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「……東條君」
 聡ははっとして顔を上げた。
 心配そうな顔でのぞきこんでいるのは、片瀬りょうだった。
 エフテレビの控え室。
 今夜STORMが出演する生番組「hay hay hay、秋の生トークスペシャル」。
 メンバー全員がスタッフと事前に打ち合わせするのだが、全員で揃う時間がなかっため、当日の朝になって呼ばれたのが、東條聡と片瀬りょうだった。
「……あ、ごめん、何」
 言い訳がましく顔を上げた刹那、ひざに置いていた台本が落ちる。
 ばさっと広がったそれを、すぐにりょうが拾い上げてくれた。
「セイバー?」
「あ、うん、長い台詞が多くてさ、なかなか覚えられないから」
 実は、その台本さえ頭に入ってくれなかった。
 頭にあるのは、昨日、鏑谷会長から聞かされた話だけだった。
―――どういうことだろう。
 カリメロさんじゃなきゃ、ミカリさんだ。でも――なんで、あの人が。
 昨夜、思い余って冗談社に電話したが、留守番の女性が応対してくれただけだった。阿蘇は、今夜は取材で戻らない予定です――と。
 携帯からは、なんの反応も返ってこない。
 が、悩んでいる間もないほど、今日のスケジュールは過密だった。
 この後は、すぐにセイバーの撮影があり、昼過ぎにはラジオの事前収録。そして夕方からは、再びこのエフテレビで「hay hay hay、秋の生トークスペシャル」の収録と生撮りがはいっている。
 ぼんやりしている暇はない――が、どうしても、集中しきれていない自分がいる。
「………」
 りょうは無言のまま、聡が座っているベンチの横に腰掛けた。
「……リリース、流れちゃったね」
 りょうが呟く。
 聡は、はっとして我に返った。
 そうだ、今は、自分一人のことで悩んでいる場合じゃない。
「新曲、今回は流れたから」
 その話は、今朝、マネージャーの小泉を通じて聞かされたばかりだった。
 新曲のリリースが流れた。
 ミラクルは、発売自体が無期限で延期になったのである。
 テレビ版の主題歌だけはSTORMが歌うが、鏑谷プロとジャパンテレビが今後リリースするCDには、別のシンガーが歌った「ミラクル」が収録されることになるという。
「……寂しいけどね、俺は好きだったから、あの歌」
「……うん」
 それが、J&M事務所側が出した結論だというのは、間違いないとして。
 リリース中止を決めた唐沢社長の怒りが、柏葉将に向けられたのか、それとも鏑谷プロに向けられたのか。
 それは聡にも判らなかった。が、ひとつだけ、素直にほっとしたことがあった。
「……いいよ、それで将君の機嫌が直ってくれるんなら」
 名前を口に出してから、聡は胸が痛むのを感じた。
 将の怒りを、はじめてまともにぶつけられたあの日。
 今でもまだ、咀嚼しきれないでいる。怖いけど優しい将が、本気で自分を怒鳴ったことを。
 まだ――将の顔を見るのが怖い。
 りょうは何も言わないまま、ただ、軽く息を吐いた。
「一年目さ、めっちゃ急がしかったじゃん」
 そして、ふいに顔をあげ、どこかふっきれたような声でそう言った。
「りょうは今も忙しいじゃん」
 聡が苦笑すると、
「一年目ほどじゃない、そこそこオフもあるし、……暇な時間もけっこうあるし」
 りょうもまた、苦笑した。
 そこが、いまだテレビで看板番組を持たないSTORMの現実だった。
 ドラマや映画の撮影が入れば別だが、何もないときは、ぽっかりと暇になる。
 今時点でレギュラーといっていいい番組を持っているのが、ドラマでりょう。バラエティ番組で雅之。そしてセイバーの聡の三人だけ。
 あとは、単発ドラマか、J&Mのタレントが持っている他番組への準レギュラー出演――テレビはそれだけで、あとはラジオと雑誌しかない。
 聡が黙っていると、りょうは遠くを見るような目になった。
「……すっげー、売れてるって、どっかでずっと錯覚してたけど、最近、実はそうじゃないんだって思うようになってきてさ」
「……どういう意味?」
「俺らの上には、GALAXYさん、SAMURAIさん、スニーカーズさんってすげーグループがいるだろ、俺らはさ、しょせんあの人たちが作り上げたブームに乗っかってるんだよ」
「…………」
「あの人たち、もうみんなアイドルって年じゃなくなってきてさ。そんときに、俺たちが弾けなきゃいけないのにさ、……それができてないんだ。世間一般の人にとっては、アイドルの代名詞は、GALAXYさんであり、MARIAさんであり、スニーカーズさんなんだ、俺たちじゃない」
「………」
「………俺たちが……何もできないままに、来春、貴沢君たちがデビューするだろ」
「………」
 貴沢秀俊。
 そして河合誓也。
 今日の「hay hay hay、秋の生トークスペシャル」にも彼らは出演する。
 というより、今日の番組のメインが、その二人なのである。
「社長は、次に期待してるんだと思うよ。一番若いSAMURAIさんたちでさえ、そろそろ二十代後半だ、その前に世代交代させなきゃいけない、そうでなきゃ、うちの事務所の勢いが続かなくなる」
「…………」
 貴沢秀俊。
 一次選考で、唐沢、美波が一目で合格を決めたという美少年。
 貴沢は、その存在自体が奇跡だ――とは、辛口の美波をして言わしめた言葉である。
 聡、いやSTORMにとっては、キッズ時代も、そして今も、決して手の届かない巨大な壁。
 5人でデビューしても、いまだ好感度タレント等の人気ランクでは、貴沢一人の人気に遠く及ばない。むしろ、STORMのデビューでさえ、貴沢株を高めるための露払いだとさえ噂されている。
「……貴沢君は、……別格だよ、なんていうか、俺らとは、存在感が全然違うし」
 聡は呟く。りょうは何も言わなかった。
 ここにはいない憂也でさえ、貴沢の話になると妙におちゃらけたり、逆に黙りがちになったりする。無視しようとして、その実相当激しく意識していることが、聡にもなんとなく判る。
 貴沢がキッズにいた頃は、キッズだけで全国コンサートが成り立つほどの人気だった。今では信じられないが、キッズがメインのバラエティ番組もあった。いわゆる貴沢効果で、キッズが空前の人気を誇っていた時代。
 片瀬りょうも、柏葉将も、成瀬雅之も、綺堂憂也も――そして、むろん聡も、その余波を受けて、まだデビュー前から、たくさんのファンを得ていたのである。
 その貴沢が、満を持してCDデビューする。
 彼の親友で、キッズナンバー2の人気を誇った河合誓也とユニットを組んで。
 ユニット名はヒデ&誓也。
 その名前だけで、もう十分な宣伝効果がある……という感じがした。
 彼らはSTORMとほぼ同世代で、年齢は二十歳を超えている。
 正直遅すぎるデビューだとも思ったが、これも唐沢社長なりの戦略なのだろう。
「俺ら、当分かすんじゃうな」
 聡は苦くつぶやいた。
 今夜の「hay hay hay」でも――どうせかすんでしまうのだろう。出演時間も、歌の長さも、何もかも、STORMとはまるで別格の扱いだと事前に聞いて知っているから。
 りょうも、かすかに苦笑する。
「……正直言うと怖くなる。このまま上と下の間で、俺らは消えちゃうんじゃないかって思うよ。消えたら……俺らに、何が残るのかって」
「残るだろ、映像みたいなもんが」
 聡が即座にそう言うと、りょうは本当におかしそうな顔になった。
「……名作は残るよ、で、東條君はさ、もうその残るものを手にいれてるんだよ」
「…………」
「正直うらやましいし、妬ましいと思うよ。多分それ、憂也も将君も感じてるんじゃないかな」
―――え……?
 どういう意味だろう。
 りょうの言ってることが……理解できない。
「俺らの歌は、中高生の女の子しか聞かないし、俺らのことは、やっぱ、それくらいの人しか知らねーんだ。でも、セイバーは、大人も子供もみんな観るだろ、それってマジで、すごいことだと思う」
 俺、女の子に見てもらったほうがうれしいかも。
 戸惑いながら聡はそう言おうとしたが、りょうの目は、冗談で返されるのを拒んでいた。
「……俺、ちょっと前まで将君の家に居候してたんだけどさ」
 

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「東條君、」
 スタジオに入ろうとすると、ディレクターの結城連が駆け寄ってきた。
 Tokyo−B放送局。
 STORMが、連日日替わりでパーソナリティーを勤めるラジオ番組「STORM・BEAT」を放送しているラジオ局である。
「ちょっといいかな、少し相談したいことがあるんだけど」
 聡より二十も上の気さくなおじさんは、そう言って聡と共に、打ち合わせを兼ねた収録スタジオに入ってくれた。
「これ……どう思う」
 パソコンを開き、聡の前に提示されたのは、番組寄せに届けられたメールだった。その数に、聡はまずびっくりした。
「え……こんなに、ですか」
 メールは、事前に転送してもらうが、どれだけ見落としたとしても、これほどの量ではない。
「これ、全部、セイバー関係のメールなんだ」
 結城はいいにくそうにそう言うと、肉付きのいい肩を何度かゆすった。
 クリックすると、件名がざーっと表示される。
 セイバー、がんばってください
 セイバー大好き
 応援してます、セイバー
 こんな件名が、ずらずらと並んでいる。
「……これ……」
 聡は思わずつぶやいていた。ファンレターはくる、が、ラジオ局に、こんなメールが届いていたなんて、本当に知らなかった。
「今まで黙ってたけど、東條君の事務所から、STORM・BEATでセイバーの話題は取り上げないでくれって言われててね。まぁ、アイドルに、特撮タレントのイメージが固定されるのを極力さけようってことだと思うし、それは僕らも納得なんだけど」
「………」
 聡は無言で、最初のメールを開いてみた。

 はじめまして。
 横浜の主婦です。
 はっきり言ってアイドルにはぜんぜん興味がなかったのですが、子供と一緒にセイバーを観て、東條さんにはまりました。
 これからも応援しています。リクエストは「ミラクル」

 はじめまして、
 千葉に住む、東條さんよりかなり年上の女です。子供二人あり(笑)です。
 アイドルなんて……と、バカにしてたのがうそのよう。
 今は、ものすごくSTORMに興味があります。
 ミラクル、大好きです。この曲がはじまると、子供と一緒にテレビの前にかぶりつきです。
 早く発売されないかなーって、すごく楽しみにしてるんですよ。
 コンサートは、子連れで言ってもいいですか。
 早く、夏にならないか、今から待ち遠しいです。
 リクエストは「ミラクル」

 はじめまして。
 みなこ、年は秘密です。
 セイバーは、ちょっと難しくて、子供には理解できないみたいだけど、ママ連中の間では、ちょっとしたブームになりつつあります。
 サトシ君、かわいい!
 アイカ、最悪。
 レイラちゃんかっこいいねって。
 ママの間では、トモヤファンとサトシファンで分かれてるんですよ。あ、私はもちろんサトシファンです。
 ほかの番組で、STORMが出ると、息子が「あっ、サトシ」って言うんですよ。
 私も、あー、サトシ君だ(はぁと)みたいな。
 コンサート、ぜひいってみたい。
 東條さんは、セイバーのイベントには出られないのですね。とても残念。
 早く、生サトシ君に会いたいです。
 リクエストは「ミラクル」
 大好きなんで、よろしくお願いします。


「どうかな……正直、こんな反響があるなら、ずっと無視するのもどうかと思うんだ」
「…………」
「今、上を通じてJ&Mさんに、楽曲の使用許可とってもらおうとしてんだけど……どうだろう、セイバー関連のコーナー、番組の中でちょっと設けられないかな」
 むろん、批判の内容もけっこうあるよ。
 結城はわずかに苦笑してそう続けた。


 くだらないセイバー、早く終われ。
 はっきり言って、いままでのシリーズでサイテーだ。
 アイドル、顔しかとりえのねーバカのくせにしゃしゃりでてくんな。
 とっとと終われ。
 早く昔のミラクルマンに戻してくれ。

 演技力ゼロ。
 落ち目のアイドル、逝ってください。

 最低。
 ミラクルマンの魅力のなんたるかもわからないスタッフに出演者。
 特にアイドルのお前。
 何考えて出てんだ。
 目立ちたいなら、よそでやれ。

 しょせんお前ら5人は、ホモジムショの言いなりで動くアイドル人形なんだよ。
 とっとと、き、え、ろ!


「へ……へこみますね」
 ここまで書かれると、もう笑うしかないという感じだ。
 それにしても、アイドルアイドルってなんなのだろう。
 アイドルでひとくくりにされる俺って、一体、どんな存在なんだろう。
 聡が眉を寄せていると、結城は笑って画面を消した。
「あれだけ注目されてる番組だからね。特撮の草分けで、四十年以上、根強いファンを持っているシリーズだ。君は若いからぴんとこないかもしれないけど、日本を代表する番組なんだよ、ミラクルマンシリーズは」
「………」
 聡は黙ったまま、つい数時間前、りょうから聞かされた話を思い出していた。
―――将君さ、ミラクルマンのファンなんだ、子供の頃、すげー好きだったって言ってたし。棚の奥に、人形とかちゃんと残してんの、あいつ。
―――東條君が、どこで悩んでるのか、なんとなく理解できるよ。でも……曲のことは、将君なりの考えがあってのことだと思うし、それは、セイバーをバカにしてるとかそんなのとは違う気がするんだ、俺。
「やりましょっか」
 聡は思わず口にしていた。
「事務所には俺から通しておきますから、番組は好きにやっていいって言われてるし、それはかまわないです、多分」
「曲は……無理だろ」
 結城が、そこだけは少し残念そうな顔で言う。
「俺、かけあってみますよ」
 聡は意気込んで答えていた。
 将のごり押しが通ったくらいだから、もしかして、可能性はあるかもしれない。
「うーん、難しいよ、会社同士の契約の世界だからね」
「でも、」
 聡は、少しためらってから、将が起因となって事務所が動いたことを結城に説明した。
 が、それでも結城は、難しげに首をひねるだけだった。
「曲の売り出しや使用条件って、東條君が考えてるより複雑で、ものすごく奥が深いんものなんだよ。多分、Jさんの戦略もあって、リリースを中止させたんだと思う、歌うだけの一タレントの意思がそこまで尊重されるなんて、ちょっとこの世界じゃありえないな」
 

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「ごめんっ遅れましたっ」
 慌てて控え室に飛び込んだ聡は、誰もいないのに拍子抜けして肩を落とした。
 ラジオ撮りが終わった直後。
 エフテレビの看板番組、「hay hay hay、秋の生トークスペシャル」の収録のため、大急ぎでテレビ局に直行したのである。
 関西出身の超人気お笑いコンビが司会を務めている人気歌番組。歌と、そしてタレントの素トークを売りにし、ダントツの高視聴率を誇る番組である。
 それだけに、出演したいタレントは引きもきらず、出演者は司会二人の意向も汲みして決定されるので、いくらJ&Mであっても、出演する機会はなかなかない。
「ヒデ&誓也の控え室は、あっちか」
「無理言って時間作ってもらってんだ、急いで」
 開いたままの扉の向こうから、そんなあわただしい声が聞こえた。
 おそらく芸能記者連中だろう。足音は聡がいるSTORMの控え室を素通りして、どたばたと奥の方に消えていった。
―――すげぇなぁ……貴沢君たちは。
 聡ははぁっとため息を吐いた。
 今夜のメインは、来春デビューする「ヒデ&誓也」こと貴沢秀俊と河合誓也。
 二人が、デビュー前、初めてユニットとしてテレビ出演する――その話題を先行させた特別番組だった。
 予定されたトークの時間は、STORMの倍近く。
 実際、STORMの出演は、彼らのおまけのようなものだった。これも事務所のやり方のひとつなのだが、売れているタレントにくっつけて、人気番組に他のタレントも出演させるのである。
「東條さん、急いでメークすませてください」
 ついてきた現場マネージャーが、時計を見上げて慌てて言った。
 特別番組でもある今夜は、先に歌だけを収録し、司会者二人とタレントのトーク部分は生で放送される。
 午後七時半からがSTORMの生出演。
 リハーサルの時間はとうに過ぎていた。控え室には、ほかの四人の荷物がちゃんと置いてある。多分、今、スタジオでは、聡の立ち居地に小泉が立って、所在無くカメラあわせをしているに違いない。
「僕、先いって挨拶してきますんで、東條君、着替えたらAスタまできてくださいね」
 と、同行してくれた若手マネージャーが慌てて部屋を飛び出して行った。
 個別のリハーサルが終われば、ランスルーといって、通しのリハが行われる。そして本番。
「き、緊張するな…」
 司会者とのトークは、事前のアンケートで打ち合わせ済みだった。が、アドリブが売りの番組だから、何を聞かれるか判らない怖さがある。
―――ミラクルマンの話題は避けるように。
 それは、ジャパンテレビのライバル局である、エフテレビの方針であり、事務所の方針でもあった。
「あっ、東條さん」
 その声に、上着を脱ぎかけた聡は、少し驚いて振り返った。
 半ば開いたままの扉。そこから顔をのぞかせている人がいる。
「あ、」
 カリメロさん――じゃない、大森さんである。
「よかった、リハにいないから……東條さんのこと、ずっと探してたんです。私」
 大森は、心底ほっとしたように、紺のブレザーに包まれた胸をなでおろした。その胸にはテレビ局の立ち入り許可証がぶら下がっている。
「取材ですか」
 そんな話は聞いていない。聡はさすがに困惑した。
 聡が聞くと、大森はびっくりしたように首を振る。
「ち、違うんです。あの……社長が、いえ、うちの九石が、唐沢社長の許可もらって来てることで」
「社長の?」
 申し訳ないが時間がない。聡は上着を脱ぎながら、鏡の前に座ろうとした。
「緊急事態なんです、あ、あの東條さん」
 大森はきょろきょろっと背後を見てから、そして声をひそませて言った。
「ミカリさん、知りません?」
「……ミカリさん?」
 思わず足を止めていた。
―――が、知るわけがない。
「今日が入稿の締めだったんです、なのにミカリさん、原稿送らないまま、会社にも戻ってこなくて」
 何の話だろう。
 聡はただ、眉をひそませる。
「九石がですね、もしかしたら、ここに来てるんじゃないかと……それは、まぁ、違ったみたいなんですけど、どこか、その、心当たりが」
「すごいスクープ拾えるはずだったのよ」
 ふいに割り込んできたのは、妙にどすの利いた女の声だった。
 聡はびっくりして顔をあげた。
 か、仮にもアイドルの控え室が、こんな無防備なことでいいのだろうか、と思いつつ。
 入り口に、大森の背後にぬうっと、被さるように立っているのは、短髪で目つきの鋭い、若いのか年なのか、微妙――という感じの女性だった。
 むろん、聡はその顔も名前もよく知っている。
 自称J&Mの御用記者「冗談社」の社長、九石ケイ。
 女は目をすがめたまま、その腰に腕をあて、ねめつけるように聡を見下ろした。
「ミカリが身体はって持ってくるはずのスクープ、元人気女優と有名作家の離婚ネタ」
「…………」
 身体はってもってくる。
 その言葉に、聡は暗いものを感じて凍り付いた。
「どういうわけか、当のミカリが昨日から行方不明なのよね。ねぇ、君さ、何か聞いてないかしら」
「…………」
 なんなんだろう、この人は。
 聡が、あからさまに不快気な顔をしても、女はまるで気にならないようだった。
「ああ、もう眠くて死にそう」
 ふいに横を向き、ふぁ……と、大儀そうにあくびをする。
「来週頭にはご本人が記者会見するからね、今日の入稿でぎりぎりだったの。あーあ、信じらんない、今でも悪夢をみてる感じ」
 確かに徹夜明けなのか、その目は充血していて髪はぼさぼさだった。そのせいか、妙なくらい迫力がある。
 身長も聡より高いように見えたし、雰囲気といい、テレビ局――しかもSTORMの控え室にずかずか入り込んでくる態度といい、とにかく、どう考えても太刀打ちできそうのない相手だ。
「ミ……あ、阿蘇さんは」
 聡は、精一杯の非難をこめて口にした。
「い、いつも、そんなやりかたで記事とってんですか、それが、冗談社さんのやり方なんすか」
 女の目が、初めて意外そうに見開かれた。
「……不服?それでアイドルの君に、何か迷惑かけたかしら」
「……別に」
 関係ないですから。
 ぎりぎりで感情を抑えてそう言うと、聡はメイクのセットを開こうとした。
 時間がない。今は、大切な生放送前の集中を乱されたくない。
「関係ない」
 九石は、意外そうな声で呟き、それからその目をすぐに怖いものにした。
「あのさ、アイドル、あんたにそんな風に思われてんじゃ、ミカリも浮かばれないってもんよ。ミカリが帰って来なかったの、言っとくけど、十中八九、あんたのせいだから、東條君」
「ケ、ケイさん……」
 隣に立つ大森がおどおどと口を挟む。
―――俺のせい?
 聡はびっくりして、まだ入り口に立っている女を見上げた。
「そ、そんなこと」
 押さえようと決めた気持ちの殻が、その刹那壊れた気がした。
 聡は、ぐっと拳を握り締めた。
「どうしてあなたに言われないといけないんですか、そ、そんな汚い方法でスクープ……取らせるようなことを社員にやらせるような人に、俺」
「ミカリがどんな方法で記事とってこようが、アタシは何も言う気はないよ?大人の女の選択だからね。あの子は、アタシなんかよりずーっと腹括って生きてる子だよ。あんたね、今まであの子の何見てたわけ?」
 一気にまくしたてられる。
 かなわない、と思いつつ、聡も立ち上がり、ようやく女を見据えていた。
「俺、あの人にふられたんです」
 聡は、気持ちを振り絞るようして言った。
「……も、もう、俺がどうこう言うこともないし……言えることでも、ないですから」
 内心は、まだ、その動揺が動悸として残っている。
「もう、関係ないですから」
 女が、はぁっと、ため息を吐くのが判った。
「……だから、子供はやめとけって言ったのに」
 聡があっけに取られていると、女は、肩にかけたショルダーバックから数冊の雑誌を取り出した。
「ケ、ケイさん、いいんですか」
 と、背後の大森が慌てている。
「いいのよ、だって、もう関係ないって言ったじゃない、この子」
 ばさっと、足元に投げられる。
 それは、色の褪せた女性週刊誌だった。
「今回のスクープの資料にって、ミカリが自分で持ってきたもの、」
「…………」
「付箋のとこ、読んでごらんよ、面白い記事が載ってるから」
















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