29
「あ、そうそう、ごめんな、うん、忙しくってさ、あー、時間とかじゃなく、俺の頭ん中が」
久々に交わす恋人との会話。
怒ってない……。
凪の声を聞きつつ、雅之はほっとする。
何日も前にあったメールに、ずっと返信していなかった。
ひとつのことにのめりこむと、恋愛がおろそかになる昔からの性格。よかった、マジで愛想つかされてなくて。
「最近、なんか、変わったことでもあった?」
雅之がそう聞くと、電話の向こうの人が、わずかに黙る気配があった。
会話繋ぎに何気なく聞いたことだが、「え、」と、逆に雅之はその沈黙に戸惑う。
『ううん、別に』
が、すぐに明るい声が返ってきた。
「つか、しばらく黙ってたけど、」
『何かあったかな、って思い出そうとしたたけど、何も思い出せなかっただけ』
普段どおりの凪の声。
「ふぅん」
と、応えつつ、ベランダに立つ雅之は、部屋の中の様子を伺った。
東京某所。
雅之の部屋――であり、ストームの合宿所。
中では、ソファに背を預けた将が、仏頂面で雑誌に目を落としている。
記者会見から続く暗黒の不機嫌オーラが、部屋中を席捲しているといった感じだ。
で、電話、そろそろ切り上げなきゃな。
腕時計を観た雅之は、そわそわしつつ、携帯を持ち直した。
『でも、大変だねー、新曲リリースが、そんなんじゃ』
凪の声が、現実に引き戻す。
本当の事情は打ち明けられなかったものの、リリースのプロモが上手くいっていない話だけはしてしまった。
電話できなかった(というか、するのを忘れていた)言い訳の意味もこめて。
「今から、まぁ、5人でプロモのミーティングみたいなことするんだけど、」
まぁ、今夜はとりあえず形だけの――いずれ、本当にするんだろうけど。
「何かいい案ねぇかな、つか、俺、バカで、何も思いつかなくてさ」
テレビに出て歌を歌う――あとは、どっかの会場を借りてイベント、それくらいしか思いつかない。しかもリミットはあと二週間もない。
『私に言われても、わかんないし』
と、相変わらず素っ気無い恋人は、やはり素っ気無くそう言ってきた。
『あ、そろそろバイトなんだ、悪いけど』
「あ、ああ、うん、判った」
ぐすっ。
いや、いいんだけどさ。俺の自由時間もそろそろだし。
こないだ結構いい感じでキスしたの、あれ、なんだったんだろう、一体。
まぁ、やっぱ、今んとこ、俺の方ばっか好きなのかな。
『あのさ』
が、すぐに切ると思った携帯の向こうから、声がした。
『私、よくわかんないけど、アイドルってテレビで見ると、なんかこう、バカっぽいのね』
「………………………あ、そう?」
なんだよ、それ。
超微妙な言い方だけど。
『でもさ、生で見ると、まるで別人みたいにかっこいいの、別の星の人みたい』
「えっ、そう?」
たちまち舞い上がる雅之である。
『特に、片瀬さんと柏葉さんなんて、近くで見てたら涙出るほどかっこいい』
「………………………………あっそう」
なんなんだよ、それ。
何が言いたいんだよ、それ。
『私でさえそう思ったんだから、そういうの、もっと全国の人に知ってもらえたら、いいと思うよ、じゃっ』
プツ。
「………………………」
ツーツーツー。
す、すっげ、微妙な電話だったんですけど、これ。
不愉快っつーか、へこむっつーか。
半ば投げやりな気分で、室内に戻ると、さらなる追い討ちがまっていた。
「…………つか、何やってんだよ、他の奴ら」
どん底まで不機嫌な柏葉将の、この世の終りのような仏頂面。
「明日は五時から、CМ撮影だろ、面子揃わねぇなら、帰るし、俺」
「ま、まぁまぁ」
雅之は慌てて、それを制する。
「な、なんにしてもさ、話し合わなきゃ、まずいだろ、俺ら」
「まぁ………それはそうなんだけどさ」
「憂也と将君だって、わだかまりが残ったままみたい、だし」
その言葉に、将は、わずかに眉を翳らせる。
「じゃあ、俺が憂也に謝ればいいのかよ」
こ、こわっ。
つか、ぜ、全然機嫌なおってねーよ、昼間の会見から。
憂也―、早くっ。
そう思った途端、待っていた電話が鳴る。
立ち上がった将を制し、あたふたと電話の傍まで駆け寄った。
「あっ、憂也、どうしたんだよ、一体」
あー、俺、大根、間違ってもアカデミー賞なんて取れそうもねぇや。
「えーっ、マジかよ、うん、すぐ行くから、そっちに」
打ち合わせどおりの会話。
「しょっ、将君、ゆ、憂也のバイクがエンストでさ」
「はぁ?」
「かっ、金ねぇみたいだし、ちょっとそこまで迎えに行って来る、他の奴来るかもしんねぇから、悪いけど少し留守番してて!」
ああ、俺って演技もだけど、嘘つくのも下手みたい。
雅之は、将の目を見るのが怖くて大慌てで玄関を出る。
「つか、なんで、俺が一番怖い役目なんだよ」
「まぁまぁ」
外には、憂也、聡、りょうの三人が待っていた。
30
「………なんなんだ、一体」
将は舌打ちしてから、腕時計に目を落す。
午後七時半。
七時集合だったから、とうに三十分は過ぎているわけだ。
―――ま、確かに今日は、俺が悪かったんだけどよ。
あの女に言われるまでもない、ストームの解散という、大事な命運のかかった記者会見の席で、ただのヒデの前座に徹してしまった。
解散云々についての判断は、結果的には、あれでよかったと思っている。ヒデのおかげで、それまで浮ついていた腹が、あの瞬間確かにすわった。
が、今日の会見。もっと他に、魅せようがあったはずなのだ。それも――あの女の言うとおり。
何しろ今日は、日本中の芸能記者が集まっていたと言っても過言ではないほどの、大掛かりな記者発表。
なのに、格好の宣伝になるはずの場所で、何ひとつ目だったパフォーマンスを魅せることができなかった。
今にして思えば、迷ったり、疑念を持ったりする前に、もっと考えるべきことがあったのだ。たった二週間のプロモの、かなり貴重な1日だったのだから。
その後悔が、今も将の胸を重くさせている。
―――憂也にも、謝らないとな。
納得も理解もさせないまま、有無を言わさず遮ってしまった。
憂也の気性で、あれで切れなかったのが不思議なくらいだ。
が、今日の今日で謝れない。(←子供)
せめて、明日、この煮えたぎった頭の中が、完全に収まってからにしてほしい。
玄関のチャイムが鳴る。
「………?」
鳴らす奴なんて、いるっけ。
ああ、もしかして、悠介かな。
将は雑誌をおいて立ち上がった。
「悠介?」
扉を開けて愕然とする。
「………呼ばれたから来たんだけど」
そこには、同じような不機嫌な顔で、真咲しずくが立っていた。
31
「ケーキ買ってきたけど、食べる?」
「……いらねぇ」
「あっそ、じゃ、私1人で食べよ」
つか、食ってる場合かよ。
憮然としている将を1人置いて、しずくはさっさと台所に立っていく。
「で、肝心の成瀬君は?」
「憂也迎えに行ったよ」
「ふぅん」
手でも洗っているのか、水流の音がした。
こいつでも、台所に立ったりするんだ。
将は横目で、キッチンから垣間見える女の横顔を見る。
襟の開いた白いシャツに、脚の形がはっきり判るスキニージーンズ。髪は背後に無造作に流し、前髪のウェーブが少しだけ乱れていた。
バイクで来たんだな、となんとなく判る。
昔はバイクばっかりだった。今でも――そっか、乗ってんのか。
「うわっっ」
「えっ」
いきなりの大声。
将は驚いて立ち上がる。
「どうしたよ」
「ケーキがぶっつぶれてる」
「…………………」
あっそう。
「あー、久し振りに飛ばしちゃったからな、今夜は」
「いい年して飛ばすなよ」
キッチンに行きかけていた将は、そのまま元に場所に腰を下ろす。
つか、早く帰って来い、雅!
「むしゃくしゃしてたからね、誰かさんのベタなパフォーマンスのせいで」
「…………………………」
やっぱ、喧嘩売りに来たのかよ、この女。
「成瀬君に、ミーティングに参加してくれって言われたから、説教の続きにきたんだけど、しよっか、続き」
「うるせぇよ」
半ば、本気の苛立ちが将を支配する。
今日の昼は、どうしても言えなかったNINSEN堂の契約の件、今なら、言ってしまえそうだった。
別にもう、こんな女なんて、なんでもない。
恋愛感情なんて、あったとしても、過去の遺物だ。
「つきあってんのかよ、あのおっさんと」
が、いったんそれを言葉に出すと、再び理不尽な怒りがこみ上げてくる。
「誰?唐沢君?」
つぶれたケーキ皿を片手に戻ってきたしずくは、訝しげに眉をひそめた。
「………………………」
あのさ。
誰が、所属事務所の社長をおっさんって言うんだよ。
「こないだホテルで会ったおっさんだよ、NINSEN堂の社長さん」
「うん、つきあってるよ」
返事は、拍子抜けするほどあっさりしていた。
「いっただきまーす、なんだ、つぶれても結構美味しそうよ」
「……………………」
へぇ。
ふぅん。
はー。
色んな感嘆詞が、将の頭に浮かんでは消えていく。
「それ………もしかして」
自分の声が強張っている。
将は言葉を切り、そのままうつむいてしまっていた。
あ、やべー。
マジで、暗くなってるよ、俺。
ちょっと待てよ、なんつーか、俺、もうこの女のことは諦めたっつーか、なんつーか。
ばっさりふられて、それなりに、心の準備ってもんが、できていたはずなのに。
「後悔するくらいなら」
どこか、冷ややかな声がした。
将は、動悸を感じて身を硬くする。
「最初から意地なんか張らずに、食べたいっていいなさいよ」
「………………………………………」
つか、違うだろ!
ポイント、全然違ってるだろ、そこ!
ああ、駄目だ、この女のペースに乗ってしまったら最後、百年たっても本題には辿り着けない。
レッツ、マイペース。
「つきあってるって、どういう関係」
「ん?御影さんのこと?」
「……………そう」
すぐに名前が出るところに、さらに将は傷ついている。
「まぁ、食事いったり、ゴルフいったり、カラオケいったり」
「………もう、いい」
「そ?」
「…………………」
いや、よくない。
「そいつのこと」
将は、言葉を途切れさせながら言った。
「マジで好きなの?」
「…………………」
返事がない。
将が顔をあげると、思いの他、真面目な目になったしずくの顔があった。
「約束したんじゃなかったっけ」
声も、ひどく静かだった。
「あれが最後だって、言ったわよね、私」
あの夜のキスと。
吐息の記憶。
将は、苦しくなって視線を下げる。
胸が痛い。
なんだって人は、忘れたい記憶ほど、嫌になるほど鮮明に覚えてるもんなんだろう。
「………判ってるけど」
「だったら、答える義務はないんじゃない?」
まあ、それは、そうなんだけど。
「じゃ、これだけ教えろよ」
将は開き直って口調を改めた。
これだけは聞きたい、で、返事次第では。
「仕事とるために、つきあってんのか、そのおっさんと」
誰がなんと言おうと、CМには出ない。
「答える必要はないと思うけど」
「あるだろ、俺、もしお前のこと、単なるマネージャーとしてしか見てなかったとしても」
将は、真っ直ぐにしずくを見つめた。
「そこは絶対こだわるよ、そんな真似するマネージャーなんて、どんなに有能でも、こっちから願い下げだ」
「…………………」
わずかに瞬きしたしずくは、無言でケーキをフォークでつついた。
「青いわね、バニーちゃん」
「うるせぇよ」
「…………ま、今から青さを失ってもきついけど、私の年、考えたことある?」
クリームの塊を、しずくは舌先ですくいあげた。
「そんな青いこと言ってる年じゃないのよ。彼の好意を、私は確かに利用してる。ただ、君が心配してるような関係ではなく、ビジネスの接待だけどね」
「……………………」
俺が何心配してるって言うんだよ。
と、反論しかけたものの、将は、全身から力が抜けていくのを感じていた。
「つか、そんなことで怒ってのたか……」
しずくもまた、脱力したように呟いた。
「言ったじゃない、私、誰とも恋愛なんかしないって」
「………恋愛なら、まだ許せると思ったよ」
「打算の恋愛だから許せなかったってこと?心配しなくても、打算も本気も、絶対に私には有り得ないから」
「………なんで、そこまで頑ななんだよ」
あんた、まだこんなに若くて。
で、もったいないほど、綺麗なのに。
むろん、後半二行は心の中で付け足した。
「うーん、セックスレス」
「ぶっっ」
将は、吹き出して、慌てて口を押さえる。
「潔癖症?男の人の身体が苦手なのよね、実は」
それ、セックスレスって言葉の使い方違ってるし。
つ、つか、そんな生々しいこと、こんな――二人きりの部屋で言われても。
なんかこう、想像するっつーか、なんつーか。
「遅いね、成瀬君たち」
「あ、ああ」
「ま……そういう目的だったかな、だとしたら、もういいね、帰っても」
しずくはそう言うと、空になった皿を持って立ち上がった。
将にも、しずくが言った意味が判っている。
つか、この報復をどうすべきか――どうせ首謀者は憂也だろうが、素直に感謝すべきか怒るべきか、こう、とことん微妙なラインだ。
まぁ、誤解?は解けたといえば、解けたけど。
肝心のとこが、まだ残ったままの気がする。
このまま、色んなことを棚上げにしたまま、これから――このストーム最後の試練、この女を信じてやっていけるのだろうか、という大問題。
「置いとけよ、後で俺が洗うから」
「いいわよ、それくらい」
しずくが蛇口を捻る気配がした時だった。
ふいに、部屋の照明が落ちて真っ暗になった。
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「そ、そこまでやんのかよ、憂也」
「オーイェス」
「って、これ、リアル犯罪じゃねぇ?」
その瞬間、このマンション全ての照明が落ちている。
エレベーター横の配電室。その扉を器用に開けた憂也は、なんらためらうことなく、電気のテンパールを一気にあげてしまった。
「ほい、ドライバー」
「お、おう」
そして憂也は、全く悪びれることなく、開いた配電盤のネジを丁寧に締めなおす。
「さてさて、管理人か誰かが関電に通報して、電気が回復するまで、三十分……は無理かな」
ああ……雅之は頭を抱えた。
今頃、マンション住人の悲鳴が聞こえる。とはいえ、ほとんどが1人暮らしの学生だから、八時前、在室してる奴の方が少ないかもしれないけど。
「お、俺、マジで逃げたいんだけど」
「大丈夫だって、さ、とっとととんずらして、ファミレスにでも行ってようぜ」
「将君、大丈夫かな」
りょうが、不安げに電気の切れた雅之の窓を見上げる。
「これで男にならなきゃ、スーパーキングの名が泣くだろ」
憂也は笑って、そのりょうの背中を叩いた。
「つか、かえって逆効果ってことも」
不安げに聡。
それは雅之も、全くの同感だった。
これが致命傷になって、将君と真咲さんが完全決裂してしまったら。
一体どうなるんだろう、今でさえ、どっかぎくしゃくしているストームは。
先を行く憂也は何も気にならないのか、りょうと何か、楽しそうに会話している。
「……ま、でも少し安心したかな」
その二人の背中を見ながら、聡が呟いた。
「最近の憂也、ちょっとなんか……らしくないっていうか、あ、そういうの、雅の方がよく判ってるかもしれないけど」
「………うん、まぁ」
雅之も、曖昧に言葉を濁す。
「気にしすぎだったかな、全然いつもどおりじゃん、憂也のやつ」
つか、いつもよりタチ悪いし。
その言葉に苦笑を返しつつ、雅之は微かに嘆息した。
聡君。
俺さ、ぶっちゃけ、最近、憂也のことがわかんないんだ。
前はどんなことされても、底にあるものは判ってたつもりだったんだけど。
今はその底が、全然、見えない時があってさ。
それこそ、気にしすぎだったらいいんだけど……。
33
「大丈夫かよ」
「まぁ……なんとか」
暗闇の中、しずくが動く気配がする。
「おい、動くなよ」
「わかってるんだけど」
落ちた皿が、多分足元で砕けて散乱している。
女の足は素足だった。うかつに動けば、足を切る。
「ちょっと待ってろ、今スリッパ探してくるから」
「ごめんね」
停電かな。将は窓から外を見る。少し離れたビルには、煌々とした灯り。
「この辺りだけかな、停電」
「みたいだね、お隣からもそんな声が聞こえるから」
ようやく目が闇に慣れてくる。将は玄関からスリッパを取り出し、一足を自分で履いて、キッチンに戻った。
「こっち、来いよ」
「見えないんだけど」
「鳥目かよ、お前」
仕方なく近づいて、手を出した。
その手に、柔らかな手のひらが添えられる。
「…………………」
「…………………」
動悸がした。
あの夜、これが最後だと思って手放した温もりが、ふいに手元に戻ってきたような。
しずくの手を支えたまま、将は、しゃがみこんで、スリッパをその足元に置いてやった。
「脚、触ってもいいか」
「へんな触り方しないでよ」
「しねぇよ」
少しむっとしながら、くるぶしに手を添えて、両足にスリッパを履かせてやる。
しずくの手は、今、かがみこんだ将の肩に添えられている。
暗い中。
蛇口から溢れる水流の音だけが、響いている。
動悸がする。
眩暈がする。
そしてこの感覚は、自分だけでなく、今、ほとんど身体をよせあっている女も、同じように感じているような気がした。
「………水、締めなきゃ」
「俺がするよ」
立ち上がる。そのまま腰に腕を回し唇を重ねていた。
「……………」
「……………」
しずくはわずかにうつむく。開かない唇に、将はもう一度、唇を押し当てた。
永遠のような時間。
じゃり…と、スリッパが、陶器の欠片を踏みにじる音がする。
逃げようともしない代わりに、反応もなかった。
何度求めても、唇は開かない。
「…………………」
将は唇を離し、しずくの頬に手を当てた。
俺、………好きだ。
もう、どうしようもない、こんなに――まいってる、心ごともっていかれて、やばいくらい惹かれてる。
なのに、やっぱり、この女は――。
「同じ目、してんのかな」
うつむいた将の髪に、はじめて、しずくの手が添えられた。
同じ目……?
「もう十年以上も前、まだ私が、今の君より若い頃」
どこか優しい声だった。
「すごく好きな人がいて、すごくすごく大好きで」
「…………………」
「今の私より随分年上のその人を、私、」
「…………………」
「今の君と同じ目で、……見てたのかな」
「…………………」
それは。
それは、もしかして。
「なんて思ったら、少し君が可哀想になってきた」
頭を軽くはたかれ、将は、無言で視線をそらす。
「……んだよ、それ」
「え?」
じゃ、今までのは全部同情かよ。
そんなもん、いらねぇし、そんな話なら聞きたくもない。
けど。
「………夏に、海に一緒に行ったのって、その人だろ」
「うん、そう」
あっけないほど素直な肯定。
体温が、将の傍を離れていく。
キッチンを出たしずくの背中が、闇の中、リビングで見えなくなる。
で、そいつが。
その場に止まったまま、将は声だけでしずくを追った。
「そいつが、俺の、……親父なんだろ」
「そう、そして私が、君の本当のお母さん」
「…………………………………え?」
一時、頭が白くなった将は、しばし、固まって考える。
まてよ、俺の年が、こうで、こいつの年がああだから、
つか、
「つか、ありえねーだろ、あんた、一体いくつで俺生んだ計算になるんだよ!」
「あ、やっぱ、無理があったか?」
おかしそうな笑い声。
将は苛立ち任せに、陶器の欠片を踏みにじってリビングに入った。
「あのさ、俺、かなり真剣に話してるつもりなんだけど」
「似てるの、こうやって闇の中で見つめられると、あの日の彼がそこにいるのかと思うくらい」
「…………………」
「私が、初めて好きになった人、そして今も忘れられない人」
「…………………」
「確かにそう、その人が、君のお父さんよ」
解散へのカウントダウン(前) 終
※この物語は、全てフィクションです。
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