19
 


「しょ………………」
 雅之は、言い差したきり、口をぱくぱく、ただ動かした。
 舞台「どついたろか」
 その稽古のために借りている、青少年センターのロビー。
 休憩時間、稽古場を出て、ふらりと自販機の前に立ち寄った時だった。
 受付前にいた見慣れない風の男が、何故だか雅之を見て「あっ」という顔になって視線を止めた。
 スマートな長身に涼しげな顔立ち、衣服も流行物ではないのに、上から下まで決まっていて、ちょっと厭味な感じのする男だった。旅行帰りなのか、手には、大きめのバッグを持っている。
 近づいてくると、どこかで見た顔のような気がした。その人が「よう、元気か」と呑気に手を上げた時、ようやく雅之の中で、封印していた扉のネジがはじけ飛んだ。
 濃いブルージーンズに白のシャツ、ベージュのジャケット。見慣れないと思った原因は、その目元を覆う眼鏡のせいだったのかもしれない。
「しょっ」
 しゃっくりのように、ようやく閊えていたものが取れた。
「将君???」
「俺だよ」
 将は笑って、手にした荷物を傍らのベンチに下ろした。
 鞄を決して床に置かない、潔癖将のいつもの癖。
「あー、よかった、ここで会えなかったらどうしようかと思ってたよ」
 快活に笑う。白い歯がいつにもまして綺麗だった。
 雅之はまだ、硬直したままだった。
 よかったって。
 俺だよって、そんな。
 そんな、当たり前みたいなさわやかな笑顔で言われても。
 ちょっと寄ってみたから、みたいな雰囲気で、片手なんか挙げられても。
「なんで……」
 遠い異国にいるはずの将君が。
 この大都会東京のど真ん中に。
 雅之の疑問を察したのか、将は面倒そうに短く切りそろえた髪に指をあてた。
「事務所に電話してここの場所聞いたんだ、なかなかガード固くてさ、前もいた事務員さんが出てきて、で、やっと」
 ほい、土産。
 紙袋を差し出される、いかにも空港で慌てて買いました、みたいなシャーロックホームズクッキー。まぁ、どうでもいいし、聞きたいのはそんなことじゃないんだけど。
「座んねー?男2人がバカみたいに見詰め合ってても気味わりーだろ」
「………………」
 6月23日。逮捕された数時間前にあったのが、本当に最後だった。
 今はもう九月、ほとんど三ヶ月ぶりの再会。
 短くなった髪、で、多分伊達だろうけど、アンダー部分にだけ縁がついている眼鏡、痩せたけど一回り引き締まった感のある身体は、男らしく日焼けしている。
 上着を脱ぐと、半袖のシャツにジーンズ、メーカーは知らないが質感のいいブランド物だ。いつもの何気ないスタイルだけど、今までの将よりそれはどこか洗練されて、まるで別の世界の人のように見えた。
 将はさっさと簡易ベンチに座ると、足を組んで雅之を見上げた。
「向こうじゃ毎日テニスでさー、すげーだろ日焼け、いきなり健康優良児になった気分だよ」
 そ、そんな優雅な日々を将君。
 なんだよ、人が必死にやってる時に、呑気にテニスなんかしてんなよ。
 今だって、そんな呑気に。
「…………………しょ……」
「わー、泣くな、気色わりー」
 だって。
 だって。
 何セレビーになってんだよ。
 何、芸能人のオーラなくしてんだよ。
 でも、将君は将君だ、笑った顔も、声も、眼差しも、何もかも昔のままの将君だ。
 差し出されたハンカチで、思いっきり鼻をかむ。
 苦笑してそれを受け取り、将はベンチに背を預けた。
「ま、急に来て悪かったよ」
「いつ帰ってきたの」
「今朝、すぐにお前らに会いたかったけど、色々寄るとこがあってさ」
「一人で?」
「いや、親父と」
 その答えが、雅之の歓喜を陰らせる。
 戻ってきたわけじゃなく、本当に寄っただけだと、その何気ない口調から伝わってくる。
 いつまで、いるんだろう。
 雅之の聞きたいことを察したのか、将はわずかに眉をあげて腕時計に目を落とした。
「実はあんま時間ないんだ、六時には空港で親父と落ち合う約束になってっから」
「え、そんなに早く?」
「向こうの学校も始まるしさ、今日は、あれだよ、退学手続きとかそういうの、きちんとやりに戻ってきただけ」
「………………」
 そっか。
 それが、現実。
 雅之にしても、今更将が戻ってどうこうなるとは思っていなかったけど、やっぱり、それが現実なんだ。
「まぁ、それと、もういっこ、性質の悪い嫌がらせの後始末みたいな」
「え?」
「ま、それはどうでもいいんだけどさ」
 誤魔化すように笑って、将は足を組みなおした。
「しっかし、暑いね、日本は」
「ジュース奢るよ」
 嫌がらせってなんだろう。
 自販機の前に立ちながら、雅之は眉をひそめていた。
 父親も含め、あれだけ騒がれた将だから、今でも嫌がらせのひとつやふたつ続いているのかもしれない。そう思うと、さすがに胸が悪くなる。
 雅之が自販機から缶ジュースを買って手渡すと、将はわずかに苦笑した。
「やっぱ、おこんねぇんだ、雅は」
「え?」
「例えば、ここで全員再会したとして」
 プルタブを切って、将は軽く肩をすくめた。
「もし俺を殴るとしたら憂也で、後の連中はなんだかんだっつっても、庇ってくれるんだろうなーって思ってたから」
 殴るとしたら、憂也。
 その言葉の持つ意味が、雅之の胸を重くする。
 今なら判る、結局あの時、一番将のことを理解していたのが、憂也だったのだ。
「……憂也のことは」
「知ってる、すげーな、ある意味俺に感謝しろって感じだけど」
「なんでだよ」
「俺のおかげでストーム抜けられたじゃん」
 笑うに笑えないジョーク。
 それでも、将の笑顔につられ、雅之も思わず笑っていたし、その刹那、ずっと苦しかった憂也との思い出が、ふっと楽になった気もした。
「……もしかして、怒られたかった、将君?」
「まさか」
 おそるおそる雅之が言うと、将はいつもの将になって、眉をあげた。
「確かに、会社がああなったことに関しては責任感じてる、でも、俺、間違ったことはしてねぇから」
 曇りのない男らしい眼差し。
「やっちまったことからは逃げられないんだ。時間は元には戻せない。謝ってすむことなら、いくらでも謝るけどさ」
「いいよ、俺だって聞きたくない」
 いい意味でも、悪い意味でも。
 俺たちのスーパーキング将が、世間に謝罪してる姿なんて、見たくもない。
「正直……なんでそんなに意地はんのかなって、思ったけどさ」
 雅之は、自身も買ったジュースに唇をつけた。
 勾置所で、日本中から謝罪を要求されても、決して頭を下げなかった将。
 仮に、将に過ちがあったとしたら、そこで自身の立場を貫き、結果として騒ぎを大きくしてしまったことだろう。
 あの時、もし将が即日釈放されていたら、事務所は、他社に吸収されるほどの大きな打撃を受けなかったかもしれない。
「でも今、俺、そういう将君が、やっぱすげーと思うし、誇りだと思ってる」
 雅之は、素直な気持ちで口にした。
「世間的にみたら、バカかもしんねーけど、俺はすげーと思ってる」
 誰にだって真似できない。
 いったん認めて、裁判で争うのが賢いやり方だったのかもしれない。でも、そこで将が譲らなかったのは、それが、将自身の人生というか、人間の根幹にかかる問題だったからだろう。
 今回の事件で、ただひとつ救いがあるとしたらそれだと、雅之は内心思っている。
 将が、将であり続けていたこと。
「憂也も絶対そう思ってる、だから、きっと怒ってねぇよ」
「………どうだかな」
 視線を下げて笑う将が、さほど楽しそうではないので、雅之のトーンも自然に落ちていた。
 日がいつの間にか陰っていた。窓の外は秋風が吹いている。
 向こうの気候はどうなのか、半袖の将の姿は、その時少しだけ寒々しく見えた。
 けれど、それは一瞬で、将はすぐにいつもの口調を取り戻す。
「空き缶は選別して捨てる!」
「あ、ご、ごめん」
 別に将君、もう日本で暮らさないんだからゴミの選別なんてどうでもいいんじゃ……などとは、口が裂けても勿論言えない。
「さっき行ってきたよ、六本木の跡地」
 将の隣に再び腰を下ろした雅之は、その言葉に眉を陰らせていた。
「事務所、ダメになったって聞いてはいたけど、ほんと、跡方も残ってねーんだな」
「一度、俺も行ったけど」
 雅之は言葉を途切れさせる。辛すぎる思い出の残滓。もう、二度とあそこには行きたくない。
「唐沢さんは……?」
 将の問いに、雅之は目を伏せて首を振った。
「社長退任の日から行方不明、無責任だって、もうマスコミじゃ散々だったよ」
「……そっか」
「でも、将君のせいじゃねぇよ、それは」
 そこは、さすがに鉛が詰まったようになって、雅之は言葉を詰まらせた。
 事務所が最終的にあんな事態に陥ったのは、緋川拓海の、こういっていいなら、「裏切り」のせいだ。
 ぎりぎりまで契約更新をせずに、いきなりの、まるでだまし討ちのような移籍、解散記者発表。あれが、間違いなくトドメだった。
 普通の移籍でもなければ、解散でもない。
 まるで、J&Mに恨みでもあったかのような冷酷な仕打ちは、当然マスコミでも取りざたされた。緋川と唐沢の確執、美波涼二の裏切り、等々、しかし今でも、緋川拓海は一切ノーコメントを貫いている。
 でも。
「……将君、あのさ」
 J&Mがなくなったのは、緋川さんのせいかもしれないけど、ストームがなくなったのは。
 それは、間違いなく雅之自身のせいだ。
 ストームが確かに存在して、五人が生きて、そして輝いていたという証が、今、地上から消去されようとしている。
 それを――正直、どう将に説明して、どう謝罪していいのか判らない。
「聡、今どこにいんのかな」
 時計に目をやった将の声が、雅之の言葉を遮った。
「悪いけどそろそろ行くよ、帰る前に、聡に一目でも会っときたいんだけど」
「ああ」
 と言いつつ、雅之も居場所は知らない。
「呼んでみるよ、俺」
 少し考えた後、思わずそう言っていた。
 まだ別れたくない。
 まだ、将と話していたい。
「ここに?」
「うん、もっと将君と一緒にいたいし、俺だって」
 言ってから、雅之は、初めて浮き立つような動悸を感じた。
 聡とは、なんとなく、もう会えないような気がしていた。
 会えば傷の舐めあいになる。多分お互い、そう思っているような気がしたから。
「将君、携帯は?」
 携帯をポケットから取り出しながら、雅之はふと訊いていた。
 そう言えば、ずっと繋がらなかった将の携帯。
「前の水に落としちゃって、データが全部パー、お前らの連絡先なんて携帯にしか残してねぇし、参ったよ」
「今の将君の、教えてよ」
 聡の携帯へのコールが聴こえる。それを耳に当てながら、雅之は言った。
「いや……よしとくよ」
 え?
 顔をあげた時、聡の声が耳元で響いた。



                20



「マジ受ける、やべーよ、これ」
「いやー、泣いた笑った」
 聡と将が、半分泣き笑いの表情で手を叩いている。
 稽古を終えたばかりの雅之は、憮然としながら二人の前に歩み寄った。
 舞台「どついたろか」の立ち稽古。すぐに駆け付けてくれた聡は、将と一緒に稽古場の隅で見学しながら、雅之の時間が空くのを待っていてくれた。
「いや、俺、これマジで本番見たいわ」
 涙を指で払うふりをしながら、将。
「じゃ、俺が、ビデオ撮ってイギリスに送るよ」
 やはり苦しげに息を整えながら、聡。
 何も……ドシリアスなシーンで、そこまで大うけしなくても。
 二人の前に立つ雅之はますます憮然と閉口する。
 少しだけ早く切り上げてもらった稽古。快く旧友との再会を祝してくれたスタッフや共演者には、感謝するしかない。
 が、無論、眉をひそめる人たちもいる。
「まぁ、わかってるとは思うけど、マスコミには注意してよ」
 とは、退室間際、雅之の起用に最後まで反対していたというプロデューサー崎田が囁いた言葉だった。元エフテレビのディレクターだった崎田は、昨年退職し、フリーで小さな制作会社をたちあげたばかりだという。今回は、その初プロデュース舞台だ。
 その言葉にひそかな憤りを感じても、今の雅之は、そんなことを言える立場でも場合でもない。
「あー、悠介も呼べばよかった」
「今の間に連絡すればよかったのに」
「まずったよ、雅の演技に見惚れすぎてた」
「うるせぇよ」
 雅之が稽古をしている間中、聡と将は、2人で話しこんでいたようだった。
 もともとどこか深い所で、妙に気があっていた2人である。
 最初ぎこちなく緊張していた聡の顔に、かつての優しい、花のような天然の笑顔が戻っているのを見て、雅之は胸が熱くなった。
「でも、雅が漫才師なんてさ、似合いすぎててむしろ怖いよ」
 一体どんな魔法をかけたのだろう。
 あれだけ落ちていた聡が、今は、別人のように屈託なく笑っている。
「聡君だって、高校生役だろ?何歳だっつーの」
「ぜんっぜんいけてるよ、これがさ、フィルム通すとマジで高校生に見えるんだ、不思議なことに」
「カメラ技術だな」
「将君?演技だよ、演技」
 楽しい時間。
 まるで、今だけ、時が5月に戻ったかのような。
 それでも将が、時折腕時計を見下ろす度に、逃げようのない現実を思い知らされる。
 今はもう、5月じゃない。
 今はもう、ストームじゃない。
 今はもう、J&Mはない。
「りょうには、」
 将が腰を浮かせかけた時、雅之は思わずそう言っていた。
「りょうには、会わないの、将君」
「まぁ、今回は時間ねぇしな」
 メンバーに宛てられた手紙は、りょう宛のものだけがなかった。
 そこに雅之は、将が抱く深い傷をみたような気がしていた。
 傷つけられるより、傷つけた方が辛い。憂也も、きっと将君も。
―――それから、俺も。
 そうか、と雅之はあらためて思う。
 7月に、ストームが終わった時。
 全員が、誰かを傷つけて、そして全員が傷つけられたのだ……。
「将君、あんま……言わない方がいいのかもしれないけど」
 聡が、少しためらうように口を開いた。
「将君が……事件のこと、記者と言い合いになったのって、その理由を誰にも話さなかったのって、りょうのためなんだろ」
 雅之も黙る。それは雅之自身も予感していて、そして、誰にも言っていないことだった。
「違うよ」
 が、ほとんど間を置かず、将はあっさりと首を振った。
「違うことないだろ」
「いや、りょうのためなんかじゃない」
「でも」
 りょうの母親が死んだ理由を、ストームは全員知っている。
 将が殴ったのはフリーの記者で、しかもそれは、訃報を聞いたその夜のことだ。
 そして将は、事件の動機を決して口にはしなかった。本当に最後の最後まで。
 相手の記者が、りょうの母を追い詰めた相手かどうかは知らないし、もしそうなら、将の気質であの程度で済んだとも思えない。
 ただ、りょうのことで――侮辱されるか、母親の死の真相について、何か言われたのではないか、とは、雅之でさえ思っていたことだった。
 それを口にできなかったのは、おそらく、りょうの実家が、母親の病名をひた隠しにしているせいだろう。
「あれは俺の自業自得だよ、つか」
 が、将は、淡々とした横顔で続けた。
「てめぇのしたことの言い訳に、りょうの名前出すほどバカじゃねぇよ、俺」
 雅之は、胸を衝かれて口をつぐんだ。
 頭を後ろから、見えない何かで殴られたような気分だった。
 それは、眉をしかめて拳を握る聡も、同じような気がした。
「……りょうには、」
 将は立ち上がる。雅之も時計を見ていた。もう引きとめることができない時間。
「また、いつか会いにいくよ。もっと俺が成功して、なんつーのかな、りょうが安心してくれる日がきたら」
「どういうのが、将君の成功なのさ」
 何気なく口を挟みながら、聡もまた、必死で将を引き留めているような気がする。
「なんだろ、金とかじゃねぇんだけど」
 将は、そこでわずかに言いよどむ。
「普通に笑って喋れるようになったらって感じかな、上手く言えねぇけど、りょうは気ぃ使う奴だから」
 じゃ、と、荷物を持ち上げる将を、聡も雅之も、立ち上がって見送るしかない。
「将君、携帯の番号だけど」
 それでも、未練のように雅之は言っている。
 歩き出した将は、足をとめて振り返った。
「手紙書くよ、落ち着いたら」
 将らしい、強気で、明るい笑顔だった。
「終わったばかりじゃん、俺たちは」
 終わったばかり。
「別れた女に、携帯の番号聞く男はいねぇだろ、例えがおかしいかもしんねぇけど」
「おかしいよ」
 咄嗟に雅之は反論する。でも、本当は、深いところで納得していた。
 女なんかより、もっと深くて強い絆。
 薄情なようで、雅之の頭は、別れた凪より、傷つけた憂也のことで一杯だった。その時点で、もう凪のことは諦めた――そもそも資格がないんだと、自身で潔く諦めた。
「だらだら過去振り返るよりさ、明日を見てようぜ、俺たちは」
「…………………」
「流れ星だったかもしれないけど」
 小さく輝いていたクズ星の5人。
 ひとつを残して、夜空から消えてしまった。
「どうせ流れるなら、明日に向かって流れていけばいいじゃねぇか」
 笑みを浮かべた力強い眼差し。
 明日へ、向かって。
 雅之はその言葉をかみ締める。
「何時の飛行機?」
 それでも、
 それでも、雅之は追っている。
 これが、おそらく本当の意味での、最後の別れになるとの予感があるから。
「六時半、やべ、ぎりぎりだな、こっからじゃ」
「また会えるよな」
 聡。
「会えるよ」
 足を止めた将は笑った。
「何年かたって、いつか、5人全員で集まろうぜ、そん時は俺が幹事すっから、約束する」
 それは、いつくらい先だろう。
 5年か、10年か、それとももっとか。
 想像さえできない未来。
 憂也は大スターかもしれない、りょうは子供くらいいるかもしれない。
 雅之と聡は、この世界に踏みとどまっていられるだろうか。
「じゃあな」
 軽く片手をあげ、来た時と同じような軽快さで、将の背中が小さくなる。
 じゃあな。
 また夜にでも、雅之の部屋で集まるような気楽さで。
 でもそんな日は、もう永遠にやってこない。
 もう、二度と戻らない。
「……すっげ、元気だったね、将君」
 聡が、ぽつりと呟いた。
「そうだな」
「もうちょっとへこんでるかと思ってたけど、さすがは将君だよ」
「………………」
 俺たちも、頑張らなきゃいけないな。
 無言で隣立つ聡から、そんな声が聞こえた気がした。
 こみあげる感情を振り切って、雅之は聡を振り返る。何かいつものノリで話していないと、涙腺がもってくれない気がした。
「何話してた?将君と」
「大した話はしてないよ、互いの近況とか、それくらい」
 微笑する聡の目が、優しく陰って空を見あげる。
「すっごい普通、本当に何もなかった頃みたいに普通の話」
「俺とも普通、つか、殆んど喋れなかったけど」
「あれだけしかないんじゃね」
 そう、悲しくなるほど時間がなく、慌ただしいひと時だった。
「将君、そもそも何しに戻ってきたんだろ」
 雅之は、口惜しさから呟いていた。
 まだ騒ぎの余波も残る中、こんなに慌ただしく帰国した理由は何だろう。退学の手続きなら別に将本人でなくてもいいはずなのに。
 俺達に会うのが目的なら――もう少し時間を取ってくれてもいいはずなのに。
「さぁ」と、苦笑して首を振りかけた聡が、空を見たまま視線を止めた。
「花火大会、どっかでやってないかなって聞かれたよ、そう言えば」
「花火?」
 九月に?
 雅之は目を剥いていた。
「い、いきなり帰国子女かよ、将君」
 さすがにそれには呆れてしまう。
「やってるわけないだろって笑ったら、その時くらいかな、少し寂しそうに見えた。でも理由聞いて笑ったよ。今つきあってる女の子が、とにかくでっかい花火が好きなんだって」
「もういるの??」
「さすがだろ、俺もう、将君のこと心配するのやめるよ、マジで」
 聡が笑って肩をすくめる。
 けれど、雅之と同じで、その笑いは、どこか寂しそうだった。
 そっか。
 将君も将君で、幸せなんだ、今。
 そっか。
 それでいいんだよな、本当に、それで。
 雅之は、こみ上げる感情を、唇を噛んでやりすごす。
 そして理解した。
 本当の意味で、今日がストームとの決別の日なのだと。
 さよなら、将君。
 いつか、いつか俺たちが、もう一度5人で会える日まで。
















 ※この物語は全てフィクションです。



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