5
「曲のことは、本当に色々あったんで、もう、嬉しいっていうか、なんていうか」
テレビでは、東條聡が照れた笑顔を浮かべている。
ジャパンテレビ、現在生でオンエアされている記者会見。
瞬くフラッシュの数は半端ではない。聡の表情が、時折眩しさに戸惑っているのが判る。この会見――というより、世間のストームへの関心度が伺える。
冗談社編集室。
九石ケイは、回転椅子を軋ませて嘆息した。
「男のひとって、意外に薄情っていうか」
ため息のように呟いたのは大森妃呂だった。
「どうして笑えるのかな、ミカリさんいなくなって、もう一週間以上たつっていうのに」
「それが仕事だからだろ」
ケイは素っ気無く言って、手元の煙草を引き寄せた。
「ある意味残酷な仕事やってるよ、あの子たちも」
「え……?」
「昔さ、美波涼二にインタビューしたことがあったんだ、私」
煙草を唇に挟み、ケイは当時に記憶を馳せる。
あれは、彼が、まだ二十代前半の頃だった。
普段は寡黙で、にこりともしない美波が、ブラウン管やステージで、別人のような笑顔を見せる。そのギャップに強い興味を持ち、唐沢を通じてインタビューを申し込んだ。
「どんな時でも、笑えるのは仕事だからですか」
少し考えて、美波は答えた。
「僕がアイドルだからです」
「どういう意味でしょう」
「僕の存在は、光であって、そのための存在価値だからです。ファンに心配をかけたり、同情されるようになってはいけないということです」
「では、同情されたり、心配をかけるようらなったら、どうなさいますか」
「やめるでしょう、それだけです」
そして、実際、その半年後に、美波の姿は表舞台から消えた。恋人の醜聞と、そして衝撃的な自殺未遂と共に。
現実。
テレビ画面にストームの五人が現れる。
途端に瞬く、フラッシュ、フラッシュ、フラッシュ。
「解散のことについて、質問してもいいですか」
「すいません、質問は、映画の件に限らせていただきます」
必死で答えているのは片野坂イタジだ。
ストームは、全員が手を振って笑っている。片瀬りょうと柏葉将は、昼過ぎまでお台場でイベントがあったから、まさに分刻みで駆けつけてきたのだろう。
「みんな、笑ってるし、ストームさんたち」
まだしつこく、大森がぼやく。
「私なんて、ぜんっぜん笑う気分になれないですよ」
「だからさ、なのに笑ってんだよ、この子たちも」
ケイがそう言うと、初めて大森が、「あ、」とでも言うような声をあげた。
「ミカリがいなくなって……」
ケイは、時折眩しそうに目をすがめる片瀬りょうを見ながら呟いた。
ドーランで隠しているが、肌荒れがひどい。多分、相当ストレスがたまっているのだろう、片瀬の繊細な肌は、すぐに疲れが表に出るから。
「この子たちも、わかりかけてるんじゃないかな、残酷なようだけど」
「何が、ですか」
「この子たちは、普通の男の子であって、そうじゃない、現役でいるうちは、決して、平凡な幸せなんて望めない」
「…………そんな」
大森が言いさして絶句する。
「それが、アイドルなんだよ、大森」
光を放つ存在。
一点の曇りもない、観るもの誰もが、憧憬するしかない光。
それは嘘でも、誰か1人のためのものであってはならない。
ミカリの失踪は、必然だろう。
ケイは、随分前から、もうそれを覚悟していた。
他の彼女たちと違って、先が読めすぎている。背負った過去が重すぎている。多分、東條聡では、抱えきれない。
潔いミカリなら、ことが大きくなる前に、自分から姿を消すだろう、と。
「…………どうなるんだろうね、これから」
ほんの数ヶ月まで、名前を知らない人の方が多かった。
なのに今、ストームは、日本中の注目を集める存在にまで登りつめている。
言ってみればこれからが正念場だ。
ギャラクシー以上の大物に化けるか、
「………美波君や、ヒカルのように潰れるか」
ケイは気鬱なため息を吐く。
ここからは、光と影だ。
いまだかつて経験さえしたことのない、膨大なストレスとプレッシャーが、これから5人を襲うことになるだろう。
光と影。
どちらかに飲み込まれるかで、勝負が決まる。
6
在庫切れです。お取り寄せ予約はカウンターまで。
「……………」
真白は、「奇蹟」が並んでいたはずのコーナーに、そのカードが差し込んであるのに気がついた。
てゆっか、普通にすごくないかな、これ。
こんなこと、今まであっただろうか。絶対になかった。おまけつきの初回限定まで、一年以上残ってたくらいだったのに。
「あっち、見て、奇蹟のプロモやってる」
「うそーっ、ストームの?」
真白の背後を女子高生の集団がかけていく。
―――ストームのプロモ…?
眉をひそめた真白は、女子高生の群れについていく。
そこは、ゲームソフト販売コーナーで、新作の宣伝が、小型テレビの映像で流れていた。
ソフトの宣伝というより、それは、そのまま奇蹟のPVである。
これが、ゲームコーナーで流れることの宣伝効果の大きさは、結構すごいことなのかもしれない。
だって、男の人から子供まで、結構足を止めて見入っている。
全国のデパートや大型郊外店全てのゲームコーナーで、こんな光景が毎日繰り広げられていたとしたら。
「やーっ超かっこいいし」
「このゲームのポスターないんかな」
「片瀬のコスプレ、もう最高」
微妙な気持ちで、真白は視線をそらして、輪を離れた。
―――澪、元気でやってるかな。
メールは毎晩くるけれど、少し疲れているかな、という印象だった。
だから、疲れさせないよう、なるべく負担にならない内容にとどめて送り返している。
「奇蹟のCDありますか」
背後から、そんな声が聞こえた。少し年配の女の人、傍に男の子を連れている。
―――なんだか、少し怖いよ、澪。
真白は、喧騒から耳を塞ぐようにして歩き出した。
もう、ファーストピアスは外してもいい時期だ。澪に買ってもらったピアス、「俺につけさせて」、そう言うから、まだファーストピアスのままで待っているのに。
会いたいな。
でも、しばらくは難しいんだろうな。
俺は、消えない。
真白を置いていったりは、しない。
澪のこと信じてる。
でも、このまま……なんだか手の届かないところに、澪が行ってしまいそうな気がする。
多分、澪自身の意思とは無関係に。
7
「全国からできる限りデータを集めろ、推定でかまわん、日曜までに出荷されるストームの新曲枚数だ」
藤堂戒は、電話で指示して、その営業部からパソコンに次々転送されるデータを、再度独自に計算する。
卓上の電話が再度鳴る。
「そうだ、ストームと、それから宇佐田ヒカルも両方だ、そう、間違いじゃない」
藤堂はそう言って、受話器を置いた。
まぁ、営業部が首をひねるのも当然だろう。他社のライバルCDだけでなく、同じ社内のストームまで極秘で調査しろ、と言うのだから。
―――ライバルは、むしろ宇佐田ヒカルだな。
藤堂は、鼻の横を指でこすった。
今週に入って始まった、アーベックスの怒涛のプロモーションと、急きょ決まったCМのタイアップ。それが効を成したのか、この2日の売り上げの推移から予測しても、宇佐田の新曲は、軽く20万は超えていくだろう。
事前の予想では、せいぜい16万とされていたセールスである。
―――さすがは、荻野社長だ。
しかも、これに上で購買員を使えば、ますます、ストーム一位という可能性はなくなる。
唐沢が慌てる必要は何もない。発売二週目のストーム一位は、常識で考えても有り得ない。
その中で、ヒデ&誓也は、最低、二位のラインを死守したい。
藤堂が思っているのは、それだった。
デビューユニットが、二週目で三位以下は、少々寂しい。
しかもそれが、ストームの後とあっては、話にならない。
―――そう、だからそのための、購買員だ。
藤堂は内心、うそぶいた。
J独自で、ライバル社の週推定売上をはじき出し、それの二割増程度の数のCDを、集計期間内に出荷する。
そしてそれを、購買員と呼ばれるアルバイトに買わせる。
それが、J&Mをはじめ、殆どのレコード会社が恒常的にやっているやり方だった。
報酬はCD一枚につき千円程度。交通費も支給して、なるべく都内から離れたショップで、怪しまれないように購入させる。
無論、確実に一位獲得が見込める時は、こんな危険な真似はしない。
しかし、どんなに人気のあるアーティストでも、他社で、いきなりヒットを放つ彗星のような新人が現れると、通常の売り方では一位を取れなくなることがある。
発売以来、前人未踏の連続一位を続けているRITSと、それを追随するスニーカーズ。
何も知らないアーティストには気の毒だが、その記録は、無論、会社がこういった闇の市場操作で維持しているのである。
特に、RITSとスニーカーズは、東邦プロとJ&Mの争いだけに、どちらも絶対譲らない。
そして、業界最大手二社が、そういった手法をおおっぴらに取り続けている以上、その下の会社も、その手法に習わなくては、立ち行かなくなる。
―――正直者がバカを見る、まさに悪習だな。
まぁ、もともと、腐りきった業界だ。そこに夢だのなんだの、期待するほうがどうかしている。
藤堂は苦笑して、データを再度計算式に入れ込んだ。
これは、藤堂自身が、独自に開発したプログラムである。
クリック。
「…………?」
まさか。
そんな、バカな。
「藤堂専務」
美波が入ってきたのはその時だった。
生真面目な男に似合わず、ノックもない。
「唐沢社長が外出中なので、……たった今、アーベックスの荻野社長から電話が入ったんですが」
「それで……?」
藤堂と美波、2人の立場は対等だが、藤堂がいくらか年上で、そのせいか、美波は敬語を崩さない。
「僕が出ました、指名でしたので」
そこで、美波は軽く息を吐いた。
「今回、アーベックスは、購買員を一切使わずに勝負してくるそうです」
「……………」
「電話の内容はそれだけでした、これは、けん制かな、とも思いましたが」
これまで、散々やってきて、何を今更の正義感だ。
が、今回、その悪習を使わないことで、一番損をする可能性があるのは。
「どっちにしても、無駄でしたよ、美波さん」
藤堂は苦笑して、パソコンから両手を上げた。
「現在の推定で、ヒデ&誓也が、15万、宇佐田ヒカルが22万、」
そこで藤堂は息を吐いた。
「ストームが21万、どれだけ購買員を使っても、ヒデ&誓也に上位二者は抜けません。これは、宇佐田とストームの争いになるでしょう」
美波の表情に衝撃にも似たものが走る。
手肌に鳥肌がたっているのは、藤堂もまた、同じだった。
二週目の売り上げが21万。
それは、音楽業界の常識からいうと、奇跡を越えた数字になる。
※この物語は全てフィクションです。
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