灰色の曇天。

沖から吹く生ぬるい風が、海面を撫でている。
潮騒が泣いている。

「ねぇ」
 ずっと砂遊びをしていた少年は、傍らの母親の手を引いた。
「あそこにいるお兄ちゃんたち、なんかへんだよ」
 ようやく伝い歩きを始めた妹を遊ばせていた母は、訝しげに目を上げる。
「へんって、どうして?」
「女の人が動かないの、まるで死んでるみたいなの」
「怖いこと言わないの」
 見あげた母親の目が苦笑している。そして、砂浜にシートを引いている父親に視線を向ける。
「ちょっと場所が悪いみたい、向こうの方に行きましょうか」
「そうだな」
 それまでの会話を聞いていたのか、父親も苦笑いしている。
「まったく、最近の若い奴は」
 男の人と女の人が抱き合って座っているから、父親がそんなことを言うんだろう。それは判ったが、少年にその景色は、そんな、不謹慎なものには見えなかった。
 むしろ、綺麗で――藍と灰の溶け合う景色の中、まるで、昔母親につれられて観た、教会の聖画を見ているような気がする。
―――でも、動かないんだ。
 母親に強く手を引かれながら、少年は未練のように振り返った。
 どこかで海鳥が泣いている。
 永遠のような波の囁き。
 見えていたのは、膝を抱えて座っている男の背中と、その腕に抱き支えられ、肩に頭を預けている女の後ろ姿だった。
 風にたなびく白いシャツ、黒い髪。青い稜線の中の、そこだけが暗く沈んだモノクロの色彩。
 男の手が、ずっと、女の髪を撫でている。
 ずっと同じ姿勢で、時折髪が風で揺れるほか、微塵も動かない女の髪を。
「しんちゃん、いつまでも見てないの」
「だって」
 その時、わずかに男の人の横顔が動いた。
 多分、背後の家族連れが移動する気配に、気づいたのだろう。
 母親の手を振りきり、少年は足を止める。
 男なのに、きれいな人だ。
 少し前に、テレビで観たような顔のお兄ちゃんだ。
 そして思う。
 ああ、やっぱり、女の人は死んでるんだ。
 だって、あのお兄ちゃん、大人なのに、あんなにいっぱい泣いてるから――





















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