118



「なんと言われてもダメなものはダメだ、君らはここから絶対に出るな!」
 締め切られた扉の向こうから、逢坂真吾の声がする。
「くそっ、完全にバリケードはられちゃってるよ」
「びくともしねぇ」
 扉を叩き続けていた聡と雅之が、疲れたように背後の椅子に倒れこんだ。
「やっぱ、あのまま残ってればよかったかな」
 悔しげにりょう。
「そうもいかないだろ。唐沢さんが逮捕されちまう」
 憂也は余裕の表情でペットボトルの水を飲み干した。
 舞台裏。ステージに一番近接した本番直前の控え室。ドームの歓声はまだ途切れることなく続いている。声を限りに叫ぶコール、ストーム、ストーム、ストーム、ストーム。
 あれからもう、五分以上が過ぎている。雅之が、苛立ったように舌打ちをした。 
「どうすんだよ、もし、このまま、本当に中止ってことになっちゃったら」
「ほい、雅」
 空中にペットボトルが舞う。憂也が投げて、雅之が条件反射でそれをキャッチする。
「てか、お前、何平然としてんだよ」
 憂也はへらっと笑って、足をテーブルの上に投げ出した。
「だってMCなしのぶっつづけだぜ。休める時には休んどかなきゃ。でなきゃ最後までもたないだろ」
「でも……」
 言い淀む雅之の背を叩いたのは、聡だった。
「ま、信じようよ、唐沢さんとイタちゃんたちをさ」
「てか、もう一人、全然余裕の奴があそこにいるしな」
 憂也の声が、自分のことを指していると知り、将は、ん?と顔をあげた。
「なーにさっきから、一人で幸せにひたってんのさ。気味わりーじゃん、普段の将君知ってる俺らは」
「…………」
 将は、ぼんやりと椅子の背に身体を預ける。そっか、そんな判りやすい顔してたのか、俺は。
「夢がさ」
「夢?」
 遅れた原因を、聞くことも責めることもしない仲間たちが、不思議そうに将を見る。
「かなったんだなーと思ってさ」
 まだ、途切れることなく聞こえてくる。
 ストーム、ストーム、ストーム、ストーム。
「初めて舞台に立った時のこと、覚えてるか」
「キッズの時かよ」
 憂也が、ペットボトルを投げてよこす。将はそれを掴み損ね、落ちたボトルを拾いあげた。
「そう、だーれも俺のことなんか見てなくてさ。一生懸命踊っても、何回連続でバク転しても、お客さんが見てるのは俺じゃないんだ。それまで俺、どこいってもそこそこ目立つってうぬぼれてたからさ。……悔しかったな、あの時は」
「将君、不器用だから、目茶苦茶バク転の練習してたしね」
 口元を緩ませてりょう。
 将は微笑して、ボトルをテーブルの上に置いた。
「キッズでも、俺らはいつも、三番手か四番手以下。俺らの上にはヒデや誓也、いつデビューしてもおかしくない奴らがごろごろいたし、キッズコンサートでも主役はいつもあいつらだ。どんどん年は上になるし、りょうは抜けるし、やめようってマジで思ってたよ。あの頃は」
 あの頃――ストームが、まだ影も形もなかった頃は。
 聡はいらいらするほど優柔不断。憂也はクソ生意気。雅之は理解不能。りょうは、守ってやらないといけない後輩。
 今のメンバーと、そんな関わりしかもてなかったあの頃は。
「夢なんて、見るような柄じゃないし、そんなの、ただの通過点だと思ってたけど」
 ストーム、ストーム、ストーム、ストーム。
 何万もの大衆が、俺たちだけを見ている。待っている。声を限りに呼んでいる。
 将は目を閉じ、胸がすくようなその声に耳を傾ける。
「……やっと判ったよ、今、俺の夢がかなったんだ」
 一人で叶えても、なんの意味もなかった夢が。
 今……奇跡みたいに、叶ったんだ。
「この先さ、何があっても、どうなっても、例え、離れ離れになってもさ」
 静かに言って、将は、全員の顔を見て笑った。
「絶対にまた、戻ろうな。5人に」
 多分、笑おうとした聡の顔が歪み、雅之がわざとらしい咳ばらいをする。
「な、何ベタベタなこと言ってんだよ、将君」
「今はひたってる場合じゃねぇし」
「将語録に追加」
「そのテクで男落としてどうすんだよ」
 それでも、笑う全員の眼が、今は少し潤んで見えた。
 最高の仲間。
 最高の時間。
 でもそれは、いつかは終わる夢の時間。
 きっと、人生に神様がくれた、奇蹟のような宝物。
「んじゃ、そろそろ戻るか、ステージに」
 将は笑って立ち上がる。
 立った瞬間、胸部を貫く激痛で眩暈がした。あの爺さん、思いっきり蹴りやがった。しかし、これだけは仲間にも誰にも言うわけにはいかない。
「戻るって、どうやってだよ」
「うるせーな、扉なんて最悪壊せばなんとかなるだろ」
「な、なんとかって、そんなおおざっぱな解決法示されても」
「将君、大丈夫?」
「え?」
 背後からりょうの声がした。
「だって、将君のキス」
 ぶっと、将は吹き出している。
 記憶から剥ぎ取り、永遠に地の底に封印した過去。
「だーーっ、りょうっ、頼むから俺からしたみたいな言い方すんなっ」
「ご、ごめん、……血の味がしたからさ」
 え?
―――え?
 と、全員の視線が、将に向けられる。
「たいしたことねぇよ」
 将は立ったままで肩をすくめた。
「血って、何があったんだよ、将君」
「ほんと、マジでなんでもねぇって」
「いや、だって額にも顎にも怪我してるし」
「無理すんな、将君」
 珍しく真面目な目で言ったのは憂也だった。
「さっきから立たねぇし、ボトル落とすし、どっか痛めてんのかな、とは思ってたよ。そりゃ、このステージ終わったら死んでもいいとは思うけどさ、本当に死んだらしゃれになんねぇだろ」
「ばーか、大丈夫だ」
 そんなにやわな身体じゃねぇよ。
 それに、たとえ死んだって、このステージだけは最後まで立ちたい。絶対に、何があっても。
 一人ではたどり着けなかった。
 沢山の人の思いを繋いで、今、ここにいるのだから。
「おい……なんか、向こう、さわがしくない?」
 扉の前に立つ雅之が、けげん気にそう言った時だった。
 外側から、固く閉ざされていた扉が開いた。
 そこに溢れた人を見て、将だけではない、全員が驚いて立ちすくむ。
「再開だ!」
 先頭に立つ片野坂イタジが叫んだ。
 おおーっ、と、五人より、扉の向こうに押し寄せた人の波がわきたった。
「五分後に幕が開く、大急ぎで着替えて最初のオープニングのポジションに立ってくれ、急いで!」
 嘘だろ、と将は思っていた。
「君たちの願いが通じたんだ」
 先頭で、顔をぐしゃぐしゃにして泣いているのは前原大成だった。
「本当に奇跡だ、みんなの声が……通じたんだよ」
 その背後に、増嶋さんがいる、永井さんもいる、今井さんも、大河さんも、それからサラムイの岡村準、澤井晃一さんに、剛史さん、誓也、それから……
「なにやってんだ、お前」
 将は思わず言っていた。
「言っとくけどな」
 駆け付けたばかりなのか、息を切らしながら、貴沢秀俊は言った。
「俺はお前が大っきらいなんだよ、柏葉将!」
「うるせぇな、俺もだよ!」
 そのまま手と手を叩き合っていた。
 互いに目と目でにやりと笑う。言葉はいらない。これからも永遠に続くライバル同士。
「いそいでくれ、向こうに衣装が用意してある」
 イタジに先導され、走りながら、雅之と聡は歯を食いしばったまま泣いていた。憂也は目を潤ませ、りょうは涙を堪えるためか、必死に唇を噛んでいる。
 おそらく再開のアナウンスが流れたのだろう。場内からは、爆発するような歓声と、脳天を貫くほど強烈なストームコール。
「よう、柏葉」
 緋川拓海。
 その前で、将は足を止めていた。
 狭い通路の壁に背を預け、腕を組み、元J&Mのトップスターは、冷めた目で将を見下ろしていた。
 ヒデは紅白で、今夜この人は、初主演舞台の千秋楽のはずだった。どうしてここにいるんだろう。それは、もう聞かないし、多分考える必要もない。
 しぱらく無言で将を見つめていた緋川は、やがておもむろに口を開いた。
「柏葉」
「はい」
「今のお前は、十年前、お前がなりたいって思ったお前なのか」
 一瞬、考えて、将は笑った。
「それ以上です」
 冷めた先輩スターの目に、ゆっくりと柔和なものが広がっていく。
「よく言った」
 野性的な目に優しさをにじませ、緋川は笑った。
「行って来い、アイドルの底力を、世界中の奴らに見せつけてやれ!!」
「はい!」
 最高の場所。
 最高の先輩たち。
 大きく頷いて、将は再び走り出す。
 やまない歓声、やまないコール、ここが俺の場所だと、何よりも雄弁に教えてくれる。
 そして、先を行く4人の仲間が。
 ひとつの夢を分け合う運命共同体。今までも、これからも、ずっと一緒にこの情熱をわかちあって生きていく。
 聡が立ち止まる。
「円陣、行こう」
 憂也、りょう、そして雅之。
 将は最後に、四つの手の上に自分の手を重ねた。
 最高の仲間。
 この世界で、もう二度と、こんな奴らには巡り会えない。
「最後だな」
「おう」
「ああ」
「でも、これが始まりだ」
「わかってる」
 聡が、大きく息を吸い込んだ。
「ストーム、これが終りで始まりのコンサートだ、みんな、気合入れてよろしく!」
「うっしゃーっっ」
 全員が叫ぶ。
 そして走り出す。
 幕が開く。
 Final Departure。
 5人の、終わりで始まりのステージの。







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『これでいいかね、御影君』
 受話器の向こうから聞こえる声に、御影亮は頷いて微笑した。
「ありがとうございます。こんなことで、あなたのお手をわずらわせるつもりはなかったのですが」
『かまわないよ、警視総監の村山君とは旧知の仲だ。それに君は、私の大切な息子じゃないか』
 柔らかくて穏やかな声は、かつて、国家で最高の地位に立つ機会を得ながら、それを自らの意思で拒否した男のものである。権力が、いかに脆弱な両刃の剣であるかということを、御影はこの義理の父から学んだ。力のルールに頼れば、人はいずれ滅びるしかない。
『ところで、君はどうして、あのお嬢さんと別れたのかね』
 電話を切ろうとした御影は、その手を止めて苦笑した。
『千里と同じ病を患っているという話だったね。また君が辛い思いをするのではないかと心配だったが、女嫌いの君にようやく再婚を決意させた女性だ。君には、かけがえのない人のように思えたが』
「彼女に、幸せになってほしかったからですよ」
『ほう』
「死んだ千里の分までです」
 わずかな沈黙の後、互いに別れを言い合って電話を切った。
 下げていたテレビのボリュームを上げ、御影は柔らかなソファに背を預ける。
 流れている曲は、御影も空で口ずさめる。
 奇蹟。
 放送予定を急きょ変更したエフテレビ。東邦か、ニンセンドーか、ぎりぎりまで迷い続けた編成局長、新藤庸司が出した結論だろう。そして、その決断が正しかったことは、数分後に明らかになる。
「君たちの勝利だ」
 御影は、苦笑し、飲みかけのグラスを目元まで持ち上げた。
 最後の敵を打ち倒した若き革命家たち。
 長い冒険の物語のラストは、ハッピーエンドがふさわしい。
 乾杯。
「最高のエンディングに」







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 ラジオから、きれぎれの音が流れてくる。
 一時、まどろんでいた藤堂は、薄く目を開けて星ひとつない夜空を見上げた。
 なにか、ひどく切ない夢を見ていたような気がした。なんだろう、まるで子供の頃に見た情景のような、夕焼け、魚を焼く七輪の匂い、母親が自分を呼ぶ甲高い声、暗くなるまで、どこまでも友達と走った河川敷。
 車内のデジタル時計は、午後11時45分を示している。あと、15分で新しい年が始まる。
 もう少し持つと思ったがな。
 藤堂は苦笑して、車のギアを入れ直した。
 腕にわずかな力を入れるだけで、腹部の簡単な止血は破れ、新たな血が下肢を濡らす。
 背後で、うめき声が聞こえた気がした。
 藤堂は振り返る。空耳だった。バックシート、車の震動で力なく揺れる手の持ち主は、すでに完全にこときれている。
 拳銃で腹部を射ぬかれた時、男は藤堂が素手であることを、せせら笑った。
 君も甘いな、藤堂君。
 この私に、素手で勝てるとでも思っていたのかね。
「腐っても、アイドル事務所の関係者が」
 藤堂は、唇に笑みを残したまま呟いた。
「銃刀法違反で捕まるわけにはいかないんですよ」
 ラジオからは、聞きなれたメロディが流れている。

 
僕ら、しょせん夜にまぎれて見えない、小さな星屑
 地上に届かない光を放ち、やがて消えていくDestiny
 夢見ても、百年先の未来さえないんだ
 キラキラと、束の間輝いて、散っていく


 奇蹟か。
 ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
 視界の先は真っ暗な闇。
 藤堂。
 唐沢の声が聞こえた気がした。
 俺はお前と仕事がしたいんだ、お前が必要なんだ、戻って来い、藤堂。
 あの世で待ってますよ、一足先に。
 暗い闇が迫ってくる。水面に月光が揺れている。
 その時は、また一緒に夢を見ましょう。
 車が空を舞うわずかな時間、人生で聞く最後の音楽が藤堂の胸に刻まれた。


 
だから輝いて、この時を駆け抜ける
 一瞬の煌きが、永遠になるように

 キラキラと、
 僕らの光、百年先の未来まで照らすように









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 がらんどうになったホテルの宴会場で、真田孔明はぼんやりと椅子に座り続けていた。
 カウントダウンの祝杯を用意したホテルスタッフたちも当惑している。巨大なシャンパンを手にしたまま、どうしたものかと立ちすくんでいる。
 客はもう、誰もいない。
 貴沢の紅白離脱の一報を耳にしたNKK関係者が、まず一番に席をたった。
 ついで、ニュースでそれを報道すると決断したエフテレビが。
 どこへいった。
 耳塚、それから、ここで笑っていたみんなは、一体どこへ行ったんだ。
『会長、どうしましょう、会長、インターネットに金の送付先リストが全部流出してるんです。会長っ、会長っ』
 転がった携帯電話から、大仁多の悲鳴が聞こえてくる。
 どうしてだ。
 何故。
 力があるのは俺だ、正しいのは俺だ。
 なのに何故、みんな力のない方に行こうとする。
 力が正義ではなかったか。
 だから、母親は惨めに死に、真田一族は今でも栄華を極めているのではなかったか。
 何故―――。
 真田のおっさん。
 静馬の声が、どこかで聞こえたような気がした。
 夢に、鎖はつけられねぇぜ。
 動かなくなった老人の椅子に、柱の影から、ふいに一人の男が歩み寄ってきた。
 怖々と様子をうかがっていたホテルの従業員が「あ、」と思わず踏み出そうとする。
 ブルーのライダースーツで全身を包み、ネイビーのライディングブーツを履いたその男は、その女性スタッフに微笑して、いいです、とでも言うように片手をあげた。
 今夜のパーティを前に無断でいなくなった男の顔を、真田にはもう、見分けることができない。
 男は無言で膝をつき、反応のない老人の手を取った。
「お父さん……」
 そして頭を垂れ、初めてそう呟いた。






               122



「君も来ていたのですか」
 舞台袖、モニターに見入っていた時だった。
 背後から聞こえた声に、緋川拓海は弾かれたように振り返った。
「おどろきましたね。J&Mデビュー組の全員集合ですか。ミュージックアワード以来ですね」
 サングラスをかけた小柄な男が、口元にかすかな笑みを浮かべ、悠然と拓海を見つめている。
 荻野灰二。
 元アーベックスの専務で、業界の風雲児と呼ばれた男。
 拓海とこの男との出会いは、十年以上も昔にさかのぼる。まだ男がエフテレビのプロデューサーだった頃の時代だ。
 ドラマのヒットメーカーだった男は、その後、何を思ったか音楽業界に転身した。そして、ミリオンを出すアーティストを次々発掘し、小さなレコード会社にすぎなかったアーベックスを、数年で業界三位の巨大企業に成長させた。
「お久しぶりです」
 さすがに緋川は緊張して立ち上がる。この十年、ある意味緋川の目標のようだった男、荻野灰二。
「舞台は、いい評価を得ているようですね」
 相変わらず単刀直入の切り口で、荻野は言った。
「脱アイドルの第一作に舞台をもってきたのは正解です。舞台は誤魔化しがきかないだけに、実力があれば必ず評価される世界ですから」
 それには素直に礼を言い、拓海はわずかに居ずまいを正した。
「荻野さんは、色々大変だと聞いていますが」
 荻野が育てた会社、アーベックスで内乱が起きた。
 拓海に詳しいことは判らないが、荻野は取締役専務を解任され、裸同然で社を追いだされたという。
「僭越ですが、僕に何か、力になれることがあれば」
「ありがとう」
 荻野は笑う。
「でも大変なのは、会社であって、僕じゃありませんから」
 意味ありげな微笑を浮かべたまま、荻野は背後を振り返った。「君も、行かれたらどうですか」
「え?」
「あなた方の社長から、唐沢さんあてに契約解除のメールがきたそうです。オフィスネオに所属する緋川拓海、サムライ6、なにわJ、元J&Mのタレント全員、今夜限りで解雇だと。あがったらどうですか、ステージに」
―――え……。
 その意味を考えている間に、騒音のような足音をたてて、永井匡が駆け寄ってくるのが目に入った。
「ひっ、緋川さん、俺らステージに出られるんです。御影社長から電話で、俺ら全員、今年限りでクビだって!」
 緋川の腕をぶんぶん振りまわしながら、永井は興奮ぎみにまくしたてる。
「はぁ??」
 何満開の笑顔でクビになった報告してんだ、こいつ。
 その背後から駆けてきた今井が、笑顔で緋川の首に飛び付いた。
「年があけたら、契約は終了です。戻りますよ、マリアもスニーカーズも、J&Mに!」
 J&Mに。
 J&Mに、戻る。
「緋川さんっ」
「出ましょう、一緒にステージにあがりましょう!」
「僕ら、またJ&Mに戻れるんや」
 どやどやと、流や澤井たちが駆けつけてくる。
「俺はもどんねぇよ」
 全員の顔を見回して、拓海は言った。
「知ってますねん」
 笑ったのは流だった。
「もう、そないな年やないですから。まぁ、オヤジはせいぜい、舞台俳優でもやらはってたらどないですか」
「アイドルより数段落ちますけどね」
 苦笑しながら今井智樹。
「今度は俺らの番ですねん」
 澤井晃一が、前に出た。普段クールな微笑を絶やさない王子様キャラが、別人のように腹の据わった眼をしていた。
「俺らがJ&M魂受け継いで、必ず後輩に伝えますから」
「……………」
 もう。
 もう、何も言うことはねぇよ。
 これで本当に、俺の役目は全部終わった。
「よっしゃ、出るか!」
 拓海は拳を突き上げた。
「うおーっっ」
「そうこなくっちゃ!」
 たちまち周囲が騒然となる。
 待て待て待て、と拓海は、今にも走り出しそうな永井の襟首を掴んで引きとめた。
「ただし、条件が二つある。年内のステージはストームのもんだ。それを絶対に邪魔しないこと。それから」
 頷く全員が、神妙な顔で拓海を見る。
「キャノンボーイズを、引きずってでもステージにあげること」
 一瞬、呆けたような間があって、たちまち全員の顔に笑顔が溢れた。
「やりますよ!」
「全員でおしかけて、引っ張ってきます!」
 喧噪の中、目礼して立ち去ろうとする荻野に、拓海は声をかけていた。
「荻野さんは、どうしてここへ」
「唐沢社長と、商談ですよ」
「商談?」
 不思議な笑みを横顔に浮かべ、そのまま目礼だけを返した荻野は、きびすを返して歩き出した。
















 

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