24
やべー、
誰かが何かを言っている。ああ、ガンガンに怒ってる。
将君だ。
そっか、ライブ、ほかしちまったんだ、俺。
ごめん、つか、疲れてて――
眠くてもう、死にそうでさ、だから――許して、
「………あれ」
寝がえりを打つ。目の前には白い壁。
薄目を開けた雅之は、何度か瞬きを繰り返した。
あれ、ここどこ?
つか、今って、
「試合!」
がばっと起き上がった途端、肩に腰に、軋むような激痛が走った。
「あいたたたたたた」
「大丈夫?」
優しい声と共に、背中に手が添えられた。
「試合なら、終わってるよ」
雅之は、今度こそ驚いて、自分を支えている女を見下ろした。
「る、……」
え?
「流川??」
つ、つか流川が、なんだってここに。
周囲を見回す。狭い医務室。ここは、試合開始前、神尾が引きこもっていた部屋だ。
雅之から手を離して立ち上がった凪は、どこか優しい目で雅之を見下ろした。
アンサンブルにジーンズ。いつもと変わらない立ち姿。
「スコアは4−1、最後は、惜しかったね」
「……………」
何か言おうとした雅之は、そのまま口を閉じていた。
入んなかったんだ。
そっか。
神尾さんの最後のヘディング、………入んなかったんだ。
現実なんてそんなもんか。
でも、なんだろう。なんだか最後のゴールだけは、入っても入らなくても、どうでもよかったような気がする。
「泥だらけだよ」
「え、」
「顔だけは拭いてあげたんだけど」
「………え…」
る、流川が?
雅之は動揺しつつ、爪の先まで泥にまみれた手指を見た。
まだ、じっとりと汗で濡れたユニフォーム。腕には鼻血を拭ったあとが、筋になって残っている。
「と、とにかく、シャワー、あびてぇな」
照れ隠しに言って、再び布団を引っ張りあげる。
自分の身体が、妙なほど汗臭く感じられた。この狭い室内、彼女と2人でいるには、あまりにもためらいがある姿。
「いい試合だったよ」
「そ、そう?」
「本当にいい試合だった」
「…………」
そっか。
しばらく考えて、ようやくその意味が、胸の中に落ちてきた。
終わったんだ。
雅之は、呆けたように、ただ頷いた。
終わった――何をしても、しなくても、もう二度とあのメンバーで、今日のピッチに立つことはない。
ほっとすると同時に、胸が痛むほど寂しいのは何故だろう。
もう、二度と戻らない、今日という過ぎた時間。
凪は、しばらく雅之を見下ろしていたが、おもむろに背を向け、扉の方に向かって歩き出した。そして、
「美波さん、もういいです」
えっ。
その声に、ぎょっとして、雅之は我というか、現実に返る。
―――み、耳まで疲れてんのかな、俺。今、流川、美波さんって言ったような?
「もういいのか」
「はい、帰ります、私」
耳は正常だ。
雅之は、わーっと叫んで逃げ出したくなった。
美波の声は、閉じられた出入り口あたりから聞こえてくる。
な、なんだって美波さんが。
つか、これ、もしかしなくても泥沼の三角関係ってやつじゃ……?
「じゃ、またね」
が、あっさり言って片手を振ると、凪は美波と入れ替わるように退室した。
「え、ちょ、」
な、なんつーか、もう少し、恋人っぽい会話をしてもいいような。
でも、なんだって、事務所のスタッフが勢ぞろいしている中、流川がこの部屋に入って来れたんだ?そもそもの話。
そ、それに美波さん……。
つかつかと歩み寄ってきた美貌の男。
「成瀬」
う、うわっ。
目、目が、今、マジで怖いんですけど。
ベッドの傍で足を止めたJ&Mの取締役は、冷たい目で、ベッドの雅之を見下ろした。
「お前はバカだな」
「は、はい」
答えてから、ん?と思った。
否定はできないが、肯定する必要もなかった気がする。
「視聴率リサーチも、視聴者の反応も、何もかもこれからだ」
「…………はい」
その意味はよく判った。
自分たちにとっては最高の試合でも、テレビ的にはどうなのか。興行的にはどうだったのか。
「いずれ、社長から話がある、それまでゆっくり休んでろ」
「…………」
軽く頭をはたかれる。
雅之は、少し驚いたまま、去っていく綺麗な背中を見つめていた。
冷たい言い方なのに、何故か、優しい声に聞こえた。気のせいかもしれないけど。
その美波と入れ替わるように、どやどやと駆け込んでくる「崖っぷち」のメンバーたち。
「雅君!」
「大丈夫か」
「やったなぁ、俺ら、やりぬいたで」
誰の顔も泥だらけだが、声も目も、エベレスト登頂でもやりとげた人のように、輝いている。
その中に、少し照れたような神尾の顔をみつけ、雅之は自分の中で確信した。
だから自然に笑っていた。
勝ったんだ、多分、みんな。
誰にでもない、自分自身との戦いに。
25
「飲みにいきません?」
駅に向かうバスの中、そう切り出したのは凪だった。
「え?飲みって?」
隣に座る末永真白が、不思議そうな顔になる。
「つきあってください、半分は真白さんのせいだから」
「……?って、凪ちゃん、未成年じゃなかったっけ」
「……………そうでした」
バスはもうすぐ、目的の駅につく。そこで2人は別れ、もう――もしかしたら、二度と会うことはないかもしれない。
「………私のせいって、なに」
しばらく黙っていた真白が、ためらいがちに声をかけてくる。
凪もしばらく黙ってから、視線を窓の外に移し、口を開いた。
「意味わかったから、世界が違うって」
「…………」
「住んでる世界が違うって意味なら、それ、間違ってますって言いたいけど、見ている世界なら、確かに違うと思いました」
「難しい言い方だね」
わずかに苦笑し、真白はそう言って首をかしげる。
「今日、」
言い差して、凪は言葉を途切れさせた。
今日、私の頭は、悔しいけどあいつのことで一杯だった。
なのに今日、あいつの頭には、私のことは、ひとかけらも入ってないんだ。間違いなく。
「ロッキーって知ってます?スタローンの昔の映画、ボクシングなんですけど」
「お正月かなんかの深夜放送で、うん、観たかな」
「ロッキー、エイドリアンって、試合のあとに、がーっと抱き合うんですよね。試合に勝ったボクサーとその恋人」
「…………」
「そういうの、期待してるわけでもないんだけど、まぁ、少しはあってもいいかなって」
「…………」
「らしくないけど、思っちゃいました」
今日だけは思ってしまった。
フィールドに立つ彼の中に、私がいればいいのにな、と。
あの単細胞に、二つのことは同時に考えられないって、それは判ってるんだけど。
試合の後、2人でいても、まだ夢の続きを見ているような目をしていた男。
その時も、彼の中に私はいないと――判ってしまった。まだ彼の目は、確かに試合の余韻を噛締めていたから。
だから、なんとなく寂しいんだろう。
なんとなく――むなしいんだろう。
「真白さんの気持ち、わかります」
「いや、わかっちゃまずいんじゃない?」
「自分も、あいつに負けないくらいがんばろうって思うんですけど、時々、違いすぎる現実にへこみそうになりますもん」
「……………」
真白が黙る。
ああ――ここでダメ押ししてどうする、自分。
と思いつつ、凪も今日は、ひどく憂鬱な気持ちになっていた。
「頭の中に、ケージみたいなものがあるとしたら、あいつのそれは、仕事と私、実は仕事の方が上だったりするんだけど、私はそうじゃないんですよね」
そう言うと、かなり好きだって認めちゃうことになるから言いたくないけど。
「そういうのって、……時々、辛くなりますよね」
そうなりたくないから、自分も、他のケージを目一杯あげようとしてるんだけど。
26
「アンコール、いくぞ」
「ツアーのラスト、締めていこうぜ!」
3回目のアンコール。
ライブツアー「チームストーム」今日が本当の最終公演だった。
ラストの円陣を組んでから、5人揃って立ち居地に向かう。
カーテンの向こうでは、胸がすくほどの「ストーム」コール。
いつも思うけど、この瞬間の快感ほど強烈なものはない。これに比べたら、女との恋愛なんて、どうでもいいと思えるほど。
将は口元に笑みを浮かべ、演出スタッフの合図を待つ。
「テレビが結構きてんだよ」
「雅君のサッカーのせいじゃない?」
背後のスタッフが囁く通り、今日、客席にはいくつかのテレビクルーが入っていた。
「ま、絵になってるしな」
と、憂也が、まだ足をひきずっている雅之の背中をばしっと叩いた。
「試合翌日の公演は車椅子、ワイドショーで涙もんで騒がれてたじゃん」
「しょうがねぇだろ、まるっきり歩けなかったんだから」
雅之は唇を尖らせる。
「おかげで、俺の舞台も取り上げてもらったし、感謝してるよ」
先日、千秋楽を終えたばかりのりょうが笑う。
今日は、会場の外にまで、ファンが押しかけているという。会場の熱気もいつも以上で、将にとっても、他のメンバー全員にとっても、確かな自信を得られたツアー最終日だった。
「色々あったな」
「うん」
「りょうはキレたし」
「うるせぇよ」
「将君は臨死体験」
「三途の川を見てきました」
「雅は、俺への愛を再確認したしね」
「な、なにいってんだ」
全員で笑う。
幸せだな、と将は素直に思っている。
全員にとって、今回のツアーは、まさに死のロードだった。
色々あったけど、それも、本当に今日で終りだ。
幕があがる。
「チーム、ストーム!」
将は叫んで片手を挙げる。
光。
そして歓声が、悲鳴が、嬌声が、場内を包む。鳴り止まない嵐のように5人を包む。
デビュー曲と共に、背後のスクリーンに、スタッフロールが流れだした。
今回、聡の発案ではじめたもの。アルバイトを含め、スタッフ全員の名前をエンディングロールのようにラストで流そうという企画。
それに、前原――音響マネジメント会社の社長で、今回のツアーを実質仕切ってくれた男が、さらに追加の案を出した。
「各会場で、チームストームの参加者を募ろうよ、で、メッセージと名前書いてもらってさ、それをラストで流すのってどうよ」
前原の発案した企画、ファン一人一人のサイン入りメッセージが、スクリーンに流れはじめる。
STORM大好きです♪
何があってもずーっと応援してます!! momo
大きくなぁれっ! 真可彩羽
STORMは仲が良すぎるのが難点みたいに言われてますが、お互いを認め合うグループが1番素敵で、最強だということを皆に証明して下さい。STORMならできると信じています。
橘美緒
負けるなストーム!!応援してます!! ぽん
ストームの皆それぞれの仕事が忙しくなってきているようですが、1つ1つのステップを大切にして頑張ってください。 響
りょうくん、ラビッシュの東京公演決定おめでとうございます!舞台人になったりょうくん、楽しみにしています☆ 山椒
美しいりょうさん(さん付けです)は、若さを保つのに一役かってくれています。これからも美しく頑張ってください。 古代人
5人でならきっと『奇跡』を起せると信じています。
がんばってください。 あつこ
とにかく可愛い、最高にカッコ良い、もう憂也くん大大大好き〜〜っ!!織斗
油断ならない策士の将君、でも良い感じでどこか抜けてるんですよね。そんなあなたが素敵です。 みあ
ヒデに負けるな! ryona
STORMのみなさまへ
あなた方に夢を見させてもらっています。元気を与えてもらっています。
私が陰ながら応援をすることが、少しでもお返しになればと思います。
がんばってください。 shiroko
雅君へ
髪をバッサリやったところで惚れちゃいました・・・!!坊主頭でも大好きです! スナ
恋も仕事もがんばってください☆応援してます! az
一人はみんなの為に みんなは一人の為に 瑠布子
頑張ってください。 美娃
何があっても、仲間を信じて困難に立ち向かっていく姿に勇気を頂いています。これからもその気持ちを貫き通して行って欲しいです。 タチバナ
将〜めっちゃ好きやで〜v 那智
「ミラクル」フルコーラス聴いてみたいです!CD出してください〜〜〜
STORMの活躍楽しみにしています。 音々
聡君へ
母性本能くすぐられます♪ 麻乃
やさしくて皆を大切にしてるストームさんを、いつも応援しています。
小鈴
聡君へ
とにかく大好き!!いつまでもそのままでいてほしいです。 まみ
りょうくん
すっごくすっごく応援してるから 頑張って!!! 負けないで!!!
(私も愛されたい…) 黒肥地りな
将くん、ストームのファンになって初めてアイドルのかっこよさを知りました。 なな
頑張って下さいっv ren
雅 だいすきッ!! 梨沙
憂也君
雅くんをいじめてるときの憂也がすっごぃ好き♪笑
いつまでも少年のようなあなたでいてください!! mie
将くん、カッコいいーーー! ゆりっぺ
本当に頑張って欲しいです。 サリー
いつも応援してます。 しおり
5人のお互いを思いやる気持ちが大好きです。
みんな、頑張ってね! 応援してます。 shino
お互いに助け合って、力を合わせて進んでいく。そのstormスタイルがすごく好きです。観ているこちらも嬉しくなってくるんです。これからも応援しています。 ゆめ
いつも一生懸命なみんながとてもまぶしいです。 ブランピュール
皆さん大好きです。
お仕事大変だと思いますが、頑張ってくださいね。 もり
みんな頑張れ! まる
STORM、これからも5人で頑張って! こぶた
奇蹟 起こしちゃって下さいね 牡丹
―――やべ……超感動。
将はマイクを持って、しばし、言葉に詰まっていた。さすがに胸にくるものがある。
「色々あったツアーだったけど、今日で本当に最後です」
将くーん、掛け声が飛ぶ。
「ありがとう、これからも、チームストーム、なにがあっても全員同じチームなんで、俺ら代表5人を、どうかよろしくお願いします!」
照明が消える、J&M恒例のペンライトが場内で揺れる。
全員の合唱に支えられ、デビュー曲を歌う。
隣にはりょうの笑顔。
乗り越えるものが、ある意味一番大きかったはずけど、なんだかんだいって、りょうはしっかりとやっている。本当は今でも、かなりへこんでるはずなのに。
雅之は、すでに半分泣いている。ああ、本当に泣き虫なんだ、こいつは。
聡は、――忙しかったろう。絶対弱音は出さないけど、演出も振り付けも、かなり任せきりにしてしまった。淡々とこなしていても、実は相当きつかったはずだ。
憂也には、多分、一番心配かけた。また怒らせちまったしな、俺。
こんなに幸せでいいのかな、将はふと思っている。
これで、終わらせていいのかな、と。
憂也に、また皮肉られそうだけど、もうひと頑張り――ここにいる最高の奴らのために、こいつらを支えてくれた奴らのために、なんとかしてやんなきゃいけないな、と。
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