳴らした。
「相変わらず売れてないストームだけどさ、昨年のセイバーあたりから、マスコミじゃ、ちょっとしたいい素材になりつつあるんだよね」
「…………………」
 その意味は、何年も芸能誌に席を置いたミカリにも判る。
 いい素材。
 つまり、何もスクープがとれない紙面で、とりあえず出せば、購買率が上がる素材、という意味だ。
「そういえば……そうですね」
 近すぎて判らない。ケイが何気なく言った言葉が、ミカリの頭に尾を引いている。
 そうかもしれない。
 どんなに冷静に、客観的に振舞ってみても、それが、現実だ、多分。それだけもう、ミカリにとって聡は、かけがえのない存在になりつつある。
「そ、まずセイバーで、東條君が既存のファンに目茶苦茶叩かれたじゃない?掲示板でもスレッドが何本も立ってさ、そりゃ、賑やかだったのよ」
 当の本人には、賑やかでもなんでもないだろうけど。
 ミカリは無言で、ケイの言葉に耳を傾ける。
「その繋がりで、主題歌CDのリリース中止、で、何故か東條君だけじゃなくて、柏葉君のバッシング記事も出てきたし」
「そうでしたね、そう言えば」
 CDリリース中止にいたる裏事情がすっぱ抜かれた。
 おそらく内部リーク。
 ケイは、その出所を真咲しずくだと踏んでいるようだった。
 ストームの不協和音、柏葉将の横暴ぶりが面白おかしく取りざたされ、それも、聡同様、既存のセイバーファンに攻撃のきっかけを与えるいい口実になり、将もまた、ネット上で散々叩かれる結果になっている。
「そして、なんといっても今年だね。週刊誌の見出しにストームの名前が載らないことが珍しいほど、毎月話題を提供してくれたじゃない」
「………………」
 
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 当時週刊誌を騒がせた見出しなら、いくらでも頭に浮かぶ。
「で、これが最後の極めつけかな」
 照明が落ちる。
 ざわめいていた記者席が静かになる。
「あのヒデと同日に、一年新曲から遠ざかっていたJの異端児、ストームが新曲を出す。これは、ちょっとしたサプライズなんてもんじゃないよ」
「……唐沢社長は、なんと?」
「さぁね、ただ、これが計算された戦略だとしたら」
 壇上に照明がともる。音楽は――ストームのデビュー曲。
 背後のパーティションから5人の少年が歩み出てくる。
 途端に瞬く、フラッシュ、フラッシュ、フラッシュ。
「直人はやっぱ、ただ者じゃないってことだね、サプライズのない新人を売り出すのに、これほどうってつけの演出もないよ、実際」


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「すいません、新曲、まだできてません」
 デビュー曲のサビ。
 懐かしい振り付けを披露した後、綺堂憂也の第一声が、押しかけた報道陣の笑いを誘った。
「タイトルは奇蹟、5月8日水曜日発売です」
 続いて、東條聡が、ミラクルマンセイバーの主題歌が入っていることを説明する。
「……ケイさん、」
 ミカリは、席についた5人の表情が、普段とは違うことに気がついた。
「え?」
「ちょっとおかしくありません?」
「ん?何の話?」
 逆にこれは、近すぎるミカリだから見抜けたことかもしれなかった。
 東條聡、成瀬雅之の顔は、あきらかに強張っており、時折、迷うような視線を右端の柏葉将に向けている。
 片瀬りょうは無表情、中央で平然としている綺堂憂也にしても、目がまるで笑っていない。
 そして柏葉将に至っては――。
 控え室で、何かもめたんだ。
 ミカリに判ったのはそれだけだった。
 何か、致命的な言い争いがあったのかもしれない。そして、その葛藤が消化できないまま、5人は今、壇上に並んでいる。
「ヒデ&誓也さんと、新曲発売が同時ですよね」
 記者の質問が始まった。
「あ、そういうことになっちゃいましたね」
 即座にマイクを持つ憂也が答える。
「自信のほどはどうですか」
「いやぁ、後輩のデビューを盛り上げようと、張り切ってます」
 再び場内が笑いに包まれる。
「それはかなり余裕ですね、ストームさんには一年ぶりの新曲だと聞いていますが、売り上げが比べられることは、怖くはないですか」
 再び、憂也がマイクを持つ。
 少しだけ、妙に不自然な間があった。
「あー、それはですね」
 憂也が、何か言いかけた時だった。
「怖いですけど、同じ事務所の仲間ですから」
 静かだが、はっきりした声が、その言葉を遮った。
「同じ日にリリースするということで、相乗効果で、がんばっていけたらいいと思っています」
 柏葉将だった。
 そして、将がマイクを置いた時の全員の表情を、ミカリは不思議な思いで見回していた。
 明らかに安堵していたのは東條聡で、その反対に、難しい顔になったのが成瀬雅之。
 片瀬りょうは、軽くため息を吐いていたし、綺堂憂也にいたっては、半ば投げやりな目をしていた。
―――何が……あったんだろう。
 その後は、おなざりな質問が二つ、三つ飛び交い、時間切れとなった。
 5人が退席した後、再び暗くなった室内に、スモークが巻き上がる。
 照明が目まぐるしく舞う中、全国ネットのヒデのレギュラー番組、その中で何度もオンエアされた、新曲のイントロが流れ出す。
 照明が一気に全開になり、その中で、シルクハットを片手にポーズを決めた二人のシルエットが現れた。
 あとは――豪華なショータイム。
 貴沢秀俊の華麗な笑顔に、さしもの記者陣も、一時ぼうっと見惚れている。
―――この会見が、もし、勝負だとしたら。
 ミカリは唇をかみ締めて、ジャケットを脱ぎ捨て、派手なステージ衣装に変身した新時代のアイドル二人を見上げた。
 間違いない、今日のストームは、惨敗だ。


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「憂也、」
 雅之が、一番不安だったのは、憂也が切れるんじゃないか、ということだった。
 が、不思議なほど、控え室に戻った憂也は、さばさばした目をしていた。
「ま、しょうがねぇか」
 その、普段通りの声を聞いて、雅之もようやく安堵する。
「………貴沢君たち、歌ってるね」
 りょうが呟く。
 会場の喧騒が、この控え室にまで響いてくる。
「せめて、曲ができてればね」
「つか、振り付けだってまだだし、どうしようもないよ、今回は」
 りょうと聡の会話を聞きながら、雅之はそっと、座ったままの将の横顔を伺い観た。
 会見の前、トイレから戻ってきた時、あれほど激しく憤っていた将は、今は、つき物が落ちたように静かな横顔になっている。
 あの時、会見直前になって、
「解散の話は、なしだ」
「俺は言うべきだと思うけどね」
「そんなのやっぱ、みっともねぇだろ」
「言ってる場合でもねぇだろ」
 将と憂也が言い合い、ブリザードが吹雪く直前、会見開始時間となった。
 どうすんだ――と、雅之も、多分、聡もりょうも、相当びびっていたはずだが、結局は、憂也が折れた形で収まった。
 実際、憂也と将の言い分、どちらがいいのか、雅之にはよく判らない。
 言ってしまえば、本当に最後だ。もうなかったことにはできない以上、解散に向けてひた走るしかない。
 が、そんなことでも言わなければ、何ら目玉もない新曲発表、ヒデの前座に成り果ててしまうことも、また事実だった。
 今、実際、そうなってしまったように。
「……………」
 雅之は無言で、室内のメンバーの表情を伺った。
 聡は、明らかにほっとしているようだった。
 りょうは――よく判らないけど、別段怒るでもないから、どっちかといえば、将よりなのかもしれない。
 で、俺も、多分、どっかでほっとしている。
 憂也の言い分もわからなくはないけれど、解散を口実にした売り込みなんて、そんなやり方は性にあわない。なんか――こう、少しばかり、卑怯、というような気がする。
 そんなこと、確かに言ってる場合じゃねぇんだけど。
「入るわよ」
 と言う前に、すでにその人は、扉を開けて室内に踏み込んでいた。
 今日は、同席していないはずの真咲しずく。
 真紅に黒のラインが入った膝上のワンピースに、黒いジャケット。
 華やかなまとめ髪には、真珠のような髪飾がきらめいて、まるで、どこかのパーティから帰ってきたばかりのようないでたちだ。
 その、しずくの目が、珍しく本気で怒っている。
「人のこと非難しといて、結果がこれ?」
 その怒りが柏葉将に向けられていると気づき、雅之は軽い眩暈を感じていた。
 や、焼け石に水、じゃねぇ、ひ、火に油。
 せっかく消化しかけてんのに、これ以上ガソリンぶちまけないでくれーっ、真咲さんっ。
 その将は、しずくを見上げてすぐ、陰鬱な目になって黙り込む。
「結局何も成長してないんだ、あなたたちは。最初から最後まで同じこと言わせるのね、自己プロデュースさえできない、でくの坊」
「……………」
 あえて無表情な将の眉が、神経質そうに何度か動く。
「今日がどれだけ大切な会見だったか、本当に理解してるの?それとも、そんなことも判んないほど、たかだかこの程度の舞台で舞い上がってたんじゃないでしょうね」
「だったらあんたはなんなんだよ!」
 ついに、将が立ち上がった。
「あんたが何してくれたんだよ、余計なことばっかしやがって、ほっとけよ、出て行けよ!」
「何いってんの?ついに頭にきちゃったの?バカじゃない?あなた」
 冷ややかにやりすごすと思いきや、速攻で逆ギレ状態のしずく。
「そこまでバカとは思わなかったわよ」
「うるせぇよ、どうせバカだよ!」
「バカならバカらしく、ひっこんでなさい!」
 す、…………すげぇ。
 雅之は、息を呑んでいた。
 多分、りょうも、聡も、憂也さえも。
 ブリザードどころじゃない、富士山噴火なみの大爆発。
 将の剣幕以上の剣幕で、まさか、普段将以上にクールな真咲しずくが怒り出すとは思わなかった。一歩も引いてない、どころか、負けてさえいない。
「………出ようぜ、雅」
 憂也が囁く。
 え?と思う間もなく、その憂也に手を引かれて、雅之は控え室の外に出されていた。
 りょうと聡が、慌ててその後についてくる。
「どんだけ激しい痴話喧嘩だよ」
 扉を閉めて、憂也が呆れたように呟いた。
「痴話げんかなの?あれ」
 おそるおそる、締まった扉を見ながら聡。
 中では、まだ二人が、何か激しく言い争っている。
「ま、トップ二人があんな状態じゃ、どうしようもないね、歩兵の俺たちとしては」
 憂也はそう言って肩をすくめる。
「将君の場合、なまじ恋愛が絡んでるから、余計ややこしいっつーか」
 それきり黙って、唇に指を当てた憂也は、何か考え込んでいるようだった。
「ひと肌脱ぐか、雅」
 そして、ふいに、小悪魔はいたずらめいた目になった。
「えっ、脱ぐ?」
「名づけて将君を男にしよう大作戦、ま、やってる場合でもないんだけどね」










※この物語は、全てフィクションです。


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