九



 翌日。
 ホテルからバスで移動して、俺たちはコンサート会場に向かっていた。
 あと数時間で、何万もの観衆の前に立つ事になる。さすがに、もう騒いでいるKidsはいない。
 こういった場に慣れている俺でも、身震いを禁じえない時間帯だ。
「お前らな、昨日みたいななめた踊りみせたら、あかんで」
 バスが会場に滑り込む直前、最前列にすわっいてた増嶋さんが、いきなり振り返ってそう言った。
「俺らにとっても大切なコンサート初日だからさ」
 そう言って、同じように振り返ったは今井智紀さんだ。
「よろしくね」
「頼んだよ」
 沢口樹さんと大河創さんも、口々にそう言う。
 基本的に、MARIAさんたちは、全員優しい。
 滅多に後輩を叱ったり、先輩風を吹かすこともない。
「ま、色々噂は聞いてるけど、そんなもん、昔からまともにあたった試しなんてねぇから」
 ぶっきらぼうな口調で最後に言ってくれたのは、永井さんだった。
「そうだよな、俺らもまさか、自分たちがデビューできるなんて、夢にも思ってなかったし」
 沢口さんが口を挟む。
「そうそう、俺なんて、事務所ではすっげー扱い低かったぜ?」
 大河さんが、ふざけたように言って笑いを取る。
「そんなもん、ちょっとした運と、社長の気まぐれと閃きで決まるんだ、……気にすんな、気にするだけ、無駄だよ、無駄」
 ひらひらと手を振り、永井さんは再び前に向き直った。
 なんとなく――全員の雰囲気が柔らかく溶けたのを俺は感じていた。
 本当にMARIAさんは、優しいな、と俺はしみじみと思っていた。
 一見気難しげで、態度が悪いとマスコミに叩かれたことのある永井さんにしても、それは同じだ。ぶっきらぼうでも、本質はすごく優しい。
 うん――そうだよな。
 俺は、その優しい言葉の数数に感動しつつ、同時に、ようやく目が覚めていた。
 今日の主役は、MARIAさんなんだ。
 全国コンサート。その大切な初日である。
 こうやってコンサートが全国規模で組まれるのも、人気がある内だけのこと、―――いくら今頂点を極めても、その人気が永遠に続くとは限らない。
 一番真剣で、必死になってんのは、MARIAさんで。
 俺たちは――そこに、どういう上の思惑があろうと、彼らを引きたてるためだけに頑張ればいいし、そうでなきゃいけないんだ。
「頑張ろうな、憂」
 俺は、隣席に腰掛けたまま、眠たいのか、ずっと外を見ている憂に声をかけた。
「……まぁ、てきとーにな」
「…………?」
 何故か返ってきた言葉には覇気がなかった。
 俺はけげんに思いつつ、バスが止まったので、荷物を取るために立ち上がった。


              十


「……成瀬」
 控え室に荷物を置き、会場をもう一度見るために、部屋を出たところだった。
 ふいに背後から呼び止められ、俺は少しびっくりして足を止めた。
「……お、おう」
 通路の端の方に、ひっそりと立っていたのは流川だった。
 すでにコンサートの衣装に着替え、どこか、きまずそうな顔をしている。
「はええな、まだ、昼メシも食ってねえのに」
 俺は、なんと言っていいか判らず、どぎまぎしたまま、間の抜けたことを言った。
 だって、――あの日以来だ、こいつとまともに口聞くのは。
「……早く着替えた方が……色々便利だから」
「あ、まぁ、そうだよな」
「…………」
「…………」
 会話が途切れる。
 俺は、困惑しつつ、頭を掻いた。
 憂に――昨日の夜言われたこと。それは、今でも苦い薬みたいに、舌の上に残っている。
「……昨日……大丈夫だったのか」
「ああ……うん、心配してくれたみたいで」
 流川の顔に、初めて困惑したような色が浮かんだ。
「……まぁ、色々……準備してたから、なんとか」
「……そっか」
 そこに、美波さんが、どんな形で手を貸してんのかな、と思っていた。
 が、それは多分――俺の、思いっきり嫉妬なんだろう、とも思っていた。
「昨日はシカトしてたのに、今日はそうでもないんだな」
 俺は、ちょっと肩の力を抜いて、そう言っていた。
「……してた?」
 と、何故か流川は、さらに困ったような顔になる。
「してたじゃん、……ま、いいんだけど」
 つか、俺もしてた。
 キスしてからずっと。
「……今から、会場、ちょっとのぞこうと思うんだけど」
 俺は頭に手をあてつつ、少しぶっきらぼうな口調で言った。
「……一緒、行くか」
「……うん」
 そんだけの会話なのに。
 俺は、ここ数日ずーっと気まずかったり苛々したり、そんなダークでヘビーな感情が、すーっと流れて消えていくのを感じていた。


               十


 薄暗い通路を抜けて扉を開けると、いきなり音響さんの声が響いてきた。
 マイクテストか何か、そこに、MARIAさんのマネージャーの声が被さっている。
「……すごいね」
 背後に立っていた流川が呟いた。
「……そだな」
 舞台から見た観客席というのは、本当に圧巻である。ここが、数時間後には真っ黒に埋まり、まっ黄色の喚声で埋め尽される。
 舞台には、何人かのスタッフが慌しく行き来している。リップマイクをつけて、何か忙しなく指示している。
 大がかりな舞台装置が、ずるずると引き出され、俺たちの前を通り過ぎる。
 観客席には、クロスの通路が設けられ、四隅にはクレーン。
「こんな中で踊るって、どんな気持ち……?」
 舞台の中央まで歩み出た時、流川がふいにそう言った。
「どうって、……お前にも、あとちょっとで判るじゃん」
「…………」
 流川は少し笑う。それがひどく寂しげに見えて、俺はちょっとドキッとしていた。
 そっか、俺……話さなきゃいけないことがある。
 なんて言っていいかわかんねぇけど……謝る――とも少し違うけど、嫌いでシカトしてたわけじゃないってことは、言わなきゃいけない。
 でも――じゃあ、こいつと付き合うか、とか、恋愛できるかって聞かれれば―――正直よくわかんねぇんだ。
 が、あの日、屋上で。
 キスしたのは俺の方で、流川は俺に、告白めいたことを言ったわけでも、何かをせがんでいるわけでもない。
 なんていうか――今後の関係の切り出し方が、微妙に俺には判らないのである。
 つまり、卑怯なんだ、と思う。
 結局はそうだ。あんな真似までして、でも恋人として付き合うことはできないって、要はそういうことじゃないんだろうか。
「……成瀬」
 俺が言葉を選びつつ迷っていると、先に口を開いてくれたのは流川だった。
「お、おう」
「ホントは……私」
「雅、」
 向こうから声がした。
 流川の言葉を待って緊張しきっていた俺は、相当ぎょっとした顔を上げる。と、まだTシャツにジーンズ姿の柏葉将君が、舞台袖から歩み寄ってくるところだった。
「何、お前らも見学?」
 ちょっといぶかし気な顔をしたものの、将君は気づかないふりで普通に言ってくれた。
 多分、カンのいい奴だから、俺と流川の緊張状態に、気がついてはいるんだろうが。
「あ、うん……まぁ」
「雅、そういや、いっつも本番前、ステージとか客席うろうろしてっもんな、スタッフさんに怒鳴られつつ」
 将君は、くすっと笑う。
「ま、俺もなんだけど」
「…………」
 へえ、将君もか、と思っていた。
 たいていスタッフからは邪魔っけに扱われるのだが、実は俺、このコンサート何時間前の会場の雰囲気が、大好きなのだ。
 将君は、腰に手を当て、そこだけ女の子みたいに綺麗な眼を、すっとすがめて、会場内を見回している。
「この会場に来てくれるお客さんが」
 そして、何処か楽しげに呟いた。
「俺一人見てくれる時がきたらすげえよな、そんなことありえないけど、マジで痺れそうな気がする」
「……そだな」
 確かに、そんなこと、有り得ないけど。
「……しびれてぇよな、マジで、いっぺんくらいは痺れてみてぇ」
 将君の目が遠くを見ている。
 俺は――ふと、漠然とした予感を感じた。
 将君は……もしかして、このコンサートが終わったら。
「あ、そこにいたんだ、」
 その時、妙にさばさばした声がした。
「探したよ、将君、あっと……なんだ雅もいんのか」
 憂だった。やはり着替えないままで、舞台袖からひょい、と出てきた男は、俺たちの前で立ち止まって頭を掻いた。
「悪い、俺、今日は無理だわ、今から演出さんに謝ってくる」
 で、第一声がそれだった。
「…………は?」
 素っ頓狂な声を上げたのは、話し掛けられた将君ではなく、俺の方だった。
「将君とは絡みがあったから、先に断りに来た。わりぃけど……多分、誰かが代わりに立つと思うから」
 憂は肩をすくめつつ、普段とおりの口調で言う。
「じゃ」
 それだけ言って背を向けた憂の肩を、やはり将君ではなく、俺が掴んで引きとめていた。
「なんだよ、憂、どういうことだよ」
「ま、色々」
 憂は、笑う。が、その目がどこか、隠し切れない動揺を抑えている。
「色々じゃねぇだろ、だって、お前――」
 昨日、
 昨日は――あんなに。
「……足か」
 背後から声がした。
 将君である。俺ははっとして振り返る。
「昨日、転んだ時ひねったんだろ。今朝、少しひきずってたから、気にはなってた」
「…………」
 憂はものも言わず、ただ、おどけたように微笑する。
「全く……ダメってわけじゃねぇんだろ」
 その憂より、多分俺の方が動揺している。
「ある程度はいける、……でも、バク転は無理」
 憂は肩をすくめながらそう言った。
「センターでど派手な踊りは無理だと思う……てか、見苦しいだけになるから」
 俺は何も言えなくなった。
 確かにそうだ。何回も連続してバク転する演出が、将君と憂にだけ課せられている。
「そんな顔すんなよ」
 俺の肩を、憂は笑顔でぽん、と叩いた。
「誰かと代わってもらうだけだし、別に降板するわけでもない。雅君が思うほど深刻なことじゃないから」
「演出、変えるか」
 ふいに将君がそう言った。
「本番で、アドリブで変えてもわかんねーだろ、俺らが出るの、どうせ今日一日のことだから」
 俺は少しびっくりした、真面目な将君の言葉とは思えない。
「俺の舞台ならそうするけどね」
 憂は、一瞬驚いた顔をしたものの、すぐにクールな笑顔になった。
「今日の主役は俺らじゃないっしょ……迷惑かかるの、MARIAさんだから」
 将君もそれには黙る。
 俺も――何も言えなかった。
「ま、俺がマヌケだったんだ。ガキじゃあるまいし、ずっこけて足ひねるなんて、恥ずかしくて言い訳にもなりゃしない」
「変えてもええんちゃう」
 柔らかな声が、俺らの背後でふいに響いた。
 今度は――正真正銘、俺は驚愕してしまっていた。
 舞台袖からゆっくりと現れたのは、増嶋さんだ、増嶋さんと――今井さん。
「……は……」
 と、さすがに将君も固まっている。
「そういうのもおもろいやん、つか、若い頃はそんくらい無茶せんと」
「……は、はぁ」
「あほやなぁ、憂」
 そして増嶋さん、柔和な笑顔を憂に向けた。
「あん時なぁ、憂の着地点に、ぼさーっと立ってた若いのがいたんや。みんな笑うとったけど、俺にはわかったで、お前、そいつとぶつかるの避けようとして、わざと直前でバランス崩してこけたんや」
 えっ……。
 俺は、思わず憂を振り返る。
 憂は、曖昧な表情のまま、それには何も答えない。
「俺たちのことは気にしなくていいよ」
 今井さんが、いたわるような声で言ってくれた。
「あれは、俺たちのナンバーじゃない、お前らKidsのナンバーだろ。好きにしろよ、憂、将、雅、あの七分だけは、お前らの舞台だから」
「…………」
 俺は――胸がいっぱいになっていた。
 多分、将君も、そして憂も。
「将、お前、慶応高だろ、頭いいなら、自分で演出工夫してみろ」
 最後に今井さんは、いたずらっぽくそう言った。
「ただし、へたなもん見せたら承知せぇへんで」
「今日は、緋川さんもオフレコで見に来るんだ、あの人怒らせたらマジでこわいぞ」
 二人が舞台から降りていって、俺たちはその場に立ち竦んだままでいた。
「やるか」
 最初に呟いたのは将君だった。
「やるっきゃないだろ」
 俺も拳を握り締める。
「……単純なやつら」
 憂が苦笑いをしている。
「よっしゃあっ」
 三人揃って拳を突き出して、俺たちは声をそろえて叫んでいた。


              十二


「……あ、悪い……えーと」
 将君と憂が、二人で振り付けの打ち合わせをしている。
 俺は――そこで、ようやく、ほっといたままだった流川のことを思い出していた。
―――やべっ
 振り返ると、流川は、普通とおりの顔で、舞台袖に立っていた。静かな横顔が、着々と作り上げられていくアリーナ席を見つめている。
「ごめん……ちょい、なんか、そういうことになっちゃって」
 流川の傍に歩みよった俺は、心底情けなさを感じつつ、そう言って謝罪した。
 黒い瞳が、じっと下から見あげている。
 表情の読めない目の色は、怒っているようでもあり悲しんでいるようでもある。
 憂の言う通りだな。
 俺は、その目を見下ろしつつ、やはりそう思っていた。
 ほっとくことが、優しさだったんだ、きっと。
 多分――俺には、
「俺……」
 目を逸らしつつ、俺は呟くように言葉を繋いだ。
「……今、俺には……多分、恋愛とかよりもっと夢中になれるもんがあって」
「…………」
 流川は何も言おうとしない。
「……俺、莫迦だから、今まで気づかなかったけど、それが、今やってることなんだと思う……」
 こいつのこと、好きだけど。
 多分、結構まいってんじゃないかとも思うけど。
 でも――それは、多分。
 J&Mという世界で、憂や将君、そして東條君たちと過ごすことに比べたら、俺の中では……ホントに、小さな感情なんだ。
「……知ってる」
 静かな声が返ってきた。
「うん……知ってる、最初から知ってる」
 俺は、躊躇いながら、視線を再び流川に戻す。
 流川はかすかに微笑していた。これだけは――はっきり、女の子の笑い方だった。
「……それがずっとうらやましかった。だからいっぺんでいいから、その中に入ってみたいと思ってた」
「……その、中って」
「……成瀬の、夢中になってる世界の中」
 どう言っていいかわからず、俺はただ、目の前の女を見つめる。
「……もう、ずっと前から」
「…………」
「ずっと前からそう思ってたんだと思う」
「…………」
 意味が判るようで、判らない言葉だった。
 流川はふいに、何かが溢れるような笑顔になった。
「あん時、ホントは、告白するつもりだったんだ。サッカー大会の後。……お母さんから聞いてたから、成瀬が夏が終わったら転校するって」
―――は…………。
「それまで、ずーっとがんばってきて」
「…………」
「あんたの視界に、私が入ればいいって、がんばってきて」
「…………」
「なのに、最後の最後で、手抜くから、まるで相手にされてないって判ったから……腹たって情けなくて……あんなことしちゃったけど」
「いや……それは」
 それは――俺が。
 多分、全面的に俺が悪くて。
「……お、俺…………」
「うん」
「笑ってねぇよ、あん時は」
「…………うん、知ってた」
 ほっと……俺の中の、心臓をぐるぐる巻きにしていた、透明な呪縛が解けていく気分だった。
「事務所に入ったのも、それが動機」
「………動機……?」
「なんていうか…………成瀬があんまり、ステージの上で輝いてたから、むかついて……リベンジって感じのノリで」
 リベンジ?
 それは、なんだか微妙である。
 やっぱり、よく判らなくなる。
 こいつ――俺のこと、一体今は、どんな風に思ってんだろう。
「あんたの笑う顔、結構好きだった」
「…………」
「私がいくら苛々しても、そのノーテンキな笑い方みると、何でも許せる気がした――だから、昔は、いっつも怒ってたのかもしんない」
「笑うな、か」
「覚えてた??」
 ぱっと顔を赤くする流川。
 俺は――綺麗だと、思っていた。
 今は、マジで、こいつを、愛しいと思っていた。
「凪ちゃん、そこいる?」
 憂の声がした。
「悪いけど、控え室から東條君呼んできてもらえるかな、大至急」
「はい!」
 流川は、即座に頷く。とても――活き活きとした目で頷く。
「がんばって」
 そして、駆け去りざまに、俺に向かってそう言った。
「私、成瀬と同じステージに立ってみたかっただけだから、もう、あのことは気にしないで」
「え……っ」
「あのくらい、私、全然気にしてないよ」
 俺は――ちょっと、ほっぺたをびたん、とやられた後みたいに、しばらくその場から動けなかった。


             十三


 J&Mでは、この夏最大のイペント。
 MARIAさんの全国夏コンの初日は、晴天の元でスタートした。
 一万人収容の大ホール。
 開演五分前にして、すでに場内の熱気は最高潮で、それは、舞台裏にいる俺たちにも伝わってくる。
「おい、前から三列目、……妙に緋川さんに似た人がいんだけど」
 舞台袖をのぞいていたナオさんが、蒼ざめた顔で戻ってくる。
「マジ?く、来るかよ、あの忙しい人が」
「他人の空似だろ」
 いや、来てんだよ。
 と、思いつつ、最初からそれを知っている俺も、実は相当ぶるっていた。
 なんといっても、死ぬほど憧れていた人である。
 事務所で何度か顔をあわせたことはあるが、無論口なんて聞いたこともないし、自分の立つステージに、緋川さんが来るなんて初めてのことだ。まぁ、緋川さんのお目当ては、元GalaxyのバックバンドだったMARIAさんたちの活躍で、俺なんて、多分目にも止まらないだろうが。
「唐沢社長と美波さん、一緒に並んで座ってるぜ」
「なんかさ、やたらプレスが多くねぇか、今日」
 舞台裏でスタンバイしている俺たちKidsは、もう完全に舞い上がっている。
 その中で、多分、一番まずいことをやらかす予定の憂は、すでに腹を括っているのか、余裕しゃくしゃくで、ペットボトルのお茶なんかを飲んでいる。
 それは、大胆な振り付けを考えた将君にしても同じで、二人は笑顔で、何かジョークを言い合っているようだ。
 で――その大胆な目論見に加担することになった、俺と東條君だけが、妙にぶるってしまっている。
「……雅君」
「なんだよ」
「えーと、振り付けの確認したいんだけど、三小節目のとこで、いいんだよな」
「……四小節だろ、」
「えっっ」
 そ、そうだったっけ……と、ポケットからメモを取り出し、ぶつぶつと呟き出す東條君。
 実際、受ける保証はどこにもなくて、仮に受けても、振り付けを考えた美波さんが激怒するのは目に見えている。
(―――こんなバカな計画に、なぁんにも考えずに乗ってくれんのは東條君くらいだからさ)
 憂の言った通りだった。
 東條君は、―――でも、多分、全てのリスクを承知の上で、ふたつ返事でオッケーしてくれたのだ。
「よっしゃぁ、そろそろいきますか」
 軽快な声が聞こえて、その場にいた全員が起立した。
 楽屋から、色とりどりのパールをちりばめた衣装を着た、MARIAさんたちが出てきたのである。
 全員が、無言でその周りに集まる。
 コンサート前のお約束だ。円陣を組んで、気合を入れるのである。
「……こっち、」
 俺は、隅の方で戸惑っている流川を見つけ、小さく囁いて手招きした。
 流川は、おずおずと近づいて、そして俺の隣で輪に加わる。スタッフさんもいる、マネージャーさんもいる、全員が輪になっている。初日だけの―――恒例の行事。
 ナオさんも、昨日憂をシカトしてた奴らも、今はマジな眼になっている。
 ひとつのパッションを分け合う仲間。その感情を、今はここにいる全員が共有している。
「じゃ、MARIAの夏コン初日、みんな、気合入れてよろしく!」
 増嶋さんがえらい腹に響く声で音頭をとって、
「うっしゃーっっ」
 全員が叫ぶ。
 MARIAさんの、そしてたった七分の俺たちの舞台が幕をあけた。




act3 クズ星の雄叫び
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