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「すいません、質問は番組のことだけに限らせてもらいます」
 フラッシュが、まるで凶器のようだった。
 何か言おうとした将の前に、エフテレビのスタッフが立ちふさがる。
「あの、記事のことですけど」
 傍らに立つ雅之が、肉声で何かを叫ぼうとした。
「申し訳ありません、これで会見は打ち切らせていただきます」
 あっと言う間にその前にも、複数のスタッフが立ちふさがる。
 エフテレビで7月に予定されている特別番組の製作記者発表。
 メイン司会にキャスティングされた柏葉将と成瀬雅之が、その会見に出るとあって、会見開始前から、押し寄せたマスコミの数は尋常ではなかった。
「ちょっと、無責任じゃないですか」
「善意の寄付をした全国の人が、あきれ返ってますよね、今回のことは」
「病室がホテル代わりだったというのは本当の話なんですか」
 ゲリラ的に投げられる質問の刃。
「この件に関しましては、うちの成瀬は被害者です!」
 成瀬のマネージャー逢坂慎吾が、たまりかねたようにマイクを持った。
「当社は現在、相手方女性に対する訴訟を検討しております。成瀬から、この件に関し、申し上げることは一切ございません!」
 再び場内が騒然とする。
「最近、2人が会っていたという写真が出ましたよね」
「では、関係があったことは認めるんですね」
 その光は。
 スタッフに背を押されるようにして壇上を降りた将は、再度、瞬かれるフラッシュに目から目を背けた。
 その光は、ほんの数日前まで、むしろ暖かく5人を照らし出していた。
 今は、まるで、この世界から追い立てるような冷酷さと残忍さで、5人に叩きつけられている。
 将の傍を、うつむいた雅之が足早に通り過ぎていく。
 その唇は震え、歯軋りさえ聞こえてきそうな慙愧の横顔が、今の雅之の心情を何より雄弁に物語っていた。
「今回、無断で質問を飛ばした記者をリストアップして、事務所の方に至急送ってください」
 控え室。
 血相を変えた逢坂真吾が、エフテレビのスタッフに指示している。
 将もよく知っている、若手では筆頭の敏腕マネージャーは、天下のJ&M相手に投げられたあまりに無礼な質問の数々に、心底立腹しているようだった。
「こんな馬鹿げた騒ぎは放っておけばいい、成瀬君、一部の週刊誌の輩が騒いでいるだけだ」
 その逢坂に声をかけられても、椅子に座る雅之はものも言わず、ただ拳を震わせている。
「あいつら、次回からは出入り禁止だ、うちを甘く見るなよ」
 苛立たしげに呟いた逢坂が、控え室を急ぎ足で出て行く。
 将もまた、次の仕事のため、移動しなければならなかった。
―――そんな対応で、この騒ぎが収まるんだろうか。
 うつむいたきり、動かない雅之を横目で見て、将はその部屋を後にした。
 今まで、幾多のスキャンダルに見舞われたJ&M。
 どんな場合でも、所属タレントが、ここまでひどい取材攻勢にさらされることはなかった気がする。
 会見場に控えている藤堂戒、また美波涼二の一睨みで、マスコミは黙り、そして礼節とルールを守った記者会見が滞りなく行なわれていた。
―――あのおっさんの、言うとおりか。
 数日前、銀座の高級料亭で、差し向かいで話した相手。
 おそらく、日本芸能界という世界の頂点に立つ男、真田孔明。
(……力で無理を通してきた者はね、力を失った途端、急速に失速するものだよ、柏葉君)
(……今のJ&Mは、まさにその只中にある。かつて唐沢君が、マスコミを力でもって支配しようとしたツケが、今、君たちに、刃となって返ってきているのだ)
 今日、将も、はっきりと実感できたし、認めざるを得なかった。
 明らかに、J&Mの、マスコミへの影響力が薄れ始めている。
「……柏葉君、この前の話だけどね」
 車に乗り込んだ途端、マネージャーの丸子が、意味ありげに囁いてきた。
「即答するのは、ちょっとどうかと思うんだけど、……もう少し考えても」
「……………」
 将は無言で、運転席の太りじしの男をにらむ。
「真田会長からも、もう一度連絡欲しいって言われてるし、考えてみても、いいんじゃないかな、と」
 こいつは、もう東邦と通じてるな。
 で、俺を連れて一緒に移籍するつもりか、あの会社に。
「俺の気持ちは、あの場ではっきり言いましたから」
「………唐沢社長は、もう、君らを、ユニットとして使う気は、ないよ」
 将の機嫌が悪いことを察したのか、気を使うような反論が返ってくる。
「片瀬君は当面使い物にならないし、東條君の評価は下がりっぱなし、成瀬君も、……この調子だと」
「俺らは物じゃないですよ」
 強い口調で言い返していた。 
「と、とにかく、綺堂君と柏葉君には、ソロで行かせるっていうのが、これからの方針みたいだから。ユニットでいくと、君らまで悪いイメージがついちゃうじゃない」
「………………」
「東邦から、違約金こみで引き抜かれるなんて、すごいことだよ、柏葉君、アイドルなんて辞められるし、本格シンガーとしてデビューできるなんて、ほんと、すごいことだと思うよ、僕は」
 将は無言で目をすがめる。
 移籍の件なら、あの場で即答したはずなのに、まだ期待を持たれているということなのか。
「断ってください、まだ何か含みを持たせてるなら、今すぐに」
「いや、それは」
「でないと、俺、あんたがやってること、うちの事務所に全部話しますけど」
「……………」
(……この騒ぎを収集する力は、残念だが、今のJ&Mにはないよ、柏葉君)
(……いつの時代でも、マスコミは大衆が喜ぶニュースを探しているんだ、そして今、彼らはそれを見つけた、それが君らだよ、ストームだ)
(……国民的ヒーローとして一躍名をあげた成瀬君、東條君。音楽業界のタブーを破り、一気にスターダムにのし上がった奇蹟のヒーロー、ストーム。人というのは不思議なものだ、天の高みにいた君らが、翼をもがれ地に落ちていくショーを、君らを応援した者と同じ者たちが、同じレベルで待ち望んでいるんだからね)
「そこまで言うなら、断るけど」
 さすがに将の言葉に、丸子は不機嫌になったようだった。
「知らないよ、どうなっても」
「………………」
(……すでに大衆が、バッシングの波に乗っている。これ以上騒ぎが続けば、今、波にさらされている片瀬君、東條君にとっては、タレント人生にも関わる致命傷になりかねない、早急に手を打つ必要がある、そうは思わないかね)
(……力だ、力だよ、柏葉君、この世界は力が全てだ。私なら君と、君の仲間たちを救ってあげることができる)
「…………………」
(……この世界は、力が全てなのだ、柏葉君)
 そんなもの、信じない。
 ストームは、大丈夫だ、5人なら。
 そう思おうとして、それが、儚く揺らいでいく。
 今日の雅之に、将は何も、言葉をかけることができなかった。
 雅之が何を考えているか百も承知で、何も、言葉をかけてやることができなかった。
―――どうすりゃいいんだ、俺……。
 車の窓を、雨音が叩く音がする。
 将は、目を閉じたまま、自分を支えていた何かが、ゆっくりと崩れていくのを感じていた。
 


                 22


「断ってきたか」
 ふん……、と呟き、真田孔明は回転椅子を窓の外に向ける。
 ずっと空梅雨が続いていた東京の空に、昨夜から雨が降りはじめた。
 陰鬱な雨音が、締め切られた室内にまで響くような気がする。
 東京赤坂。
 東邦EMGプロダクション本社ビル。
「いずれにしても、次に出る記事で、ストームはもう終りでしょうな」
 その雨よりもさらに憂鬱な声で呟いたのは、真田の前に立つモンスター、こと耳塚恭一郎だった。
「片瀬りょうの元恋人の暴露記事、随分きわどい写真もある、まぁ、ここまでやれば、当分片瀬りょうは表舞台に出てこないでしょう」
「ストームが潰れても、柏葉将がこちらに来なければ、なんの意味もない」
 顎に指を当てながら真田が呟くと、モンスターの薄い唇から、あるかなきかの嘆息が漏れた。
「それは、本来の目的とは違いますよ」
 耳塚は呟き、真田を非難するような眼差しで見下ろした。
「彼のどこに、あなたがそうも拘るのか、私にはさっぱり判りませんな」
「静馬の息子だ、他に何がいる」
「あなたを最後まで拒絶した男ですよ」
「だからこそ、だ」
「坊ちゃんのわがままにも困ったものだな」
 真田は、上目遣いに男を睨む。
 さほど表情を変えないまま、耳塚は静かに目礼し、自身の非礼を詫びたようだった。
「問題は、柏葉将よりも、むしろJ&Mの方ではないかと思いますがね」
「持ち直したか」
「全ての主要ブレインを失ったにも関わらず、意外にしぶとい。ストームを切り捨てての立て直しも、どうやら軌道にのって来たようです」
「………………」
 ゲーム業界では、世界トップのシェアを誇るニンセンドー、そしてエフテレビがしっかりバックについている。今回の役員人事では、その二社から新たに取締役を引き入れた。
 真田にしても驚いたが、業界中が、J&Mの変化には目を見張ったはずだ。
「……あの二社を、とにかく引き離さなければ、話にならないな」
「手の打ちようによっては、簡単かと」
 無表情の耳塚は、淡々と言うと、傍のソファに腰を下ろした。
「エフのウィークポイントは、ただひとつ、常に二十パーセント台を誇る看板番組アイラブギャラクシーです。現在、ギャラクシー全員が持つ唯一の番組。それがあるから、J&Mとは絶対に手が切れない」
「判っている」
「そして、ニンセンドーは、むしろ諸刃の剣かと」
 真田は頷き、手元のシガーに火をつける。
「真咲しずくの思惑ひとつということか」
「……いえ、御影社長は、女に影響されるようなロマンチストではないという意味で」
「ふん、」
「今日、当社が保有しているJ&М株について、ニンセンドーから買い入れの打診があったのはご存知ですかな」
 ようやく部下の真意を理解し、真田は軽く眉をあげた。
 なるほど。
 そういうことか。
「これではっきりしましたな。彼の真意は、いずれ、J&Mを完全に吸収し、傘下に入れることでしょう」
「………………」 
 真田にしても、それは予想しないでもなかった。
 御影亮は、業界でも有名な、トップスキルを誇る経営者である。
 その手法は、ドライでそして、合理的。情に流されて経営指針を決めることなど、まず彼の性格からして有り得ないと、真田も踏んでいる。
「真咲しずく氏は、御影氏を取り込んだつもりで、自身が取り込まれたのかもしれませんな」
「真咲の小娘は、今も、J&Mの筆頭株主だったか」
「いえ、美波君と藤堂君が、自身の株式を全て、退社時に唐沢直人に売却している。ただし、依然上位株主であることは間違いないでしょう」
「……………」
 真田も報告を聞いている。それが、彼らが、社を裏切る形での辞職の、唯一の条件だった。
 となると、今、J&Мの筆頭株主は、名実共に唐沢直人である可能性が強い。
「仮に、真咲氏が所有する全株を、配偶者である御影氏が引き継げば、従来持ち株によっては、ニンセンドーが筆頭株主に成りえることも、十分考えられます」
「………………」
 それが50パーセントに達すれば、会社の実権はほぼ、ニンセンドーにものになる。
「……今更、漁夫の利をニンセンドーに渡す、か」
 さすがに真田は眉を寄せる。
 しかし、耳塚の表情は普段通りだった。
「真咲氏と唐沢氏の持ち株はほぼ互角、どちらも取り込めない以上、この買収劇に東邦が割ってはいるのは、得策とは思えませんな、少なくとも年内にカタはつかない、泥沼の膠着状況に陥るだけでしょう」
「それは判っている」
「その数年で、Jはおそらく持ち直すでしょう。となると、当初の計画を、大幅に修繕せざるを得ない」
「…………」
 無言で真田は目をすがめる。
 何年も手間をかけて、今日まで待ってきたものを、今さら、か。
 小娘だとたかを括っていたが、その程度には、真咲しずくの手腕は、見事だったというわけだ。
「お前が以前言っていたやり方か」
「その通りです」
「……悪くはない、が」
「むしろ、悪役はニンセンドーに任せて、私たちは、さしづめ、白馬の騎士といった役どころで入ればいいかと」
「……………」
 真田は椅子を回し、再び耳塚に向き直った。
「で、どう動くつもりだ、お前は」
「まずは、エフに手を引かせます」
「ターゲットは緋川か」
「両方ですな、柏葉と緋川」
「…………」
 どうやって、とは真田は聞かない。指示をすれば教唆になる。それは、耳塚もわきまえている。
「エフが手を引けば、Jの株は暴落する。おそらくニンセンドーはその機を逃しますまい、一気に株の買占めに走り、そのまま最大株主になる」
「………悪くない筋書きだ」
「当然、タレントは反発する、いや、させる。それを上手くまとめ、新会社に移籍させるのは、美波君の手法にお任せしましょう」
「……………」
 そう上手く、動くものか。
 真田はわずかに眉を寄せる。
 キーマンは、ニンセンドー、いや、やはり真咲しずくか。
 あの女が、もし、自ら選んだ配偶者の動きに反発したら。
「私の調査では」
 もう何十年も真田の傍にいる男は、その表情から、ボスの思惑を読み取るのが上手い。
「真咲しずく氏の持ち株は、ほぼ間違いなく、御影氏のものになるとみていいと思います」
「どういう意味だ」
「彼は、骨の髄までビジネスマンだという意味ですよ」
 モンスターは薄く笑った。
「だからこそ、御影氏は、真咲氏と結婚することにしたのでしょうな」












 ※この物語は全てフィクションです。



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