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 勾留期限まであと1日。
 柏葉将(元J&M事務所)の処遇の行方が、注目を集めている。
 認めてしまえば、罰金刑の可能性が極めて強い罪を全面否認している柏葉将が逮捕されたのは、先月23日の夜。
 当時、沸騰していたストーム人気の影響もあり、それは、全国的なニュースとして世間を騒がせた。
 この騒ぎがさらに過熱したのは、彼の父親が、社会的に注目を集める立場にあったからだろう。
 世論は柏葉バッシングに回り、父親が所属する外務省もJ&M事務所も、世論にあわせた立場を貫いた。一言で言うと柏葉将は、会社からも家族からも、一切擁護されない立場に追いこまれたのである。
 ワイドショーでは、連日、同じ映像、同じコメントの意図的な垂れ流し、「民間人」に暴力を震った「芸能人」は、こうして徹底的に糾弾された。
 確かに、どんな理由があるにせよ、暴力という報復行為は決して許してはいけないものだ。
 が、「芸能人」と「暴力行為」の二文字にヒートアップした国民は、いつのまにか、この騒動の底にあるものを見過ごしていたのではないだろうか。
 過剰ともいえる騒ぎの背景には、人間が元来持つ感情のひとつ「嫉妬」がある。
 柏葉将は、名門資産家の家に生まれ、恵まれた家庭環境の元、有名附属高校、大学を卒業、アイドルグループ「ストーム」の一員として国民的「アイドル」になった。
 父親は東大卒の外務官僚、母親は元銀行頭取を父にもつ令嬢。妹も名門付属に通っている。まさに絵に書いたような幸福な環境である。
 彼の生い立ち、学歴、そして、デビュー以降のサクセスストーリーは、繰り返し繰り返し流され、主婦であれば、そらで言えるほどであろう。
 何ひとつ曇りない白さに、人は知らず、汚してしまいたいという渇望を覚える。自分が決して立てない高みから引きずりおろし、地べたを這いずる様を見たいという欲望を覚える。
 残念なことに、そういった動機に駆られて「祭り」に参加した者が、さらに騒ぎを過熱させ、「世論」形成に一役買った。
 柏葉将をメディアで擁護した芸能人、関係者らが、それがどういう内容であれ、一様にインターネット上で袋叩きになるという異常事態は、国民が、自らの手で、自身最高の権利である「表現の権利」「知る権利」を放棄したに等しい愚挙だ。
 かつて為政者が苦心した世論操作が、かように安易に出来る時代もないだろう。インターネットの匿名者が、今や世論形成の大きな要だ。が、その安易さの陰にひそむ怖さに気づく者が、果たして、どれだけいるのだろうか。
 しかし、そこに救いが生まれた。
 本流の中に生まれた小さな反流。
 嵐のような批判にもくじけることなく、「世論」に挑み、声を発信することを決意した者たちが、今、少しずつ、絶望的な濁流をせきとめようとしている。
 柏葉将の当夜のスケジュール、そして元所属グループのメンバーの母親の死、彼の普段の性癖や人柄等を、客観的な立場で訴え続けているファンサイト。
 同じく、素顔の柏葉将を知っている大学の友人らが、実名で興した事件検証サイト。
 そして、外務省を劇的に退職した柏葉将の父親が、弁護士らの協力を得て起こした事件の検証サイト。
 そこで父親は、柏葉将が養子であることを自ら明かし、長年に渡る家族間の断絶を告白した。一見順風万歩に見えた柏葉将の半生が、孤独で、むしろ同情されるべきものだったことを、あえて公表した影には、世論を逆手にとり、逆風を生み出そういう、元外交官ならではの計算もあるのだろう。
 それら検証サイトを見るにつけ、まざまざと恐怖を持って思い知らされるのは、今回の事件での、警察捜査のずさんさである。
 被害者の一方的な言い分だけを鵜呑みにしての逮捕、勾留。
 当夜の目撃者さえ、十分に調査することもなかったことが、はっきりと伺える。
 上記検証サイトで独自に探した目撃者、そして近隣住民が目撃した不審な自動二輪車の存在も、警察は、なんら確認することなく、柏葉将逮捕に踏み切っている。
 さらに興味深い検証もそこでは取り上げられている。
 事件当夜、柏葉将が紛失したと訴えていた携帯電話の行方である。
 検証サイトの記事を引用すれば、発見者の女子大生は、当初、くだんの携帯電話を、事件があったとされる路上の、ビルひとつ挟んだ向かい、その側溝の中で発見。
 当夜は、係わり合いになるのをおそれて無視していたが、自分もファンだった有名人の事件とあって、翌日、気になって拾い上げ、別の場所に放置。それをさらに二日後、誰も警察に届けないことに業をにやし、自身で届け出たとのこと。
 実は柏葉将の証言と、被害者の証言には大きな食い違いがある。
 最大のなぞは、その犯行現場。
 柏葉は、Sビル前の通りで男の襟首をつかんで突き飛ばしたと言い、被害者は、通りを奥に入ったSビルとNビルの狭間で、柏葉につきとばされ、暴行を受けたと証言している。事実、血痕等はその現場に付着していたのだが、柏葉は、その場所には行っていないと明言し、一方、被害者が供述した柏葉の足取り、逃走経路を辿ると、柏葉が証言した現場に、柏葉は行っていないことになる。
 しかし、携帯電話は、柏葉が証言したとおりの場所で発見されている。
 一体、これだけ単純な事実に、警察はどうして留意しなかったのであろうか。
 また、盗んだとされるフィルムも、そもそも存在していたのかどうか。
 柏葉はそれについては一貫して否認しているし、また、彼自身の身からも、彼が逃走をはかったとされる経路からも、そのようなものは発見されていない。警察にしても、当初から、フィルム盗難での立件は視野に入れていなかったようだ。
 本人が認めて謝罪してしまえば、初犯でもあるし、おそらく罰金刑ですむ事件。
 推測するに、こんな思いが警察にはあったのではないか。
 一人の有名人が逮捕された、アイドルである、素行が悪いとの評判もある、若くして世の中を舐め、思い上がった少年に、お灸を据えることも必要だろうと。


 人一人の人生は、「逮捕」というそれだけで、大きく変わる。
 芸能人ならなおさらである。現に柏葉は全てを失い、警察の出方によっては、これからも貴重な時間を失い続けることになる。
 起訴か、不起訴か。
 柏葉将は、すでに再勾留されている。
 警察の常識では、再勾留されたものが、不起訴になる可能性は、まずないという。
 これは、1人の芸能人の問題ではない、私たち1人1人が、誰でも落ちうる現代の落とし穴だ。
 明日の自分がそうでないと、一体誰が保障してくれるだろう。
 適正な捜査、公正な判断がまたれる。

(PJ  M.A)










 
 ※この物語は全てフィクションです。



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