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○ 病室(夜)
  サトシ、愛香の枕もとに座っている。愛香、眠り続けている。

○ 回想 川に流された愛香を必死に助けるサトシ、川岸で、呆然と立っている愛香の恋人賢一
○ 回想 医師の前で泣き崩れる愛香の両親、その傍に立つサトシ。
○ 回想 夜の病院、昼の病院、雨の日の病院、そこにめくられていくカレンダーが重なる。
○ 回想 病室、花束を持って通うサトシ。
○ 回想 キャンバス、別の彼女と楽しそうにすごす賢一。

○ 病室(夜)
サトシ「愛香……」
   愛香の目がうっすらと開く
愛 香「……サトシ君?」
サトシ「よかった、目が覚めたんだね」
愛 香「いてくれたの……ずっと、傍にいてくれたの?」
サトシ「うん、今ご両親を呼んでくる!びっくりするよ、君、1ヶ月も意識を失ったままだったんだ」
愛 香「ねぇ、賢ちゃんは?賢ちゃんはどこ?」
   愛香、周囲を見回す。
愛 香「賢ちゃんが私を助けてくれたんでしょ?私、なんとなく覚えてる。賢ちゃんは無事だったの?」
サトシ「それは……」

サトシ(声)「僕は、嘘をつくことにした」

愛 香「賢ちゃんに会いたい……サトシ君、賢ちゃんをつれてきて……」

サトシ(声)「足を複雑骨折した愛香は、もう二度と歩くことができないのだ。そしてそのことを、まだ彼女は知らされてはいない……」

                 ※


「くらっっ」
 第五話の台本。
 聡はそう叫んで本を閉じた。
 なんなんだ、これは、一体何の番組なんだ?
 なんだって子供向け特撮ヒーロー物で、主人公が思いを寄せる女の子が二度と歩けなくなっちまうんだろう。
 怪獣ギラドラスとセイバーの戦いに巻き込まれて川に転落。
 愛香を救えなかったことで、サトシは、ますます罪悪感の塊になっちまうらしい。
 あきれたもんだ、サトシのことを好きでもないくせに、何かと利用ばかりする身勝手なヒロイン。そんな女に、この先ずっとサトシは縛られていくわけだ。
 それより、病院に通っていた1ヶ月、サトシは一度もセイバーにならずに済んだのか?
 いやいや入隊させられた地球防衛局からは、一度も呼び出されなかったのだろうか。
 考えると矛盾だらけである。で、こんな暗い話、子供がそもそも理解できるんだろうか。
「ったく、腹たってきたなぁ、もう」
 オタク監督は頭から聡を俳優だと認めていないし、スタッフは全員、腫れ物でも扱うように聡に接する。その裏で、たかがアイドル――なんでアイドルが俺たちのテリトリーに割り込んでくるんだ、みたいなミラクルマン信仰的反発を強く感じる。
 で、共演者からもいまだにゲスト扱いだ。というか、普通にシカトされている。
 ここまでつまらない現場は初めてだし、ここまで共演者、スタッフと水が会わないのも初めてだった。
「聡、そろそろ始まるわよ、セイバーの二回目」
「……俺、見ないし」
 階下から聞こえる母親の声に、つぶやくように答えてから、聡はベッドにもぐりこんだ。
 都内に実家がある聡は、Kids時代からずっと自宅で暮らしていた。
 大学三年生の姉と母、父親はずっと海外に単身赴任中だから、三人で生活している。
 にぎやかなロック調のメロディが聞こえてくる。
 聡は布団を耳までひっぱりあげたが、それは否応なしに耳に入ってきた。
 
 you are hero
 
 孤独な暗闇を、光で引き裂け
 セイバー、君は世界の光
 
 どんな困難もあきらめるな
 夢をつかめ、希望を捨てるな
 あきらめたらそこで終わりなのさ
 そう、君こそが、本当のヒーロー

 時に悲しいこともある
 時につまづくこともある
 理解されず、傷つくこともあるだろう
 それが君を強くするのさ

 人は一人、だけど、一人じゃ生きられない
 君はそれを知っているのさ

―――ここ……前半がりょうのソロだ
 聡は、収録の時、りょうが「ここ、いい歌詞だね。俺が歌うのがもったいないよ」と言ってくれたのを思い出していた。
 本気かどうかは判らない。でもりょうの優しさに、胸がじんとなった記憶がある。
 後半、君はそれを〜、から聡のソロになる。
 二人の声は、声質がよく似ていると言われるから、こうして重なるとあまり区別がつかない。
 
 you are hero
 奇蹟を起こせ。
 ミラクルマンセイバー

 そう、君こそが本当のヒーローさ

 あとは全パートが5人のユニゾンだ。
 レコーディングは、青山にあるアーベックスのスタジオで行われた。
 セイバーの十回目の放送日に合わせて発売される予定だったが、それは現在、調整中とのことで無期限で延期になっている。
 いまだにA面の歌詞が出来あがっていないし、曲の使用条件も、J&M、ジャパンテレビ、鏑谷プロ、そしてレコード会社アーベックスとの間で話し合いの真っ只中なのである。
 柏葉将の猛抗議から端を発したレコーディング拒否事件。
 それは、結果的にJ&Mという芸能界最大手の事務所を動かし、特撮の分野では他の追随を許さない鏑谷プロが、その言い分に屈せず、訴訟をも辞さないという……とんでもない異常事態になりつつあった。
 結局、オンエアに合わせ、やむなくセイバーMixだけの収録となった。
 レコーディングの間中、柏葉将は終始不機嫌そうだったし、憂也は、その将の神経を逆撫でするような勢いではしゃいでいたような気がする。
 雅之は、――最近の成瀬雅之はいつもそうなのだが、無言のまま、どこかつまらなそうにしていて、実際あの場で、聡がほっとできたのは、りょうと話している時だけだった。
―――なんで……こんなことになっちまったかな。
 布団を被りながら、聡はぼんやりと考えていた。
―――仲がいいことだけが、俺たちのとりえだし、支えだったはずじゃないか。
―――なのに、なんで、どこでボタンを掛け違えてしまったんだろう。
 思えば、デビューしてもうすぐ三年になる。
 一年目はがむしゃらで、正直、何をやってきたか殆ど記憶に残っていない。
 デビューが決った直後から仕事は分刻み、もう、段取りを覚えて言われたとおりにするので必死だった。多分、聡だけではなく他のメンバーも。自分のことだけで精一杯で、他人を思いやれる状態ではなかった気がする。
 二年目。
 ふと気付けば、聡の回りの時間の流れがスローになっていた。
 が、現実には、そこで差がついていたのだ。スケジュール表が埋まる奴と埋まらない奴。時間がスローになった奴と、クイックになった奴。
 りょうと憂也が真っ黒で、雅之と聡がその半分。柏葉将が一番少なくて――が、それは、学業第一の将自身の選択だから、あまり人気とは関係ないだろう。
 が、そこで、グループに断層ができたことは否めない。
 憂也と雅之の距離が離れ、柏葉将は、基本的に大学の友人たちとしかオフを過ごさなくなった。
 そして今年。
―――今年は……楽しかったよな。
 聡は目を細め、デビューして初めて……楽しいと思えた、夏の記憶を手繰り寄せた。
 多分、全員の心に、このままじゃいけない、という気持があったんだろう。
 8月のコンサート。
 冬のコンサートがなくなって、今年は夏だけだと――それを予め聞かされていたからかもしれない。全員に、楽しもう、いいものにしようという意識があって、不思議なくらい気持的に盛り上がれた。まるであの一時、Kids時代に戻ったような錯覚を感じたほどだ。
 コンサートツアーが終わった後、5人揃って、ようやく両思いになったばかりの、りょうの彼女の家に押しかけた。
 あの夜は――りょうには悪かったが、最高に楽しかった。今にして思えば、あの日が、5人で楽しく過ごせた最後だったのかもしれない。
 が、東京に戻った5人を待っていたのが、次のリリース曲がセイバーの主題歌に決まったという――多分、メンバー全員が、少なからずショックを受けた知らせだった。
 STORMは、今年にはいってから、CDの売り上げが目に見えて落ちている。かろうじて発売週だけは一位を維持しているが、翌週にはランク外にまで一気に落ちる。これは三年目にして初めて味わう現象だった。
 前回リリースした「青の時代」がひどかっただけに、全員が、次のリリース曲に期待していたし、様々な希望を上にもあげていたはずだった。
 それが、ミラクルマンセイバーの主題歌。
 その時点で、すでに冬のコンサートは、一言の相談も前振りもなく中止になっている。
 事務所の対応の意味は、鈍い聡にもうっすらと判った。
 事務所は、すでに貴沢秀俊――「ヒデ&誓也」を来春にデビューさせることを内々に決めている。STORMは、売り出し路線から外されようとしているのである。
「そんなに嫌なら、解散もありじゃない?」
 あっさり言った憂の言葉に、将が激怒したのが、それまでの微妙な二人のムードを、はっきりと「不仲」と呼べるところにまでさせてしまった直接の引き金だった。
 こんな時、激しやすい将をなだめるのがりょうで、我侭な憂をコントロールできるのが雅之なのに――。
 雅は、先月の終わり頃から、少し様子がおかしくなっている。いつ会っても、精彩を欠いて、心ここにあらずといった感じだ。
「はぁ? な、なんで僕が、そんなところに入らないといけないんですか」
 CМが終わり、いきなり聞こえてきた自分の声。
 布団を被りながら、聡ははっと我にかえり、意識を階下に集中させる。
「君が、あの巨人に変身したんだろう。これは君を守るためだ、GANに入隊するんだ、サトシ君。むろん君の正体は僕しかしらない」
 声だけ聞いても演技力の違いがはっきりと判る。
 後半の声は、ベテラン俳優真鍋弘之さんのものである。特撮出演は彼も初めての、昼ドラマ出身――聡をのぞけば、唯一の有名俳優。
「いやですよ、僕、自分の意思で変身したんじゃないんてす。なんていうか……身体が勝手に」
「そして、GANの誇る世界最新鋭の戦闘機を撃墜した怪獣を倒したんだ、誇りと自信を持て、サトシ君、君は奇蹟の力を得た者なのだ」
「嫌です、僕は絶対に嫌だ!」
 声だけ聞くと、よりはっきりする。
―――俺……周りの空気とあってない。
 聡はようやく気がついた。妙に声の出し方がわざとらしいし、抑揚がつきすぎている。
 普通の会話のようなスムーズさがない。
「冗談じゃない、僕らは空自から選ばれてここに来たんです、なんだってずぶの素人に、戦闘機の乗り方を教えてやらなきゃいけないんですか」
 かっこいいセリフ。
 これは、トモヤ隊員――尾崎智紀のものである。口調は硬いが、それでも聡よりは何倍も上手い感じがする。
―――いいだろ、視聴率は取れてるんだ。
 聡は、言い訳のように自分に言い聞かせた。
 ミラクルマンセイバー初回放送は、ミラクルマンシリーズ最高視聴率を叩きだした。
 ジャパンテレビから事務所に礼状が届いたというし、聡の所にも局の役員が挨拶に訪れたほどだ。
 1日違いで放送されるサン・テレビの二大特撮シリーズ「マスクライダー険」と「探偵レンジャー」。朝の放送としては脅威の視聴率をたたき出すその番組を、はじめてミラクルマンがぶち抜きで抜き去ったらしい。
―――それで文句はないはずだ、どうせ俺は、客寄せパンダなんだから……。
 誰も俺に、アイドルの東條君以上のものなんて求めてないんだ。
 それで。
 それでいいんだ。 
 
 
                    7


○ 病院の庭 
  車椅子の愛香とそれを押している賢一、それを花壇の陰から見つめているサトシ

サトシ(声)「やってはいけないことだと判っている。でも、僕は、どうしても賢一が信じられなかった。」
  二人に向かって手をかざすサトシ。

ナレーター「ミラクルマンセイバーの力を得たサトシは、意識を集中させることにより、わずかな時間なら人の心を読むことができるのである」

賢一(声)「あーあ、かったるいなぁ、いつまでこんな芝居やってなきゃいけねぇんだよ」
賢一(声)「ま、いっか、こいつの家は金持ちだし、親切にしといて損はないよな。それにー、なんか俺、いい人って感じ?」
愛香(声)「――サトシ君……」
 サトシ、はっとして顔をあげる。
愛香(声)「サトシ君……どこにいるの……?」
 愛香の声がとぎれる。サトシ、何度も手をかざすが、もう声は聞こえてこない。
 駆け出そうとするサトシ、そこで腕の発信機がなる。
サトシ「はい、こちらサトシ」
大黒隊長(声)「サトシ、至急ベースに戻ってくれ、対馬湾沖に新たな怪獣が出現した」
サトシ「……俺」
 サトシ、迷うように愛香と賢一の消えた方角を見る。
サトシ「……俺、俺、いきませんっ」


                  ※


「おい、キレンジャー」
 正面からそう呼ばれて台本から顔をあげたものの、その言葉が、まさか自分に向けられたものとは聡は思わなかった。
―――え……?
 聡はきょろきょろと周辺を見回す。
 目前のセットでは、緑の背景をバックに、隊服に身を包んだGANの隊員たちが、小道具のガンを振り回して戦っている。
 相変わらず隊服を着る事をこばんでいるサトシ――聡だけが、今日の出演者の中で、唯一、シャツにジーンズ姿のままだった。
―――キレンジャー?
 聡は再度、自分の目の前に立つ、小柄でぎすぎすに痩せた老人を見上げた。眉と髪が真っ白で、それがふさふさと波立つほど豊かである。
 ぎょろりとした目とだんご鼻。異相といっていい顔立ちだった。
―――あ、この人。
 聡はようやく思い出した。
 時々現場をちょろちょろしている爺さんだ。
 いつもくすんだ作業着を着ているから、掃除の人か、大道具さんか何かだと思っていたのだが……。
「てめぇだよ、てめぇ、J&Mからきた、落ち目のアイドルってのは、てめぇだろうが、黄レンジャー」
 爺さんは、そう言うと、無遠慮に聡を指差した。
―――なんなんだ、このオヤジ
 聡はさすがにむっとして、台本を閉じて男を睨む。
「ほ、その目はなんだ、クソ半端な演技しかできねぇくせによ、いっぱしに怒ってるつもりか、黄レンジャー」
 しわがれた声は、ずけずけと続ける。
 相手にするだけ莫迦だ。そう思いつつ、聡は思わず聞き返してしまっていた。
 なんなんだ、黄レンジャーってのは。
「……なんすか、その黄レンジャーってのは」
「知らねぇのか、ファイブレンジャーシリーズよ。色違いの連中が5人いてよ、その中で、一番さえねぇ、ドジな野朗が、大抵黄レンジャーってことになってるのよ」
「…………」
 5人いて。
 冴えない、一番ドジなのが――黄レンジャー。
 それはまさに、STORMの東條聡のことじゃないか……。
「赤が真のヒーローよ、あとは所詮脇役でい、おらぁな、キャスティングの企画書読んですぐに思ったわ、こいつは黄レンジャーだ、どう見ても主役の器じゃねぇ」
「………………」
 なんなんだ、この人は。
 聡は、ショックを受けたことを見抜かれたくなくてうつむいた。
 どうせ俺は主役向きじゃない。
 そんなこと、言われなくてもよく判ってる。
 そもそもこんな番組、出たくて出てるわけでもないし。
 そもそも、STORMだって……
「よかった視聴率は一回だけ、あとは落ちていくだけさぁね。つまんねぇ芝居しやがって、だぁれも見たかぁねえんだよ、黄レンジャーがさ、カッコだけ赤になりきった滑稽芝居なんてよ」
「………………」
 さすがに立ち上がりかけていた。
 なんなんだ、この人は。
 これが、初対面の人間に言われることだろうか。
「あっ、こ、これは鏑谷会長っ」
 ふいに素っ頓狂な声がした。
 聡はびっくりした。声は、いつもえらそうにしているオタク監督降木場である。
「なんなんですか、もう、……抜き打ちでのぞかれるのだけは勘弁してくださいよ」
 あの降木場が、がちがちに緊張しているのが聡にもよく判った。
「だからおらぁ反対したんだ」
 老人は、ぎろっと聡を一瞥してから肩をすくめた。
「キャスティングを顔だけのあんちゃんに決めるのはよしてくれって言ったんだ。それにしても今回は最低だ。まだ、オーディション1位の尾崎の方がマシだったろうよ」
「ま、またまた、冗談ばっかり」
「黄レンジャー、てめぇがしゃしゃり出たおかげで、元々主役のばずだった若いのが、泣く泣く脇に回ってんだ」
 老人は、降木庭を無視して、聡をぎろっとにらみつけた。
「そのことをなぁ、一瞬たりとも忘れんじゃねぇぞ」


                  8


「……あ、知らなかったんだ、東條さん……」
 愛香――こと、夏目純は、大きな目をしばたかせて唇を手で押さえた。
 病室のシーンの直後だった。
 寝巻きを着てメイクは控えているが、缶ジュースをごくごくと飲んでいるグラヒアアイドルは元気そのものである。
 撮影の休憩時間。スタジオの隅にある自販機で、束の間、その周辺には純と聡の二人だけになっていた。
 他に話せるような相手もなく――とはいえ、この一つ年下の女性も、聡には苦手なタイプだったのだが、他の出演者よりは幾分近い立場にある。
 聡は、先ほどの老人のことを思い切って聞いてみた。
「あの人ね、鏑谷プロの創設者なんだって、とにかく一番えらい人」
「へぇ……」
 それは、降木庭の態度でなんとなく判った。とにかく、えらい人だということは。
 なにしろあのオタク監督は、ジャパンテレビの専務や鏑谷の社長の前でも、あそこまでがちがちになったりしなかったからである。
「会長って呼ばれてたけど、じゃ、鏑谷の社長より上の人なんだ」
「ううん、そういう意味じゃなくて……ああ、そういう意味でもあるんだけど」
 純は、ちょっと思案するように髪に手を当てた。
「ミラクルマンシリーズを作ったのも、そもそもあのお爺さんなんだって。なんていうか、特撮の世界では神様みたいな人。日本の特撮の基礎は、全部あのお爺さんが作ったらしいよ」
「……へぇ……」
 それは……確かに、すごいことなのかもしれない。
 少し躊躇ってから、そして周囲に人がいないのを確認し、聡はそっと囁いた。
「……元々、俺の役、尾崎さんのものだったって、本当?」
「…………ああ」
 純は、さすがにさっと顔色を変えた。
 その表情の変化だけで、これ以上聞く必要がないことを聡は理解した。
「あのお爺さんのことは……あまり気にしなくてもいいと思うよ」
 純が、距離を詰めてきて、そっと囁いてくれた。唇から、甘いオレンジの香りがした。
「噂だけどさ、今回のセイバー役は、鏑谷側では会長のお孫さんに決めたかったんだって。でも、今、特撮はイケメンじゃなきゃ駄目ってとこあるじゃない、それで……テレビ局さんが、オーディションで尾崎君に決めたんだけど」
 そこで純は言いよどむ。
「そこに……あとから、東條さんの事務所が割り込んできたって……これは、尾崎君が言ってたことだけど」
「…………」
 うちの事務所が。
 聡はさすがにびっくりした。
 今回の話は、逆にテレビ局から依頼されて、事務所が受けたものだとばかり思っていたからだ。
 一度決った主役を後から介入して覆させる。
 聡の所属する事務所。J&Mならやりかねない、というか日常茶飯事のようにやっていることである。
 が、なんだって、ミラクルマンセイバーなんて子供向けの番組に、現役のアイドルを無理矢理出演させるようなことを……。
 茫然としていると、ふいに視界が暗くなり、柔らかなものが唇に触れた。
 目の前の女の子に、いきなりキスされたのだと気付くのに、聡はたっぷり三十秒も要していた。
「…………は、はいっ」
 口を抑え、目をばちばちさせる聡を見上げ、純は楽しげに微笑した。
「おかしい、東條さんのリアクションって、そのまんまサトシ君なんだもん。私、尾崎君よりハマリ役だと思ってるよ」
「…………」
 ハマリ役。
 この役が。
 そんなこと、言われたのは初めてだ。
「スタッフさんたちに、現場では、東條さんと親しくするなって言われてるの、多分、出演者全員が」
 純は耳元で囁いた。
「だから今のは秘密、あたし、ずっとSTORMのファンだったんだ」
 いたずらめいた声を最後に、軽やかに身を翻していく女。
「…………」
―――俺と、親しくするなって……
 どういう意味だろう。
 そう思って顔を上げた時、視界に思わぬ人が飛び込んできた。











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