12


「真白さーん」
 間延びした後輩の声を振り切って、真白は地下の講堂から、光さすキャンパスに出た。
 まだ空気は肌寒いが、季節は確実に春に向かっている。
 日差しの温もりとさわやかな薫風が、憂鬱だった気持ちを一時ふっと楽にしてくれた気がした。
「もう、真白さんったらぁ」
 背後から追ってくる声。
 真白は慌てて、駆け足になると、講堂の裏手に駆け込んだ。
 あれから、何かにつけて片瀬りょうの話を聞きたがる彩菜。
 一度弱みをみせたのは失敗だった。だんまりも限界で、上手く言いかわすのはさすがにもう難しい。それに、
―――もう、……考えたくないし。
 しばらくでいい、せめて、りょうの大阪公演が終わる日まで、片瀬りょうという存在そのものを忘れていたい。
 真白は時計を見た。午後の講義は休講、今から帰れば、一時半にはじまる柏葉将のドラマには間に合う時間だ。
 顔を上げた真白の隣を、5人連れの男子学生たちが笑いながら通り過ぎていった。
「……………」
 年も、背格好も同じくらいだ。多分。
 懐かしさと寂しさが、同時に真白の胸にこみ上げる。
―――ストームは、みんな……元気にしてるかな。
 柏葉将をはじめ、この春からにわかに忙しくなったストームは、今年に入ってからずっと、ユニットとしての活動を休止したままになっている。
 連絡が途絶えてしまえば、そもそも接点も何もない、遠い世界に住む人たち。
 今年の初め、ミカリさんや凪ちゃんと一緒に、彼ら5人と過ごした1日が、今となっては夢の中の出来事のようだ。
 あの時は、ひどく身近な、同級生のようだった彼らが、ブラウン管を通してみると、宇宙人よりも遠い存在に思えてしまう――
「あ、いたいた」
「おーい、末永さーん」
―――え?
 ひどく遠い、宇宙人みたいな――存在の人たちが。
「は……はい?」
 今、全然普通に、キャンパスのど真ん中で、手を振っているように見えるのは――目の錯覚なのだろうか。
 真白はごしごしと両目をこすった。いや――錯覚でも幻でもない。
「やー、元気だった?久し振り」
「なんか、痩せた?きれいになったよ、末永さん」
 思いっきり現実感の欠けた呑気さで駆け寄ってきたのは、2人。
 長袖シャツとジーンズ姿の、ミラクルマンセイバーと。
 皮製のジャケットとパンツ姿の、昼の連続ドラマ「嵐の十字架」の主人公だった。
「お、おい将君、りょうの彼女口説いてどうすんだよ」
「え?普通にあいさつしただけだけじゃん」
「将君の普通は、やばいんだって」
「そっかぁ?」
 いや、笑ってる場合じゃなくて。
 真白は、青ざめて周辺を見回してみる。
 ランチタイムのキャンパスは、食堂へ行く学生でごったがえしていたが、誰も―― 一人として、普段着のアイドルを振り返る者はいないようだった。
「大丈夫だって、将君はともかく、俺なんて自慢じゃないけど、道歩いてて一度も気づかれたことない人だから」
 東條聡が、真白の戸惑いに気づいたのか、笑いながらそう言った。
「けっこうわかんないもんなんだよ、マジな話」
 そういって、柏葉将もキャップを被る。
「テレビ出る時は、ドーランとかメイクとか……アイラインとかね、笑えるけど結構顔作ってるから。普段はひでーよ、肌なんて、相当荒れてるだろ」
 荒れている――と言えるほど、酷いとは思えなかったが、確かに、全体的に疲れているのはよく判った。柏葉将にしても、東條聡にしても。
「ドラマ、観てるよ」
「ぶっ、マジかよ」
 歩きながらそう切り出すと、柏葉将が、クールな横顔を思いっきり崩して眉を上げた。
「面白いよ、はまってる」
「将君、かっこいいだろ」
 即座に、東條聡が相槌を入れる。
「意外に似合ってるからビックリした。顔は現代っぽいのに、着物着ると、マジで昔の人みたいなんだもん」
 真白が続けると、将は、困惑したように髪をかきあげる。
「末永さんには、あんま見て欲しくねぇなぁ」
「なんで?」
「結構エロい役なんだよ、これが」
「あはは、じゃあ、しっかりビデオに撮っとくよ」
 何か飲もうよ、と東條聡が言ったので――さすがに喫茶店に入る勇気はなかったので、三人は、自販機の前で足をとめた。
「何がいい?」
「俺、コーラ」
「ばーか、なんで俺が東條に奢らなきゃなんねぇんだよ」
 真白に缶ジュースを手渡してから、柏葉将は、傍の鉄柵に背を預けた。
 見下ろされる視線が優しい。少し戸惑って、思わずそらしてしまっていた。
「さっきさ、りょうに会ってきたんだ、俺ら」
「…………へぇ…」
 真白は、自分の笑顔が強張るのを感じた。
「意外に元気そうだったよな」
「てゆっか、元気すぎて拍子抜けした。なんか厳しい稽古でバテてるって聞いたから、わざわざ東京から応援にきたのに」
「で、これ」
 将が差し出した封筒を、真白は黙って受け取った。
「初日のチケットだってさ、すごいよー、最前列」
「公演終わるまで連絡できないから、渡しといてくれって」
「どう思う?あいつさー、俺らには後ろの席しか用意してねーのよ、どうなのよ、この待遇の差は」
「すでに愛され度が違うんだよ、将君、完璧負けてっじゃん」
 2人が、楽しそうに会話している。
 その声が、何故かひどく遠くで聞こえる。
 真白も笑っていた。少なくとも、笑えているつもりだった、ごく普通に。
「東條、悪いんだけど」
 日が少しだけ翳る。
 将がそう切り出したは、周辺にほとんど人影がいなくなってからだった。
「ちょっと、事務所に連絡入れてくんねーか、俺、携帯忘れたんだ、夜のスケジュール、もっかい確認しときたいし」
「え?……あ、ああ」
 一瞬、いぶかしげな顔をしたものの、聡はすぐに、携帯を片手に持ち、真白と将の傍を離れていった。
「……………」
「……………」
 多分、見抜かれてるんだろう。
 そんな気がしたから、真白は顔を上げられなかった。
「………絶対、来てくれって言ってたよ、りょう」
「……………」
「なんかしんねーけど、妙な自信つけてたから。多分、……今までにない手ごたえ感じてんじゃねぇかな、今回の舞台で」
「…………」
「……行ってやって、俺らのしてることは特殊だけど、仕事であって恋愛じゃないから」
 わかってる。
 真白は、微笑して頷いた。
 でも、普通の人だったら、仕事でキスやセックスはしないだろう。
 普通の人と――恋愛をしていたなら。
 こんな思いをすることはなかったはずだ――。
「さっき、……俺、末永さんには見てほしくねーって言ったけど、ドラマ」
 2人の前を、手をつないだカップルが楽しそうに通り過ぎていった。
「いいカッコしてるとこだけ見て欲しい女にはそうなんだけど、……マジで惚れてる女には別なんだ」
「……………」
 どこか遠くを見ている柏葉将の目が、笑っているようでひどく真剣だったから、真白はそれが、ただの例えではないと気がついた。
「ぜってーに観てほしい、つか、観てみやがれって感じかな、俺、結構必死だからさ、多分りょうも」
「…………」
「行こうぜ、末永さん」
 将はふいに明るい笑顔になると、ひょい、と近寄ってきて、真白の顔をのぞきこんだ。
「俺が一緒に行ってやろうか、たまには、りょうに嫉妬されんのも悪くねーだろ」
「もう……」
 自然に笑ってしまっていた。多分、半分泣き笑い。
「将君、まじーよ、6時から将君、ラジオ入ってんじゃん」
 東條聡が慌てて戻ってくる。真白は目の端に滲んだ涙を拭って顔を上げた。その時だった。
「あーっっっっ」
 背後で響く、ものすごい声。
 真白もそうだが、傍に立つ柏葉将も、戻ってきた東條聡も、びっくりして振り返る。
「も、も、も、もしかして、スト、」
 口をぱくぱくしている彩菜に向かい、ばっと手を上げたのは柏葉将だった。
「こんにちはー、俺、マサヒロ、ストームの柏葉に似てるってよく言われまーす」
「お、俺、ツヨシ、えー……ストームの東條……って知ってる?知ってるよね、東條に似てるってよく言われまーす」
「……………」
 沈黙。
 最初に吹き出したのは真白で、将と聡が同時に笑い出した。
 いいや、もう。なんだかもうどうでもいい。
 今まで散々悩んだ分だけ、涙がでるほどおかしくてたまらない。
「真白さん………」
 どこか気の抜けた声でそう言ったのは、一人呆けた顔をしていた彩菜だった。
「今度は、……一体どうやって誤魔化すつもりなんですか」



                  13



 まるで映画館のような劇場だった。
 狭い――それから、客席とステージの距離が、すこし怖くなるほど近い。
 ほの暗い照明が二筋、まるで夏の夜の街燈のような頼りなさでステージの右と左、二つの壇上に鎮座している黒い棺を照らし出している。
 開演十分前、客席はまだざわめいていた。
「このパンフの片瀬、超いいよ、見て見て」
「やばいよ、マジかっこいい」
 背後の席から女の子たちの声が聞こえる。
 客席は、前列のいくつかをのぞけば、殆ど女性で占められていた。
 明らかに学生風の女の子から、かなり年配の女性まで、華やかな色彩が一階から二階座席まで溢れている。
「生でりょう見るの、久し振りだからドキドキせぇへん?」
「あー、なんかうち、もう緊張して泣きそうなんやけど」
 そう言って目元を押さえているのは、右隣のOL風の女性である。
「なんかむかつきません?」
 真白の耳元で、ふいにそう囁いたのは、左席に座る彩菜だった。
「いくらドキドキしたって無駄だって、大声であのブスに言ってやりたい」
「………彩菜、」
 真白は肘で、後輩の腕をつつく。
「だーってぇ、真白さんが彼女じゃないですかぁ、なのになんか、みんな自分のものみたいに」
 彩菜は唇を尖らせている。
 りょうにもらった最前列の席は二枚あった。
 今日は、この会場のどこかに、ストームの柏葉将と東條聡も来ているはずだ。
 成瀬雅之と綺堂憂也は、楽日のチケットをもらっているという。
「にしても、ほーんと、女の人ばっかりですね、なんか昔行った、宝塚のノリみたい」
 アイドル関連のイベント初参加の彩菜には、この席の価値が、まるでわかっていないようだった。
「みんなすっごく着飾ってるけど、ちょっとどこか、世間とズレちゃってんですよねぇ、ぷっちゃけ、こんな奴らにきゃーきゃー騒がれても、アイドルの人たちって嬉しくもなんともないんじゃないですか?」
「嬉しいって言ってたわよ」
 真白は、買ったきり、まだ開けないままのパンフレットを見つめながら言った。
「コンサートとかで、女の子たちが、一生懸命おしゃれしてる姿みると、すごく愛しくなるんだって」
(―――俺らも、ありがとうとか、愛してるとか叫ぶけど、あれ、その時はかなりマジなんだよね)
(――そうそう、なんていうかなぁ、俺らも彼女たちからもらってんだ、何かさ、とてつもないすごいものを)
(だからだよね、ホント、会場に来てるお客さんが、目茶苦茶可愛いし、愛しく思えんのよ、俺)
 あれは、今年になったばかりの日。
 成瀬雅之の部屋で、ストームの5人と、真白と――それから冗談社のミカリさん、成瀬君の彼女の流川凪、8人で過ごした時のことだった。
 今年、ストームがやりたいことは何、と切り出したミカリに、全員が同じ答えを返した。
(コンサート)
 そこから派生した話だったと思う。彼らがファンに向けて発する言葉が、どこまで本音でどこまでサービストークなのか……そんな話題。
(じゃあさ、彼女とファン、基本的にはどっちが大切なの?)
 ミカリは笑いながら、さらにそう聞いた。
 即座に「ファン」と答えたのは、意外にも綺堂憂也だった。
(だって俺、それでメシ食ってるもん)
(俺は、特定の彼女作らない主義だしな)
 と、なんでもない風に言ったのは柏葉将。
(い、いやぁ、び、びみょーな、し、質問だよなっ)
 と、隣に座っている恋人を必要以上に意識していたのは成瀬雅之で。
(比べられないよ、どっちも大切、大事にしてる)
 と、これまた必要以上に気負っていったのは、東條聡だった。
 りょうは――
 開演、五分前のベルがなる。
 真白ははっとして、身体を思わず強張らせていた。
「片瀬君、真白さん見たらウインクくらいしてくれますかね」
 居住まいを正しながら、彩菜は嬉しそうにはしゃいでいる。
 するわけない。
 多分――視線さえ、あわせてくれはしないだろう。
(ストームの片瀬りょうやってる時は、ファンだね)
 誰よりも長く考えた後、りょうは淡々とした声でそう言った。
(片瀬澪の時は、この人だけど)
 そこでりょうが肩を抱いてくれたので、全員のひやかしと共に、その話題は打ち切りとなった。
 楽しい時間だった。でも――わけのわからない寂しさだけが、一人、島根に戻る真白の胸に広がっていた。
 何故だろう。あんなに楽しくて、夢みたいに幸せな時間だったのに。
 なのに下りの新幹線の中で、真白は、いっそ、今までのことが全部夢だったらよかったのに、とさえ思っていた。全部――過ぎていく景色のように、二度と戻らないものであればいいと。
「目覚めよ」
 低い声が、スピーカーを通じ、静まり返ったホールに響いた。
 真白ははっとして顔を上げた。
 すでに非常灯が消えている。暗黒の空間。舞台はもう、はじまっているのである。
「目覚めよ、無垢なふたつの魂よ、目覚めよ、深き眠りの淵から出でよ、この地上での時間はもう全て終わったのだ」
 重厚な鐘の音。
 陰鬱な夜に、白い霧がたちこめていく。
 再び照明が、ステージの壇上、二つの棺を照らし出した。
 右側の棺が、軋んだ音を立てて、ゆっくりと開く。
 黒のベールに身を包んだ人間が、その中から這い出るように起き上がった。
 固唾を呑んでいた客席が、一斉に息を引くのがわかった。
 おそらく、全員がその登場を待っていた――片瀬りょう。
 死の床から出て、ゆらりと無表情に顔をあげた男は、ふと全ての動きを止めた。
 そして、
「俺の眠りをさまたげるものは誰だ!!」
 怒り。
 いきなり、激しい感情の爆発と共に、静から動へ切り替わる。
 その獰猛さに、真白は思わず両手で唇を覆っていた。
「お前か、運命、何度俺を蘇らせれば気が済む、何度俺を苦しめれば気がすむ、俺はもう、この永遠の褥から二度と出ようとは思わない、二度と地上で生きたいとは思わない、去れ、消えうせろ、ハイエナのような死神め!俺の前から永遠に!」
「何を恐れる、何をおびえる」
 声は、闇の中から響くだけ。
「おびえるだと、恐れるだと?俺が何故?幾多の戦いに勇敢に飛び込み、命さえいとわなかった俺が、何故!」
―――本当に……りょう……?
 最前列。
 真白とりょうの距離は、ほとんど一メートルにも満たなかった。
 額に一筋だけ零れた前髪、爪の形まではっきり見える。でもそこに立つのは、片瀬澪でも片瀬りょうでもない。
 まるで手負いの獣のような、原始の感情の塊のような――存在感。
 が、男の激情は、もうひとつの棺から、黒のベールを被った女が出てきた途端、打ちのめされたような絶望に変わった。
「殺し殺される者たちよ、その螺旋は何万年も過去から続き、そして未来永劫続いていく。その鎖から解き放たれることなどないのだ、永遠に」
 雷鳴と共に、闇が薄れ、そこに灰色の空間がにじみ出てくる。
 「臨界ラビッシュ」の作品は、難解なものが多いと聞いていたが、「W/M」もまた、想像以上にわかりづらいものだった。
 黒のベールをまとった男と女は、棺の前から一歩も動こうとしない。
 2人の激しいセリフの応酬だけが、聞き取れないほどの早口で続いていく。
「何故憎む」
「愛しているからよ」
「何故殺す」
「愛しているからよ」
 綺麗な女の人だった。
 りょうに、顔だちが少しだけ似ている。冷たい、人形のような美形顔。
 同じ衣装を着て、似たようなメイクをしているせいなのかもしれない。時々、どちらが男で、どちらが女か判らなくなる。
「何故許すの」
「愛しているから」
「でも殺すのね」
「………愛しているから」
 顔を覆って膝をつく。りょうの目から、本当に涙が溢れ、それが指から手の甲に滴った。
「許してくれ……俺をもう、解放してくれ……」
 肩を震わせているりょう。その髪の先まで、すでに汗の雫で濡れていた。
 すでに一時間近く、ほとんど絶え間なく続く洪水のようなセリフと、躁鬱の差が激しい異常なまでのハイテンションな演技。
 男と女の過去は、彼らに「前世の人格」が憑依する、といった形で明らかにされていく。
 その人格は、様々だ。
 滑稽だったり、怒りっぽかったり、厳格だったり、悲観的だったり。
 それを全部、表現する。衣装さえ変えず、セリフと、そして表情だけで。
 一生懸命演じているのは判る。が、経験値があまりにも少ないりょうには、努力では補いきれない限界があるのだろう。時々、見ている方が混乱するし、素人目にも、人格の変化が上手く表現できていない部分があった。
 セリフの言い回しも上手だとは言えない。女の方は明瞭だが、りょうのそれは、時折かすれ、語尾が飛んでいたりもする。
―――りょう……
 それを聞くだけでも、真白の胸は苦しいくらい痛んでいた。
 自然に両手を、胸の前で握りあわせる。
 必死なりょうを見ているだけで、切なくなって、――もう、冷静に観ていられない。
「さぁ、時間だ、無垢な二つの魂よ」
 運命の声が導く。
 転生を拒む男と女は、死の棺から、まだ一歩も動こうとしない。
 生まれ変われば、また憎みあい、どちらかがどちらかを殺す運命から逃れられないからだ。
「お前たちの地上での時間は終わったのだ、さぁ、来るのだ、私の中へ、戻ってこい、全てが無にかえってしまう前に」
 迷うように、男が女を見て、女もまた、男を見る。
 殺しあうか、二度と、永遠に互いを失うか。



                 14



 二十分の休憩を挟んだ舞台後半。
「意味わかる?」
「全然、でも片瀬かっこいいから、ええわ、それで」
「なんか、観てて可哀想、最後まで体力持つのかな」
 そんな囁きの中、二幕目が始まった。
 棺の代わりに出てきたのは、才能溢れる美貌の歌手と、いくつも年下の若い夫だった。
 戦争か終わったばかりの貧しい街に、都会から2人が流れ着いてくるところから「W/M」の第二部は始まる。
 前半、棺から出てきた男と女が、今は夫婦になっている。
 が、この場面が、2人の転生した後のものなのか、それとも過去のワンシーンなのか、なんら説明がないままに物語は悲劇的な結末に向かって進んでいく。
 貧困と欲望、感情のすれ違い。そして真実の全てを盲目にしていく嫉妬。
「あなた一人を愛しているわ、その証をたてる必要が、これ以上に確かなものが、この世にあるなら言ってちょうだい!」
「これが証というのなら、お前は一体何人と、その誓いを交わしたんだ、妻よ!」
 逃げようとする女を引き寄せ、キス。
 覚悟はしていたが、現実に――本当に唇をあわせている恋人の姿を、ものの数メートル前で見るのは、想像以上にショックだった。
 無論、キスシーンは形だけではない。
 互いの唇を開いて、まるで貪りあうように、長い、長い、情熱的なキスが続く。
「………………」
 判っている。
 これは、演技で、決して本気でやってるわけじゃなくて、
「これ以上確かなものが、この世にあるなら言ってちょうだい」
「なければどんなにいいだろうか」
「愛しているわ」
「俺も……」
 見えているのは、もう自分の膝だけだった。
 本気じゃない。
 いくら、その目が、私意外の誰にも向けられないと、信じていたものであったとしても。
 本気じゃない。
 これは、りょうにとって、仕事だから――。


 
 














       
                              
                    



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