9



「おう、雅?ああ、元気元気、打ち合わせならいつも通りで、おう、悠介くっから。喧嘩?あれなら、そんなんじゃねぇし、もう大丈夫だよ?――は?女?」
 将は、携帯を耳に押し当て、ははは、と笑った。
「んなんじゃねぇって、つか、ありえねぇだろ、俺がそんなみっともないことすっかよ」
 携帯の向こうで、雅だけでない声も聞こえる。
 その莫迦騒ぎを聞きながら、
「じゃあな、今からラジオだから」
 将はそれだけ言って携帯を切った。
 夕暮れのキャンパス。
 何組かのカップルとすれ違う。
 時折、見知らぬ女の子に、じっと見つめられることもある。気づくけどそれは無視する。ここでの将は、あくまで私人の、柏葉将だからだ。
 大学の連中は、暗黙の了解で、将を見ても格別騒いだり、追っかけてきたりはしない。
 そんなルールが確立したのは、悠介を初めとする、付属小学校時代からの友人たちの尽力があったからだ。
 中学、高校と、規律の厳しい学校で、それでも芸能活動を続けてきた。教師やPTAの偏見、学校にまで押しかけて騒ぎを起こすファン、参加できなかった修学旅行、夏の行事、ついていけなかった授業。それらのひとつひとつを、悠介や、その仲間たちに助けられ、支えられてクリアしてきた。
 将にとっては――宝物のように、大切な仲間。
―――ホントはさ……
 昨夜の亜佐美の泣き声が、まだ耳に残っている。
(将にとっては……たくさんつきあった女の子の中の一人でも)
(………私には……何もかも、初めてで……)
―――俺……初体験とか、そういうのがもう、自棄っつーか、適当だったから。
 自分の足もとから伸びる影を見ながら、将は、ポケットに手をつっこみ、駐車場に向かって歩き続けた。
―――俺にとっても、真面目につきあおうって決めたの、お前が初めてだったんだ。
 キスするたびに、抱くたびに愛しくなって。
 強がるくせに泣き虫なところも愛しくて。
 大切にしようと、初めて思った。
―――でも……無理じゃん。
 悠介が、小学校から片思いしていた相手が、亜佐美だと知ってしまった以上。
―――そんなの抱えたまま、今までどおりつきあうのって、やっぱ、無理じゃん。
 結局は、逃げた。
 悠介を選ぶ代わりに、つきあいはじめたばかりの恋人から。
 亜佐美と、そして悠介が、ずっと疑念を抱いていたのは知っていた。でも将は、「真面目につきあうと疲れるから」その理由で押し通した。
 実際、その程度の恋愛感情だった――今、思えば、若すぎたこともあったんだろうけど。
 なんにしても、もう二度と戻らない過去。
「つか、二度と、こんな面倒はゴメンだからな」
 将は呟き、軽く嘆息して花曇りの空を見上げた。



                   10



「お?」
 ラジオの収録を終え、スタジオを出たところだった。
 待合のロビー、ちょっと目を引く美貌の女が、薔薇色のスーツ姿で座っている。
 日本人離れした美脚を組み、女は、少し苛立った顔で、将を見上げた。
「はぁい」
「………はぁい」
 目は怒っているのに、声が明るいから、余計に怖い。
 将は片手をあげつつ、座ったままの女の傍に歩み寄った。
「まさか、わざわざ、チーフマネージャーがお迎えとか」
「たまたま用事があったのよ」
 真咲しずくはそう言うと、長い睫に覆われた目で、将を見上げた。
「こないだのって、何?」
「え?」
 もちろん、鮮明なまでに覚えている無様な記憶。
 が、将はわざと忘れたふりをしつつ――驚いていた。
―――つか………
「ゴメンってなんなのよ、気になって夜も眠れないじゃない」
「………ああ、」
 つか、気にしてくれてたのかよ、この女が!
「あれは……その、」
 驚きの後は、なんとも言えない気まずさが湧いてくる。
 普段が目茶苦茶な女だから、あの程度のことは、なんでもなくスルーされると思っていたのに。
「俺の………」
「俺の?」
「俺の過去を、謝ってた」
 わずかな迷いの後、開き直って将は言った。
「………?過去?」
「だって、」
 だって、でないと、今更言えねーじゃん。
 一度は思い切って、完全に忘れたと思ってたのに――今更。
「俺は………」
 今更――ほかの女に手を出す気も失せるくらい、お前のことで、頭がいっぱいになってるなんて。
「……俺は、…………お前が、」
「…………………」
 じっと見あげている綺麗な瞳。
 あまりにも作り物めいていて、感情が全く見えてこない。
「………私が、何よ」
 その目が、いぶかしげにすがめられる。
「…………………………」
 やめた。
 将は、はぁっとため息を吐いた。
 まだ、早い。
 まだ――俺、多分、身長しか追いつけてないし。
 今言っても、せいぜい額にチュで、絶対に終りだ。
「いや、いい」
「は?なんなの、それ」
「まぁ、俺が成長するまで待ってて」
「はぁ?」
 軽い怒りの抗議を聞き流し、将は女に背を向けて歩き出した。
 その時、
「あんまり遅いと待てないわよ」
「…………………………」
 え?
 空耳?
 将は、ばっと振り返る。
 聞こえるのは靴音だけ、女の姿は、もうどこにもいなかった。



                  11



「将君さ」
「ん?」
「さ、最近さ、」
「なんだよ、聡、悩み事なら、何でも言えよ!」
「さ、最近、妙に優しいっつーか、なんつーか」
「はははっ、俺?全っ然いつも通りじゃん!」
 将をのぞく全員が、妙に強張った目を見合わせた。
 暗黙の了解で、こそこそとキッチンに移動する――雅之、りょう、聡に憂也。
「むしろ、全っ然別人だよ」
「つか、あんなキャラ、そもそもストームにいねーだろ」
「いないいない、超こええ、俺」
「将君、なんかわりーもんでも食ったのかな」
 と、額をくっつけ、ひそひそやっていると、
「なんか腹へらねー?ピザでも取ろうぜ」
 と、呑気に将が歩み寄ってくる。
「ご、5人分でいっかな、今日は、悠介君こねぇの?」
「あー、あいつ、デートだって」
 雅之の問いに、冷蔵庫を開けている将は、なんでもないように答えた。
「いいよなー、ラブラブのカップルはよ、俺もそういう彼女がほしいよ」
 またまた、面白いこと言っちゃって、
 将君、最近人生変わった?
 そんな突っ込みを聞き流しながら、立ち上がった将は、携帯をジーンズのポケットから引き抜いた。
 メールの着信を告げる知らせ。

 I LOVE SHO

「誰から?」
「あー、昔の教え子から」
「へ?」
 将はぱきん、と携帯を閉じた。
「もう、一人でも大丈夫だってさ」
 明るく言って、窓辺に立つ。
 空は晴天。
―――早く、夏になんねぇかな。
 不思議に清々しい気分のまま、将は、そう思って空を見上げた。


 I LOVE SHO
 THANK YOU GOOD BYE

 ASAMI











                                (END)


この物語は全てフィクションです。実在の団体、個人に一切関係なく、
実団体、個人に対する作者の感情が、小説内にそのまま反映されているわけではありません。


  >back >top >team storm(前)