6


「よう、アイドルラッパー」 
 RENはそう呟くと、テーブルのサングラスを取り上げた。
 嫌味なのか好意なのか、まるでわからない無表情な眼差しを、闇色のグラスで覆う。
「SHIZUMAの息子か」
 シズマ。
 将は、足元が沈むような感覚と共に、その名前を胸に刻みこんだ。
 多分、初めて意識して耳にした父親の名前。
 シズマ。
 芸名だろうけど、本名だったらどう書くんだろう。
 なんにしてもすげーセンス。まるで、犬神家の一族みてーな名前じゃん。
 イメージ的には、湖の中から突き出る二本の足しか浮かばない。
 が、それは、将自身が、ここ数日の内に知った、あるアーティストの名前でもあった。
 ハリケーンズのSHIZUMA。
 マスコミで囁かれている、「君がいる世界」の楽曲提供者候補の1人。
 週刊誌の片隅、写真も何もなく、「不世出の天才シンガーだったが、所属事務所とトラブルを起こして引退」としかそこには記されていなかった。
 ハリケーンズのSHIZUMA。
 RENは、のっそりと巨体をもたげるようにして立ち上がる。
 間近で見るRENの迫力は格別だった。
 なにもかもでかい。人間がでかすぎるから、どんな広い部屋も狭く見える。背もそうだが、首も肩も、指の一本一本までも。
 もそもそとした声は、「君がいる世界」を歌っていた時の、力強い高音の声の持ち主とは別人のようだ。
 将を見つめる目――それはサングラスで覆われているが、唇に、わずかだが猜疑の色がある。どういう理由か知らないが、ここにいるRENに、今自分は、値踏みされているのだと、――将は、微妙に不愉快な気分で理解した。
「……その人こと、俺は全く知らないんで」
 将は、自身で口火を切った。
 不思議だった。ここまで来て、自分が一体何を知りたくて、何が聞きたかったのか、まるでわからなくなっている。
 そいつは、あの女の初恋の相手で。
 多分、今でも好きな男で。
 多分――俺なんて、足元にも及ばないくらい、すげー男で。
 許せなかったのは、一言の説明もないままに、その男の作った歌を、何も知らずに歌わされていたということで。
 父親としてのそいつのことが、知りたかったわけじゃない。
 奇蹟。
 正直言えば、脳髄がしびれるほど、興奮した。
 これだ、と思った。これが俺が欲しかった曲なのだと、欲しくて欲しくて夢にまでみた、ストームで歌いたかった曲なのだと。
 そして同時に嫉妬もした、自分が目指していて、そして決していきつくことができない世界。
 奇蹟も、君がいる世界も、その世界にごく当たり前に住む男が、天の高みから投げ与えてくれた曲だ。
 多分RENも、その世界の住人の一人。
 将は、ようやく冷静さを取り戻して居住まいを正した。
「今日は、一言お礼が言いたくて寄らせていただきました」
 RENは、無言のまま、わずかに厚みのある肩をすくめる。そして再びソファに背を預けた。
「いい曲を……ありがとうございました」
「…………」
「真咲からあなたの名前は、随分前に聞いていたのですが、お礼を言うのが遅くなりました、すいません」
 返事がない。
 ようやく将は、RENの表情が冷え切っているのに気がついた。
 沈黙。
 台所とおばしき方向から、場違いに陽気な鼻歌だけが響いてくる。
「帰れ」
 ふいに、分厚い唇がそう言った。
 吐き棄てるような声だった。
 RENの怒りの意味が判らず、将は少し驚いて眉を寄せる。
 最初に将を出迎えた男が、トレーにティーセットを乗せて戻ってくる。
 すぐに、その場の空気を察したのか、大げさに肩をあげ、ソーリーと、将に微笑みかけた。
「REN!」
 そして男は、早口でRENに話しかける。RENもまた、それに答える。
 相当ネイティブなイングリッシュ。
 一部は聞き取れなかったが、将にも、その会話の内容は理解できた。
「RENさんにとって、歌ってなんなんですか」
 上着を掴んで立ち上がったRENに、将は、切り込むように聞いていた。
 RENに、これ以上将と話す気がさらさらなく、それどころか、今、この部屋を出て行こうとしていることは、先ほどの会話から察している。
 理由も、理解したつもりだった。
「親父のことと、俺の歌のことは、関係ないと思いますけど」
 甘ったれ、期待外れ、そんな意味の単語が聞きとれた。
 将が、一番腹に据えかねのたのは、こいつはSHIZUMAのできそこないだ、こんなガキに本当の歌なんて歌えない、そんな意味の発言だった。
 意味はよく判らないが、多分、将が、まだ一度も会ったことのない父親と比べられ、そして格下だと値踏みされたような――そんな気がする。
 SHIZUMAという男が、優れた天才であることは間違いない。
 が、それと、将自身が歌う歌と、一体何の関係があるというんだろう。
「………………」
 ひるまずに見上げていると、RENは無表情のまま、少しずれたサングラスを目元まで持ち上げた。
「やっぱ、てめぇは、ただのくされアイドルだ」
 掠れた声。
 侮蔑の薄笑いを浮かべる唇。
 将は反論しかけて、その言葉を飲み込んでいた。
 強烈な拒絶と軽蔑の色が、RENの声に滲んでいる。
「俺の親父はアメリカ海軍で、お袋をレイプ同然に身ごもらせてから、本国へ帰った。今はあっちで町議員か何かをやっている」
 腹に、染み入るような声だった。
 何の話か判らずに、将は戸惑って視線を揺らす。
「歌はな、俺の人生だ、俺の生きている証そのものだ」
「………………」
「自分の運命から逃げてるヤローに、歌がどうだの、言ってる資格なんてねぇんだよ!」


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「あの女の目的がわかった」
 六本木。
 J&M取締役社長室。
 慌しく自席につく唐沢の後を追い、美波と藤堂は、自らのボスの前に立った。
 疲れたように眼鏡を外し、唐沢は髪に手を差し込む。
「父親の仇でも打つつもりで、この事務所を俺から取り戻そうとしているんだろうと思っていたが」
 トップ会談は不調に終わったのか、真咲しずくのオフィスから出てきた唐沢は、すでに額に青筋をいくつも浮かべているという有様だった。
「違うので」
 藤堂。
 唐沢は、疲れの浮き出た目で藤堂をにらむと、そのまま机を強く叩いた。
「あいつの目的は、うちの事務所を潰すことだ!」
「……潰す」
 美波は呟く。
「そうだ」
 唐沢は、再度、机を叩いた。
「ここにいたっては、もうそうとしか思えない、あの女は今週の集計期限ぎりぎりまで、奇蹟のプロモーションを続けるつもりだ」
「なんのために」
 さすがに、ややあきれたように藤堂。
「だから、俺と、この会社を潰すためだと言っているだろう!」
 唐沢は、さらに激しく言い募った。
「あいつの要求はただひとつだ。要求というより、単なる報告にすぎないが」
 半ば腰を浮かせかけた唐沢は、再び苛々と席につく。
「7月に、ストームのコンサートをやらせてくれ、と」
「………コンサート、ですか」
「それも東京ドーム、でだ」
「………………」
 美波は戸惑う。
 ストーム単独で東京ドーム。
 ドームで単独公演をしたユニットは、日本でもまだ数えるほどしかいないし、それは確かにすごい要求ではあるが、こんな折に、どこか呑気すぎる気もしないでもない。
「あの女自身は、それを最後に、マネージャーも副社長職も、何もかも辞めて、海外に永住するそうだ、本気かどうか知らないがな」
「本当でしょうか」
 美波は眉を寄せる。
 それは、にわかには信じられない。ここまでストームを大きくしておいて、そこから得られる利の何もかもを放棄するとは。
「知るか!」
 吐き棄てた唐沢は、苦い目で、自身の腕時計を見下ろした。
「なんにしても、これ以上、黙って見ていることはできん、藤堂、何をぼやぼやしている、使える力は全部使って、今週のプロモ一切を中止させろ!」
「ストームが何をしようと、しょせん、今のRITSには勝てませんよ」
 藤堂は、冷静な目で、やや取り乱した感のある唐沢を見下ろした。
「連続記録を破られるならともかく、たかだか二位狙いのプロモで、東邦プロが本気で怒るとは思えない。盟約違反でスニーカーズへの報復はあるにしろ、しょせんはその程度でしょう」
「……それは、そうだが」
「版権のことは、真咲氏は理解されていましたか」
「それは、判っているようだった」
「では、城之内静馬の名を、うちから公表することもあり得ませんね」
「…………」
 一度、出し抜かれたことが不安なのか、唐沢はそれでも、まだ迷うような目を藤堂と、そして傍らに立つ美波に向ける。
「美波」
「はい」
「本当に、今回、奇跡はないんだな」
「ありえません」
 美波は即座に返答した。
 奇蹟の売れ行きは、さすがに今週に入ってダウンしている。このままだと、8万程度のセールスで終わるだろう。
 三週目にして、それは破格の数字だが、二十万を軽く超えていくRITSには、到底遠く及ばない。
「いずれにせよ、東邦の出方次第だ」
 唐沢は、力なく呟いた。
「奇蹟にしろ、君がいる世界にしろ、真田会長の意向しだいでは、強権を持ってあの女を止めるしかない」
 それを、どう解釈したのか、藤堂がわずかに頷く。
「悔しいが、それしか、今は、うちの会社を守る方法はない」
 そうだろうか。
 ふと胸に浮かんだ言葉を、美波は嘆息と共に外に吐き出す。
 いずれにせよ、真田はこの会社を潰すつもりだ。
 それが、いつの時期になるにせよ、必ずその日はやってくる。
 真田にも、そして美波にも予測不可能だったのは、むしろストームを巡る一連の騒動だったろう。
 これが、一体、この先、どんな展開に繋がっていくのか――。
「………よりによって、何故、今だ」
 うなだれたままの唐沢が、独り言のように呟いた。
「今は、まずい……今は……東邦を、敵に回していい時期じゃない」


                8


「コノ業界にハングリーな連中は多いけど、RENのそれは群をヌイテル」
 妙に片言な日本語が聞き取りにくい。
 男は、エンジンの煩い車を目一杯ふかしているから、おそらく普通に喋られていても聞き取りにくかったろう。
「だから、ヒトに誤解されるし、誤解サレテモ、ヘイキなのです。シツレイオワビイタシマス」
「俺、日常会話程度なら喋れますけど」
 助手席の将がそう言っても、ハンドルを握るどこか陽気なアメリカ人は、「ワタシ、日本語ダイスキです」と言って笑うだけだった。
 RENのホテルに一緒にいた、背の高い異国の男。
 RENと、みかけの雰囲気は似ていたが、RENが陰鬱な月なら、この男は陽気な太陽だ。
「今さらっすけど」
 日本の文化と寿司について語りだした男を、将は、やっとの思いで遮った。
「名前、聞いてもいいですか」
 OH、と男は、わざとらしく驚いてみせる。
「ボクはウッディ、RENの個人的なマネージャーで、パートナーデス」
「……………………」
 パートナー。
 しぱらく考えた将は、げほげほと咳き込んだ。
 て、てか、じゃあ、もしかしなくても、RENさんって、マジその筋の人??
 ひ、ひぇーっっ、じゃあ、俺、超危険な状況にいたんだ、さっきまで。
 ま、まぁ、俺みたいな貧弱なジャパニーズアイドルは、そもそも範疇外だろうけど。
 で、今もそこそこ危険?
 なにしろ、夜の国道を、ウッディの運転する車の助手席に同伴している。RENが出て行った後、帰ろうとしたら「オクリマス、オクリマス」としつこく誘われてしまったのである。
 まぁ、何か話が聞けるかもしれない(それは決して寿司の話ではないが)という下心もあったのだが。
 繁華街の交差点、ビルを彩る鮮やかな電光板が、「ライブライフ元社長、織原秀和氏、有罪判決」という今日のトップニュースを告げている。
 ああ、……あのおっさんの親父さんか。
 将はふと、目をすがめる。
 島根の旅館で、アイドル=仏様っつー、おもしろいこと言ってた人。
 粉飾決済だか違法株取引だか忘れたけど、親父さん、結局有罪になったんだ。
 そういや、昨日の深夜もエフテレで特集をやっていた。まるで、現代のラスプーチンみたいな責められ方で、おどろおどろしい音楽の下、何度も逮捕シーンが繰り返し流されて、もう、社会的には抹殺されたも同然、みたいな感じだった。
 今朝の新聞では、強盗に老夫婦が襲われ、夫が死亡したニュースが、小さくとりあげられていた。
 どっちの罪が重いんだろう。
 罪にも、人の命にも、報道ってのは、多分平等じゃないんだな。
「マダ、思い出さないデスカ、将クン」
 ウッディが、いたずらめいた声で言った。将は、少し驚いて我に返る。
「思い出す?」
「ウーン、僕ってダイイチインショウ薄いのネ」
 アクセントがずれまくってるから、言葉が上手く聞き取れない。
 車が交差点に入る。ウッディが集中している間に、将は、こそっと窓際に寄った。
「RENのスゴイとこはね、やっぱ、どんなトキでも、自分のシンネンから逃げないことだネ」
 ふたたび、RENの話になる。
「メンドウだとか、日本人なら、コウでしょう?ナガイモノニマカレル、そういうの、RENには一切ナッシング。自分の信念のためなら、人も傷つけるし、ジブンも同じくらい傷つけるヒト」
「………………」
「ナアナアに楽しくやってるより、そうやってコドクに生きてる、それがイイコトか悪いコトかは判らないけど、レンのオンガクは、ジブンを追い詰めて、見たくないところまで徹底的に見つめて、ソシテ出てくる、生の声デス」
 見たくないところまで、徹底的に見つめて。
 将は無言で、夜の街に視線を向ける。
 俺は――どうだったろう。
 見たくないから見ないんじゃなくて、生んでくれただけの親に興味なんてないから。
 でも本当に、それだけだったんだろうか。
「RENのお母さん、ハタラキすぎて病気でシンダネ、RENは、親父さん殺しにイッタ、高校生のトキ」
 さすがにそれには、心臓のどこかが締め付けられるような気持ちがした。
「デモ、殺せなかっタ、親父さんにもカゾクいて、どうしてもデキナカッタ。REN変わったのソレカラ、オンガクにのめりこんで、言葉でジブンのカットウを表現するようにナッタ」
「………………」
「今は、オヤジさんと電話で話すクライに和解シテル。RENが逃げなかったカラ、できたコトだし、RENが成長したカラ、ユルセタコト」
「許す必要、あるんですか」
 俺だったら、どうだろう。
 そう思いながら、将は言った。
 俺がもしRENの立場だったら――自身が捕縛されるような馬鹿はしないが、決して父親を許しはしなかったろう。
 もしかすると今も、怒りより残酷な無関心という殻で、内心、わずかも許してはいない両親に、復讐しているのかもしれない。
「デハ、許さないで、一体何が残りマスカ?」
 ウッディは横顔で微笑した。
「アナタが思うより、人生はうんと短いのデス、アナタが思うより、人はうんと不器用なのデス。理解せず、憎んで生きるヨリ、理解して、愛して生きたホウが、ハッピーだとは思いませんカ?」
 人生は短く。
 人は不器用。
 将が黙ると、ウッディは健康そうな歯を見せ、底なしに明るい笑顔になった。
「それをボクは、オオムカシ、君のマネージャーサンから、教えてモラった」
「………真咲、ですか」
「オウ、シズク」
 意外なところで、意外な名前。
「真咲と、知り合いだったんですか」
 聞いた後に、そういやそうだった、馬鹿みたいな質問だったと思いなおす。その縁で、あの女は、TAミュージックアワードで、あんなあり得ない演出ジャックをやってのけたのだ。そして、今回のあり得ない楽曲提供に繋がった。
 ウッディは笑う。
「シズクのことナラ、それはヨーク」
 ドキリ、とした。
 それはよく?それはよくってどういう意味だ??
「どこで、知り合ったんですか」
 即座に帰ってきたウッディの答えは、将には予想外のものだった。
―――え……?
「シズクが、RENがリスペクトしてたアーティストのお嬢サンだったとは、ソレハ、日本でコンタクトをとってハジメテ知ったことデスガ」
 えっ。
 ちょっとまて、それは。
「それは、じゃあ、真咲さんもSHIZUMAの」
 もしかして、ドラマみたいな……まさかのまさかの姉弟落ち??
 が、ウッディは、軽く笑って首を振った。
「カノジョは、シズマではなく、キーボードの真咲真治の娘サンです」
「…………」
「将クンは、本当に何も知らないんですネ、ハリケーンズのことなら、ユーでさえ知っていたのに」
 ユー?
 記憶の何かが喚起され、将は、まじまじと隣に座る異国の男を見つめる。
「ハリケーンズは、サンジュウ年くらい前、シズクのパパ、そしてあなたのパパが、やっていたバンドです。それからアナタのオジさんになるのかな。ジョーノウチケイ」
 ジョーノウチケイ。
「モノスゴク売れた、デンセツのバンドです。素晴らしいキョク、ホンモノの才能、RENはいつも、ラジオでソレをキイテイましタ」
 いや、そうじゃなくて。
 なんか、俺、今、すげー聞き捨てならない名前を聞いたような。
 ジョーノウチケイ。
 城之内慶?
 どこかで聞いた……と思ったのは、数秒、すぐにその名前の人物が思い浮かぶ。
 将は動顛して、腰を半ば浮かしかけていた。
「ちょっと待ってください、城之内慶?」
 それって。
「うちの事務所の、会長じゃないんですか、もしかして」
「ガッツかない、ガッツかない、いずれ、何もかもワカリマスカラ」
 ウッディの声は楽しそうだった。
 判るって、でも。
 そういやそうだ。
 真咲しずくの死んだ父親は、元はJ&Mの副社長。で、城之内慶と並ぶアベック創業者だ。そのしずくの父親がやっていたパンドに、会長の城之内慶がまじっていたとしても不思議ではない。
 噂話として、J&Mを作った真咲と城之内が、昔、東邦プロでアーティストとして活躍していたという話は聞いていた、その後、袂をわかって独立して出来たのがJ&Mだと。
 じゃあ、SHIZUMAは?
 叔父というからには、会長の兄か、弟だったんだろうか。
 す、すげー、じゃあ俺って、会長の親戚?のわりには、結構待遇ひどかったような。
 しかし、ようやく判ったような気もしていた。
 
ねぇ、ねぇ、君、可愛いね。
 大きくなったら、J&Mに入らない?
 真咲しずくが、将に近づいてきた理由。
 あれは、偶然なんかじゃなかった。あの女は、最初から将が、自分の父親と同じグループだった男の子供だと知って、そして近づいてきたのである。
 でも、一体なんのために。
「……俺、本当に、そのSHIZUMAって人の子供なんですか」
「シズクがそう言ってイマシタ」
「どうして、彼女は、そうだと知っていたんでしょうか」
 親戚の誰一人として、将の実親のことは知らない。
 養子だということさえ、公にはしていない。
 養親の胸ひとつに収められた真実。彼らの口調で、そこに、あまり他言したくない過去があることは察している。
「彼女のパパが、君のパパのオトモダチだったからでショ」
「それだけの理由でしょうか」
 それには、男はおどけたように肩をすくめる。
 将は黙って、膝に置いた自身の指を見た。
 何か、あったんだろう。
 そのSHIZUMAって男が、芸能界を追放された原因となった何かが、将の存在ごと、彼の過去を闇に隠しているのだろう。
 俺の、母親って……。
 言いかけて、将は目を閉じていた。
「……奇蹟のことは、真咲のほうから、RENにオファーがあったんですね」
「そーデス、非常にオモシロイ企画。エキサイティング、RENはイズレ、日本をデルつもりデシタ、今回はサイゴのオキミヤゲです」
 日本語の使い方、微妙に違っているような気も。
「そのSHIZUMAって人のこと、どうしてこないだの会見で……はっきり言わなかったんですか」
「さぁ?ソレハ、シズクのセンリャクですから」
 戦略。
「くわしいコトは、ワッカリマセン、でもイロイロ、複雑な問題、あるみたいデス」
「複雑?」
「RENが言っていたでしょう、版権デス、ハリケーンズの曲も、シズマの曲も、全て別の会社が押さえているカラです」
「…………」
 じゃあ。
 よくわかんないけど、
「SHIZUMAの名前を出すと……まずいってことですか」
「ソノ難問を、シズクがどうクリアするのか、ワクワクしませんか」
 って、おい、そ、そんなこと、目をキラキラさせて言ってる場合なのかよ。
 だって、ちらほらネットにも出てるし、ハリケーンズの面子の一人が今のJ&Mの会長なら、それはもう、バレバレっつーか。
 版権の侵害は、下手すれば即日、楽曲使用差止めにもなる。
 最悪、RENにも、J&Mにも、ストームにも、取り返しのつかない泥を塗りかねない。
「………さて、今僕が向かっている先を、そろそろ知りたくはアリマセンカ」
 ウッディの横顔に、対向車のライトが掠めていく。
「え…………?」
 つか、知りたくはありませんかって、家まで送るっつったの、あんたなんじゃ……。
「君がいる世界は、RENも言っていたとおり、とある人がRENにプレゼントしたものナンデス」
「………………」
 君がいる世界。
 とある人って、それは。
「今から、その人に、君を合わせてあげますよ、将クン」
 思わず見上げた横顔には、いたずらめいた笑みが浮かんでいた。









※この物語は全てフィクションです。



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