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「……将君さ、」
「は?」
「………さ、最近さ、」
「あ?」
「な、なんか妙に、怒りっぽくない?」
「知るかよ、ボケ!」
……………雅之です。
「ま、雅ーっ、俺、将君になんかした?」
 半泣きで俺の懐に飛び込んでくる東條君。
 よしよし、と俺はその頭をなでなでしながら、頷いた。
 そう、確かに最近の将君はおかしいのだ。
 怒りっぽいなんて言葉は生易しい。すでに人間凶器と化している。
「つか、人間さぁ」
 将君が狂犬になろうと、地球が明日滅びようと、多分何ら動じない男は、頭の後ろに手を組みながら、のんびりと天井を見上げた。
「飢えてる時はイラつくもんなんだよね。満たされるのが一番なのよ」
「メシならさっき食ったじゃん」
 東條君がそう言うと、その男――綺堂憂也はちっちっと指を口元で振った。
 東京某所(ファンのみんな、はっきり言えなくてゴメンな!)にある俺のマンション。
 おふくろが知人から格安で借りてくれた小ぎれいな一DKだが、そこは今、にわかストーム合宿所に転じている。
 とにかく今、ストームは全員、超がつくほど忙しいのだ。これは、はっきり言ってデビュー一年目以来のことである。
 本業である歌は、相変わらず新曲も出せずにさっぱりだが、ソロの仕事が、こういっていいなら充実している。
 将君は、昼ドラ。これはもう、平日昼三十分放送だけに、撮影スケジュールがとんでもなくきつい。
 ドラマの中で将君は、戦争で視力を失い、家は没落、何故か三味線奏者になった元貴族を演じている。なわけで、暇な時間でも三味線の練習に余念がない。
 聡君は(俺らの中で、東條君が聡君に格上げになったので、ここで報告しておく)相変わらずセイバーの撮影。今年の秋まで続く長期番組だけに、スケジュールは7月まで目一杯。で、もしかすると夏休みに映画化されるかもしれないってことで、イタジさんと小泉君、スケジュール調整に追われている。
 それから憂也。
 本人は一向に認めようとしないが、俺らの中では、「All The Pretty Mens」という深夜アニメのマクシミリアン伯爵――こと天降潤夜は、憂也に間違いないという結論になっている。
 声は激似だけど、話し方が全然憂也のそれじゃなくて、俺的には半信半疑なのだが、将君が絶対の自信をもって言い切るから、そうなんだろう。
 で、相変わらずライブハウス通いを続けているようで、深夜にちょいちょい、ヘルメットを抱えていなくなる。それから何日も、実家から出てこない時もある。憂也のそれは、ちょっと謎の部分が多いのだが、なんにしても、日々忙しいのだけは間違いない。
 それから、りょう。
 劇団臨界ラビッシュの東京公演出演が決まり、今は、週の半分は大阪に通っている。
 同じ演目だし、稽古なんて必要ないだろ――、と思うのだが、ラビッシュというのは、公演ごとに演出もセリフも大幅に変えるらしく、最近のりょうは、なんだかかなり消耗してる様子なのだ。
 で、俺。
 崖っぷち芸能人サッカー部である。
 来月の中旬に予定されている東京イーグルスとの試合を控え、連日、夕方から夜の――深夜まで、とにかく、時間が許す限り練習に明け暮れる日々だ。
 最初、おはぎさんと二人だけだったのが、次にゴローさんが来てくれて、ヒロシさんが来てくれて――。全員とはいかないけど、今は、お笑い系の芸人さんたちは、ほとんど全員、練習に参加してくれる。
 俺の熱意が通じたのか?
 とも思うのだが、実際には、視聴率がかなり上向きだというのが大きいらしい。だって、俺が一人で熱く語った場面とか、キレて頭を丸刈りにした場面とか、ストーム全員で鏑谷プロの連中とサッカーの試合をやった――あの場面なんかも、妙に感動的に放送されて、で、それが受けちゃったんだから、いやはや、びっくりである。
 とにかく、世間の同情が一休さんになった俺にあつまってくれたようで、崖っぷちサッカー部にようやく風が吹いてきた!って感じなのだ。
 ただ、元プロの連中は、あれきりぱたっと来なくなった。
 今のままでは、間違いなく惨敗すると判っているだけに、なんとかしなければいけないとは思っているのだが……。
 そして、である。
 この、全員のクソ忙しさに加えて、ストームの全国コンサートツアーが決定!
……といっても、ハコは、キャパが五百人程度のライブハウスとか、大きくて地方の文化会館とかなのだが。
 が、それでも、もちろん、俺たち全員が、飛び上がって喜んだのは間違いない。
「実際、お客さんと近いハコって、すげー緊張感だし、すげー盛り上がるよ」
 と、将君と憂也も言っていたし、これは、でかいハコしか知らないストームには、結構な勉強になるのではないかと思う。
 そんなわけだから、全員がスケジュール調整に思いっきり難航した。「できんのかよ」と俺がいうと「できるんだよ」と将君に怒られた。
 どう考えても絶対無理だ、なんて思ってたけど、確かになんとかなるもんで、それは多分、将君の熱意と、真咲さんをはじめとするマネージャー陣の努力に負うところが大きかったんだろう。で、俺らもなんだかんだ言って、ライブは絶対にやりたかったから、スケジュール調整はもちろん、企画にも積極的に参加して、毎日、時間を見つけてはスタッフとの打ち合わせに顔を出している。
 そうそう、それから、今回いつもコンサートを作ってくれるスタッフの中に、将君の親友――浅葱悠介君が加わった。
 悠介君はバンド活動なんかも相当やってる人らしくて、小さいハウスのPAなんかは、お任せってくらいの腕前らしい。
 その悠介君が、午後からここに来る予定になっているのだが――。
 ちっちっちっ、と指を振る憂也に話を戻す。
「飢えてるっつーのは、そっちの方じゃないんだよね。将君もさー、俺みたいに雅君写真集で、マイセル」
「だーっ、言うな、喋るな、口開くな!」
 と、俺は慌てて、憂也の言葉を遮った。
 が、
「………俺も、りょうの写真集でマイセルフかな」
「ぐはっ」
「ぶほっ」
 背後で聞こえた将の呟きに、俺と聡君が、同時に吹き出す。
―――しょ、将君???
「……将君、」
 静かに顔を上げたのは、それまで黙ってソファに座っていたりょうだった。
 ドキッとした。この手のジョークを死ぬほど嫌うりょう、まさか将君相手に切れるのでは――
 が、
「本人目の前にいるのに、写真はないだろ」
「そういや、そうだな」
 って、りょう、そういう問題かよ、オイ!!
 そういや、そうだなって、将君まで……。
「や、やっぱ、あの二人はよく判んねーし」
 聡君が、こわごわと呟いた時だった。
 ピンポーン。
 俺は、救われた気持ちで玄関に走る。
 扉を開けると、そこに立っていたのは予想どおり悠介君だった。
 すらっとした痩身に公家風チックな雅な顔立ち。
 浅葱悠介君。
 裕福な家庭の御曹司は、ゆとりある育ちが、おっとりした顔にも立ち振る舞いにもにじみ出ている。
 が、……穏やかな顔には、いまひとつアク、というか、存在感みたいなものがなくて、よく――こんな言い方をしたら失礼だけど、よく、あの切れどころ満載の将君と親友なんかやってられるなーと、人事ながら心配してしまうのである。
「……将、いる?」
「あ、将君なら」
 俺がリビングの方を指差すと、何度もうちに来ている悠介君、ものも言わずに靴を脱ぎ、そのまま俺の横をすり抜けた。
―――え、つか、こんな無礼な人だったっけ、
 いつもは、さわやかに挨拶して、靴もきちんと揃えていく人なのに。
 首をひねりつつ、玄関を閉めた時だった。
 バキッ
「????」
 なんだか、ものすごく嫌な音がした。
 俺の記憶が確かなら、人が人を殴る音。
「しょっ、将君っ」
「ちょっ、ゆっ悠介君っ?」
「大丈夫かよ、オイ!」
 りょうと聡と憂也の声が入り混じる。なにがなんだか分からない。
 慌ててリビングに駆け戻る、まさかと思ったが、ソファの上、顔を押さえてうずくまっているのは俺たちのスーパーキング将だった。
「お前とはこれきりだ、将」
 拳を胸のあたりで構えたまま、悠介君は、冷たい声でそう言った。
 俺の視界に写る横顔は、別の人のように冷ややかだった。
「絶交だ、もう二度と連絡しないし、してこないでくれ」
 そのまま、きびすを返し、再び俺の横を通り過ぎていった悠介君。
―――つか……
 全員が、とりあえず唖然としている。
「ってー……」
 と、ようやく我に返ったように、将君が顔を上げる。
 その時には、すでに玄関の扉は閉まっていた。
 つか、将君が殴られた???
 姉さん(いないけど)、これは事件です!




この物語は全てフィクションです。実在の団体、個人に一切関係なく、
実団体、個人に対する作者の感情が、小説内にそのまま反映されているわけではありません。


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