16


○ 崩壊したビル、瓦礫の下敷きになって死んでいる人々。
  忙しげに行き交うレスキュー隊
○ しゃがみこんで泣いている女の子
 女の子「おかあさーん、おかあさーん」
 つぶれた箱。ほどけたリボンとすすだらけになった人形。
○ 茫然と立ち尽くすサトシ、その背後に大黒隊長。
 大黒「何を考えている」
 サトシ「……別に」
 大黒「君はこなかった。戦うことを放棄して、君は好きな女の子の傍にいることを選んだ」
 サトシ「…………」
 大黒「責任を感じることはない。闘うことは、君の義務ではないからだ。君は一民間人で、軍人でもなんでもない」
 サトシ「わかってますよ、そんなこと!」
 大黒「だったらなんで、そんな顔でここにいる」
(よろめいて、走り出すサトシ)

○ サトシ、群集とレスキューが行き交う中を駆けている。
(声)助けて……痛い、痛いよ、
(声)もう駄目だ……どうやって、この先生活していきゃいいんだ。
(声)終わりだよ、どうせ人間は怪獣には勝てっこないんだ、
(声)死にたくない、お母さん、死にたくない、死にたくない、お母さん。

 サトシ「ああああーーっっ」

○ サトシ、人気のない河川敷にきて、つっぷする。
 サトシ「どうして俺が、セイバーなんだ、どうして、どうして、
  どうして、どうして!」
(号泣するサトシ、何度も地面を拳で叩く)

○ エンディングが被さる。
○ 沈んでいく夕日。いつまでも地面を叩き続けるサトシ。

 
「号泣……」
 台本を閉じた聡は、事前にスタッフから手渡された撮影用の目薬を持ち上げた。
 いくら涙が出たとしても、それに伴う演技ができなければ話にならない。
―――で、できるかな、俺……。
 ロケ先に向かうバス、隣では小泉旬が転寝をしていた。
 前席では、夏目純と尾崎智紀が中心になって、若手俳優連中と楽しげに会話している。
 相変わらず、聡に話し掛けてくれる者は誰もいなかったが、今はむしろ、その孤独感がありがたかった。
―――どうして俺が、セイバーなんだ、どうして、どうして、どうして!
「…………」
 前もそんなセリフがあった。
 が、今――それが、すごく親近感を持って感じられるのは何故だろう。
―――どうして、俺がSTORMなんだ。
 それは、デビューしてからずっと、心に抱き続けていた思いだった。葛藤だった。
 どうして俺はここにいて。
 どうして、アイドルなんかになったんだろう。
 どうしてこの5人で。
 どうしてその中に、俺なんかがいたんだろう。
 初めての、STORMのコンサート。全員でMCの時に、手を繋いで観客に挨拶した。あの日のことは、今でも聡の心に、トラウマのように残っている。
「片瀬りょうです」
 黄色い歓声、嬌声の嵐。
「柏葉将です」
 殆ど悲鳴のような声。
「綺堂憂也!よろしく!」
 地鳴りがするんじゃないかと思った。
「成瀬雅之です、みんな、ありがとう」
 泣き声さえ聞こえた気がした。
「東條聡です」
 会場のトーンが、その時にすっと下がる。それは気のせいとかじゃなくて、現実に。
「誰……?」
「一人よくわかんないのがいるね、どうして貴沢君じゃなくてあの子だったの」
 グッズの売上ひとつにしても、ショップで売り出される写真の数にしても、コンサート会場で振られるうちわの数にしても。
 聡は、いつだって、悪い意味でSTORMの別格だった。それはそうだ。ほかの4人は、すでにデビュー前からテレビドラマ、バラエティ番組、雑誌、コンサートで顔の売れた存在だった。比較的地味だった雅之にしても、人気は相当高かった。
 あの当時、キッズには貴沢秀俊という別格がいて、その相乗効果でキッズが空前の人気を誇った時期だったのだ。
 たまたま、辞めるタイミングを逃してしまった。
 たまたま、運よくMARIAの公演についていくことになった。
 憂也と将の計画に乗せられて、ただ――憂也を、あのままステージから降ろさせるのが悔しくて、それで馬鹿をやったコンサート。
 あんなものがデビューのきっかけになるのだから、人生なんて何が起こるかわからない。
 正直言えば、うれしいというより怖かった。朝起きて、デビューが夢だったらいいと思ったさえ何度もあった。
 設定された記者会見、そしてちゃくちゃくと決まっていくイベント。すぐに作られたデビュー曲。
 逃げ場はなく、そして迷っている時間もない。
 スケジュールはあっという間に埋まっていったし、デビューイベントには百人近くのマスコミ、そして五千人のファンが詰め掛けた。かつて、一斉を風靡したHIKARUのデビューイベントが七百人たらずの集客だった時代を思うと、信じられない数字らしい。
「……………」
 バスの窓から見えるのは、笑いながら歩いている学生たちの姿だった。この近くに、高校でもあるのかもしれない。
 聡はふと苦笑して、ほとんど楽しいと思えたことがない、自らの高校生活を思い出していた。
―――たくさんのものを、失くしたよな。
 芸能界にはいって、得たものの代わりに、失ったものも多かった。
 デビューが決まった冬、聡は通っていた高校を中退した。
 芸能人ご用達の高校に通うのが嫌で、意地でも転校したくなかった高校。が、退学当時、すでに友達と呼べるような存在は一人もいなかったような気がする。
 Jの仕事で休みがちだった聡は、入学当初から校内では浮いた存在だった。寄ってくる連中は多い。が、その目的のほとんどが、タレントのサイン目当てだったり「俺の友達に、J&Мのやつがいるんだ、今、電話代わるから」と、自慢の種にされたりと、そんなことばかりだった。
 断れば、お高くとまっていると言われ、いじめられる元になる。実際――緋川拓海のサインを上級生に頼まれて、ほとんど泣きそうになりながら、色紙を片手にレッスン室の前をうろうろしていたこともある。
―――あん時は、そっか、将君が助けてくれたんだっけ
「断れよ」
 事情を聞いた将は、即座にそう言った。
「そんなの恐喝と同じだよ、きっばり断れ、いいか、芸能人のサインってのは金になるんだ、そんなことで妙な癖を付けさせちゃ駄目だ」
 そして将は、聡に同行し、その上級生の家にまで断りに行ってくれたのである。
 将のすごみがきいた丁寧な対応に、むしろ、相手がびびっていたのを、聡はよく覚えている。
 中学からの友達も離れていった。たまに会っても、彼らはもう、素顔の聡ではなく、芸能人の聡しか見ていないような気がした。
 忙しすぎて、年相応の男の子がするような楽しみは、一切持てない。
 今でも原宿は歩けない。いわゆる人気スポットに撮影以外で行ったことがないからだ。行けば人に酔いそうだし、迷子になりそうで怖い。ファンに囲まれれば逃げ場はないし、からまれてもケンカさえできない。とられ放題の写真も、やめてくれとさえ言うことができない。
 過密、過密、過密スケジュール。オフなど一年はなかったし、ひどい時は、三日徹夜状態だったこともある。熱が出て一晩嘔吐した後も、円形脱毛になった時も、それでもカメラが回れば、笑顔を振りまいて踊らなければならなかった。
 この若さで…と、驚かれたが、腰の軟骨が磨り減っているといわれたのは去年のことだ、もともと得意でなかったバク転を、無理な体勢でやり続けていたせいかもしれない。それでもステージは、振り付けは、容赦なく聡に次のことを要求する。身体も、気持ちも、この二年間いつもぎりぎりだった。
 夢を売る商売。が、その裏にひそむ現実はあまりに孤独で過酷だ。売れればいい。が、売れなくなれば、本人の夢は人生ごとどぶ川に沈んでいく。インターネットには悪意に満ちた中傷があふれ、テレビの視聴率が取れなければあのグループは落ち目だとすぐ業界の定説になる。実際、神経を病んでいる人は多い。躁鬱が激しく、スタッフが辟易している大物タレントなどは、明らかに神経病の一歩手前だ。
 それが聡が身を持って知った、アイドルというものの実態だった。
 その挙句の薄給と、「誰、あの子」
―――それでも……
 俺は逃げなかった。
 聡は、風の強い河川敷に立ちながらそう思った。
 カメラと照明が、立ち位置を探している。降木庭監督の声。メイクさんが、聡のメイクと髪を直しに駆け寄ってくる。
「これ、」
 聡は、使わなかった目薬を、パフを持つ女性にそっと手渡した。
「まだカメリハですよ」
「いいんです」
 それでも逃げなかった。
 何故だろう。
(――誇り持ってるよ)
 三つ網の男が当たり前のように行った言葉。彼らの過酷さは、それが表舞台に立つ仕事ではない分、聡よりひどいような気がする。
―――俺は、誇りを持ってるんだろうか、この仕事に。
 そんなこと、真面目に考えたことさえなかった。
 背後では、スタッフに混じって尾崎智樹が冷ややかな目で見つめている。
 その隣には、どこか不安気な夏目純。彼らの出番は、この前の倒壊ビル現場で終わってるが、ロケバスに便乗して、ここまでついてきたのである。
 今なら判る。聡は、スタートラインから、すでにこの二人に負けていたのである。彼らは彼らの役を愛して、誇りをもって演じている。それは、ずっと撮影を一緒にしていて空気で判る。同じように、聡がサトシをなおざりに演じていたことも、彼らには伝わっていただろう。
 尾崎は……もともとセイバー役を掴むはずだった尾崎は、それが、どれほど口惜しかったろうか。
 何故、俺だったんだ。
 どうして俺が、アイドルだったんだ。
 どうして俺が、セイバーだったんだ。
 自分で決めたことじゃない。聡も、サトシも、たくさんの偶然と運が重なって、この場所に立っている。
 でも。
「シーン72、カット1、テイク1いきます」
 助監督の声が飛ぶ。
 現場に、厳しい緊張が走る。夕刻が近づいている。このシーンが難しいのは、日没のタイミングを外したら、スケジュール的に撮り直しがきかないからだ。
 聡は、すうっと息を吸い込んだ。


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「よう、黄レンジャー」
 またか……と思ったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
 というか、むしろ、この現場に来ると、無意識にこの爺さんの姿を探している自分がいる。
 聡は妙な居心地のよさを感じつつ、それでもわざと顔をしかめてみせた。
 夕刻前の撮影所。聡の出番は一時間後だったが、今日は少し早めに鏑谷の撮影所に来た。ちょっとした目的があったからだが、それは、この爺さんには知られたくない。
「もういい加減やめません? その黄レンジャーっての」
「ほ、いっぱしの口利くようになったじゃねぇか」
「俺、見たことないんすよ、そのレンジャーシリーズ」
「はは、若いのにつまんねぇ男だな」
 狭い通路を肩を並べて歩き出す。通り過ぎるスタジオから、グリーンバックでスーツアクターが撮影準備をしているのが見えた。
 聡はふと眉を寄せる。ここにもまた光に隠れた影がある。スーツアクター、つまり着ぐるみの中で演技する人。彼らの肉体は見とれるほど美しく、皆、俳優と呼べる職種なのだが、決してその顔が表に出てくることはない。
「お前らみたいなのが、がんばってるシリーズだよ」
 鏑谷会長は、その現場を横目でちらっと見てからそう言った。
「お前ら……?」
「ストーカーズとか、なんとかいう、グループやってんだろ、あんちゃんは」
「……知ってて言ってますね、それ」
 声もなく笑った鏑谷はうれしそうだった。
 通路の置くに、喫煙スペースがある。鏑谷の目的地はそこで、聡はタバコを見せられたが、「未成年です」と、断った。
「最近、神田川とよく話してるそうじゃないか」
 タバコに火をつけながら、鏑谷が言う。
「おもしろいから、あの人」
 最初は嫌な人だと思った。「なわけ」を多用するおたくの典型みたいな男。が、話せば話すほど、その造詣の深さ、独特の特撮理論、常識外れの世界観など、瞠目することばかりである。
 最近では撮影が終わると、聡は必ず、ライターチームの部屋に行き、時間が許す限り神田川とセイバーの話をするようになっていた。
 その神田川から、「レンジャーシリーズは、もともと鏑谷の会長が暖めた企画なわけ、映画会社に売りこんでボツになったもんをパクられたわけよ」と聞いたことを、聡はふと思い出していた。
「……会長のお孫さんって、役者やってんすか」
 もともとセイバーは、会長のお孫さんにやらせたかったみたい――、夏目純の言葉が同時によぎる。
 鏑谷会長のような立場の人でも、思い通りにならないことが、泣きたいくらい不条理なことが、この世界にはきっと沢山あるのだろう。
「ちっちゃな劇団よぅ、何度も、帰ってこい、端役くらいくれてやらぁっつってんだがな」
 会長は苦笑した。
「俺に似て強情なのさ、……ミラクルマンなんてくだらねぇ役やるために、役者になったんじゃねぇってよ」
「………」
 聡は言葉に詰まったまま、視線を窓の外に移した。
 その言葉は、そのまま、つい先日までの聡の気持ちでもあった。そして今でも、まだ、どこかで子供番組だ、という偏見が消えていない。
「……俺、がんばりますから」
 が、そう思っていることも、偽りない真実だった。
 先日の河川敷のロケで味わった興奮と感動を、聡は、この先、一生忘れることはないと思っている。
 脚本を手がけてくれた神田川、監督の降木庭、企画制作にかかわったすべてのスタッフ。聡の性格をそのまま織り込んだサトシを作り上げた人々に、今は、感謝の気持ちでいっぱいだった。無論、最初からずっと見守ってくれて、偏屈な形で応援してくれたこの鏑谷会長にも。
「ま、しょせんは黄レンジャーだがよ、せいぜいがんばんな」
 聡は苦笑してそれに答えた。
 サトシが、この先、爺さんの言う赤レンジャーになるかどうかは、サトシの、そして聡の成長しだいなのだろう。
 夕日が、二人の影を色濃く廊下に落としている。
 タバコの脂がしみた薄汚い廊下。古い撮影所は、最初、ぞっとするほど汚く思えた。
 むさくるしい男の夢があふれんばかりに詰まっている現場。今は、ここが、妙なほど居心地がいい。
「じゃ、俺、もう帰るんで」
 多分、控え室では、小泉がいらいらしながら待っているはずだ。
「そういや、最近、来ねぇな、あんちゃんの彼女」
 その会長がつぶやいた言葉に、聡は真顔で瞬きをした。
「すげぇ美人のねぇちゃんだよ、あれ、あんちゃんの恋人だろ」
「………」
 まさかと思うが、カリメロさんのことだろうか。あれから三度撮影所に取材にきたが、普通の感覚では、すごい美人とは言わないはずだ。
「今日、CG班の部屋に、花の差し入れしたのあんちゃんだろ。エヴァ鈴木がびっくりしてたよ、出演者から花もらったの初めてだって」
 エヴァ鈴木とは、三つ編みの男のことである。予想通りエヴァンケリナンの狂信的な信奉者で、自らの名前もエヴァ鈴木としているらしい。
「…あー、もらった花が余ったから」
 と、聡は言い訳をして赤らんだ。
 一度、彼らの部屋に行った時、窓際に一厘だけ活けてあった向日葵の印象がずっと忘れられなかった。何もできない代わりに――せめて、清涼剤がわりにもなればと思って、つい花を持っていってしまった。
「彼女に頼まれたのかい?それとも、好きあってる男女ってのは、性格までも似てくるもんかね」
「………」
 どういう意味だろう。
 いぶかしげに聡が眉をひそめると、会長は初めて意外そうな目になった。
「なんだ、知らなかったのかい。カメラマンのねえちゃんがな、スタッフ一通り取材して、そりゃあ丁寧にあんちゃんのこと挨拶してったんだぜ。いい子なんです、よろしくお願いしますってな。あれはよっぽど惚れてるねぇって、降木庭さんとも話したんだがよ」

                 
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「ミカリ」
 名前を呼ばれて、阿蘇ミカリは顔をあげた。
「……ああ、ごめんなさい」
 何を考えていたんだろう。
 もう、この時間、慌ててテレビをつける必要はないのに。
 それでも自宅では、予約していたビデオが動き出しているはずの時間。
「……僕の話、聞いてたかな」
 目の前に座っていた男は、柔らかな声でそう言って、まだ湯気をたてているコーヒーに唇を当てた。
「聞いてます、大切な取材ですから」
 ミカリは、集音マイクを持ち直して微笑する。が、もう聞くことは何もなく、会話の糸口すら思い浮かばなかった。それが不思議だ。何年か前は、一晩話しても足りないほど話が尽きない相手だったのに。
「そうかな」
 男は薄い唇で苦笑する。
 かつて、その唇から漏れる声に、言葉に、胸が痛くなるほど恋をした。ミカリは、当時の、まだ若すぎた自分のことを思い出し、苦い悔いと共に眉をひそめる。
 男が腕時計に視線を落とす。席を立ち上がろうとする気配を感じ、ミカリは慌てて言葉を繋いだ。
「届けはいつ出すんですか」
 少し意外そうに男は眉を上げ、そして元通りに向き直る。
「もう出した。で、君の会社がスクープして、その翌日に記者会見を開くつもりだ」
「いいんですか……本当に」
「いいよ、彼女もそうしてくれと言っている」
 端正な顔がわずかに翳った。
「君には、申し訳ないことをしたと……そう言っている。だから、気にしなくていい、せいぜい派手にぶちあげてくれ」
「………」
 申し訳ないことをしたのは自分の方だ。
 ミカリは、彼の妻だった女の、凛とした優しげな面立ちを思い出していた。
「ミカリ、行かないか」
 黙ったままのミカリに、少しため息のまじった声がかかる。
「今夜は一緒にいられるね。部屋を取ってるんだ、いつもの場所だ」
「………」
「行こう」
 ためらうように顔を上げたミカリは、そこで動きを止めていた。
 通路を隔てたはす向かいに座るカップル。その男の後ろ姿が、その刹那、よく知っている心優しい少年とダブっていた。
(――お、俺といて……どうですか。)
 馬鹿な子ね。
(――その……なんていうか、男としての俺っていうか。)
 セイバーは人の心が読めるのに、君はまったく鈍いのね。
「まだ不安なのか、もうずっと一緒なのに」
「………」
「それとも、もう、僕といるのが嫌なのか」
「……いいえ」
 わずかにうつむき、しかしミカリは次の瞬間顔をあげていた。
「いきます」
 もう、終わりにしようと決めたことだった。
 機材をバックに収め、ミカリは立ち上がった。
 外は、もう夕闇に包まれていた。















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