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「全て計画通りです」
 東京赤坂。
 東邦EMG本社ビル。
 有能な部下の報告を聞き終えて、真田孔明は、渋い目で嘆息した。
「過ぎた話とは言え、誰がそこまでやれといった」
 柏葉将逮捕、そして異例の長期勾留。
「確かに、居場所をなくせとは言った、しかし前科者にしろとまでは言っていない」
「最悪、たかだか罰金刑ですよ、まぁ、ここまで自分の首を絞めるとは、私にも想定外でしたがね」
 耳塚恭一郎は、そう言うとかすかに唇をゆがめてみせた。
 それが笑ったことを意味するのかどうか、つきあいの長い真田にも理解できない。
「それに彼は、あなたがどう手を尽くそうとも、容易には堕ちてきませんな」
「父親について、海外に行くか」
「いずれ、元の場所が恋しくなる。その時頼るのはあなたしかいないでしょう」
「……………」
 真田が欲しいのは、まるで父親を生き映したような、輝くオーラを放つスターである。平凡な人生に埋没してしまうなら、興味はない。
「……まぁ、いい、手に入らなければ、しょせん潰すしかない才能だ」
 自らそれを封印するというなら、それもまた望みどおりの結末だ。
 あの光は、私だけのものだからだ。
 かつて、愛した男を永遠に葬ろうと決めた時と同じで、鎖を切って逃げるというなら、その光は、二度と輝けない場所に封じ込めなければならない。
―――真田のおっさん。
 辞表をたたきつけた時の、最後に言った静馬の言葉。
―――夢に鎖はつけられねぇぜ。
 まだ若く、おそれを知らない真っ直ぐな瞳、怖いもの知らずの若者は、その時、不敵にも笑ってさえいた。その時の、愛しさと憎しみの混じった不思議な感情を、真田は今でも昨日のことのように思い出せる。
「柏葉に殴られた記者はどうした」
「大金をつかませて、海外に飛ばしました。ま、当面日本には戻ってこないでしょうな」
「お前にしては、珍しい失態だったな」
 本来なら、緋川の移籍を待って、早々に「記者」に被害届を取り下げさせるつもりだった。それが、耳塚が美波と書いた筋書きである。
 しかし、美波が緋川の説得にてこずったばかりか、当の記者の主張が、柏葉将の支援団体とやらが探し出した目撃者の証言で、覆された。
 少なくとも、記者の訴えに信憑性がないという判断から、傷害については起訴猶予になったのだろう。
 実際、どういうからくりで、耳塚が柏葉をはめたのか、その詳細まで真田は知らない。しかしこういったことにかけては、いわばプロの耳塚にとって、今回の「事件」はむしろ遊び程度の感覚だったに違いない。
「終わりよければ、すべてよしですな」
 耳塚は、錆びた鉄がこすれあうような声で、軽く咳払いをした。
「御影社長とは、円満に話し合いができましたかな」
「ぬかりはない、真樹夫に全てを任せてある」
 篠田真樹夫。代表取締役を任せてある真田の実子。
「あの社長もとんだ狸だ、救世主のつもりで、Jはとんでもない男に目をつけられたのかもしれないな」
 東邦が買い占めた株は、ほぼ売値で、全てニンセンドーが買い受けることで合意した。
 すでに結末は、見えた。
 これで真咲しずくの株を加えれば、ニンセンドーは、独自でJ&Mの株を、五十パーセント以上取得することになる。
「それでは、あなたは何なので」
 背後から耳塚の声。
 表情を変えないまま、真田は軽く眉を動かした。
「御影君は怒るでしょうな、これから、さらにJの株は暴落するのですから」
「……………」
 真田は無言で立ち上がる。
 デスクのスケジュール表、日付は7月31日。
 明日、藤堂戒を新社長にした、新たな芸能事務所「オフィス・ネオ」が発足する。
 本当に社長職につけたかった男には、その就任を拒否されたが、最後にどういうミラクルを使ったのか、最も欲しかったスターを、男は見事に釣り上げてきた。
 緋川拓海。
 今日、日本芸能界は、大きな激震に見舞われるだろう。
 日本芸能史上、最強のアイドルと呼ばれたギャラクシーが、J&Mを離脱し、解散する。
「さて」
 そうそう、忘れていた。
 今日は、ストームのコンサートだったか。
「本日は晴天なり、だ」
 真田は会心の笑みを浮かべ、階下に広がる朝のオフィス街を見下ろした。
 静馬。
 夢とはな、しょせん、金という鎖に縛られてのみ、実現するものなのだ。
「王国の終焉を、じっくり見物しようじゃないか」



                 32



「移籍?」
「緋川さんが?」
 そんな声を出した後、憂也も聡も、凍りついたように黙り込んだ。
 嘘だ、そんなの。
 雅之は、ただ、黙っていた。
 そんなの、絶対に有り得ない。
「ほ、本当なんだ、今、記者さんたちも大騒ぎで」
 慌てて駆けつけたのか、コンサートスタッフが、息を切らしている。
「今、天野君からも時間差でコメントが発表された。ギャラクシーは解散、それぞれが、独立して活動していくそうだ」
 その背後から、やはり緊張した面持ちで、片野坂イタジが付け加える。
「場内にもニュースが広がって、お客さんの一部が動揺している。冒頭で、……柏葉君のことも含め、そのことにも、触れないわけにはいかないだろう」
 7月31日、埼玉スーパーアリーナ。
 ストーム臨時公演、本番十分前。
 楽屋を出る直前だった。満席の場内から、どよめきのような歓声が聞こえてくる。
 それぞれ、ファーストシーンの衣装に着替えたまま、雅之、憂也、聡、りょうの4人は、ただその場に立ち竦んでいた。
 緋川拓海がJ&Mを移籍する。
 ギャラクシーが解散する。
 長年にわたって、事務所の黄金期を支え、そして今も支え続けていた日本最大のアイドルユニットが。
 しかも、おおげさでなく事務所の存続がかかっているこの時期に。
「そんなわけ、ないですよ」
 雅之は思わずつぶやいていた。
 そんなわけない。
 緋川さんが、俺らを――見捨てるはずなんて、絶対にない。 
「なんかの間違いですよ、それ、絶対にない、あるわけない」
「成瀬君」
「絶対にないですよ!」
 口を開きかけたイタジに、噛み付くように反論した時だった。
「雅、今、もめてる時間なんてねぇだろ!」
 鋭い声で憂也。
 すでに頭を切り替えたのか、憂也は平然と、イタジの前に歩み寄った。
「詳細、わかってないんですよね」
「わからない」
「じゃ、僕らも詳細はわかりませんが、先輩の決断を尊重して応援します、みたいなコメントでいいですか」
「いいと思う」
 なんだよ、憂也。
 なんだってお前は、いつもそんなに冷静なんだよ。
「……俺の、せいですか」
 呟くように言ったのは、今日、リハーサル以外では、終始無言だったりょうだった。
 まだ面やつれが目立つりょうは、メイクでも、その肌色の悪さが誤魔化せないほど憔悴している。
 実際、今日、りょうの出番は冒頭の挨拶と歌、そしてラスト二曲だけ。
 それ以上は、どう考えても無理だった。
 実質三人でやっていくコンサート、派手な演出も全て禁止され、歌と、そしてトークだけで持たせる一時間半。
 ほとんどすべてのトークと演出は、憂也一人が考えたものだ。
 一番忙しいはずなのに、まるで嫌味のように、精力的にコンサートの準備にいそしんでいた憂也。
「将君いなくなって、憂也が一番はりきってるみたいだね」
 聡が、そんな皮肉を呟いても、雅之にも何も言えなかった。もう、心のどこかが、三人ともばらばらになっている。
「……何を言ってるんだ、片瀬君」
 島根から、ずっとりょうに付き添っていたイタジが、即座にそのりょうの傍に歩み寄る。
 そのりょうは、聡と雅之、そして憂也の不仲には、気づく余裕さえないようだった。
「俺が……あんな騒ぎおこして、それで何もかも、目茶苦茶になったから」
「それは全く関係ない、緋川君たちの移籍は、もう何年も前からずっと噂になっていたんだ」
「………………」
「君が気にすることはない」
 うつむくりょうは、それでも、イタジの説明に納得していないようだった。
 雅之にも、かける言葉さえ見つからない。実際りょうは、未だ誰にも、閉じた心を開こうとさえしていない。
「うちの事務所……どうなっちゃうんだろう」
 聡が、心もとなく呟いた。
 その不安は、口には出さないが、スタッフを含め、おそらく全員が感じている。
 ギャラクシーが消えれば、間違いなくエフテレビは手を引く。これで、もし、ニンセンドーが、経営支援から降りてしまったら。
「とにかく行こう、ここでぐだくだ言っても、何もはじまんねぇだろ」
 憂也が、冷めた口調で言って、歩き出した。
「何があってもステージには関係ないんだ、頼むから、そんな不安な顔、お客さんに見せてんなよ」
「悪かったな」
 憂也の冷静さに、雅之は、咄嗟に反論してしまっていた。
 まだ、頭が混乱したままなのかもしれない、しかし一度切れた感情は、理性では止まらなかった。
 と、いうより、憂也に対してずっと蓄積されていた感情が、ふいに臨界を越えたような、そんな感じがした。
「俺らはお前とは違うんだ、みんながお前みたいにな」
 こみあげた怒りが、傍のベンチに当たっている。
 蹴りあげた簡易ベンチはひっくり返り、壁にあたって激しい音をたてた。
 憂也だけではなく、スタッフ全員が足を止める。
「強いわけじゃねぇんだ、お前のペース、他人にいちいち押し付けんな!」
 その場の全員が静まり返る。
 激しい反論が返ってくると思ったものの、振り返った憂也の目は、意外にも静かだった。静かというか、ただ、不思議そうだった。
「……よせよ、もう」
 聡が、疲れた口調で中に入る。
「あと少しで幕が開くんだ、もうやめようよ、こんなのは」
 目をそらしたままのりょうは、何も言わない。
 雅之も、吐き出した怒りを収めるに収められず、そのままうつむき続けていた。
 言い過ぎたことは判っている。
 でも。
 でも――。
 スタッフの呼び声がする。
 開演五分前。
「とにかく、行こう」
 イタジの声、最初に憂也が歩き出す。
「………俺、そんなに強くねぇよ」
 雅之の傍を通り過ぎる際、そんな呟きが聴こえた気がした。



              33



「大丈夫ですかね」
 客席から戻ってきた逢坂慎吾が呟いた。
 その意味は判っている、イタジは苦い目で、幕間から見える客席をうかがいみる。
 開始まで後一分。
 客席の大半はペンライトで埋まっているものの、雰囲気がどこかおかしかった。
 超激戦、オークションで十倍の高値がついた今回のチケット。一般発売に回す余裕はまるでなかったから、ファンクラブチケットしか出回っていないはずだ。
 しかし、コンサート慣れしているはずの観客が、どこか萎縮して戸惑っている。
「あれのせいですかね、スポンサーに、かなりの量を回してますから、今回は」
「まぁ、それもあるだろうが」
 スタンド最前列等の良席は、スポンサー企業に回さざるを得なかった。無論、その席は、重役関係者の家族か知人で埋まっている、全国的な騒ぎになったストームを、一目みたいだけの野次馬かもしれない。
「野次がひどいですね」
 逢坂が眉をひそめた。
「そもそもなんで、男があんなに来てるんだ」
 観客が萎縮しているのはそのせいだろう。
 絶対にストームファンでは有り得ない一部の観客が、時々、妙な声をあげている。
「追い出しますか」
「いや、今日は、殆どの局のワイドショーが来ている、悪い印象は与えたくない」
 ヤフーなど主力サイトで、言ってみれば公然とされているチケット転売。本来なら取り締まるべきだが、放置しているのが現状だ。
 今回、それらオークションで、チケットに異常な高値がついたのは知っていた。
 それが、何か、関係しているのだろうか。
 まさかな、株主総会じゃあるまいし。
 イタジは、自身の危惧を苦笑して打ち消す。
 妨害のために、総会屋が入ってくるような、そんな場所じゃない、コンサートは。
「……それにしても、ストームは……もう、難しいかもしれないですね」
 逢坂の呟き。
 ステージ開始三十秒前、照明が落ち、ようやく歓声が場内を包んだ。
「今、事務所から連絡がありましたよ、ストームの連中に、解散か、このまま続けるつもりなのか、最終的な意向を確認しといてくれって」
 イタジは、思わず眉をあげて振り返る。
「いずれにしても、事務所は新体制になる……新しい体制の下、ストームとして存続させるは、難しいかもしれないですね」



              34


「大変申し訳ありません、ストーム埼玉スーパーアリーナ臨時公演は、ただ今を持ちまして、終了させていただきます」
 えーーっという悲鳴があちこちから上がる。
「繰り返します、片瀬りょう急病のため、ストーム臨時公演は、ただ今を持ちまして終了させていただきます。チケットの払い戻しに関しましては、後日チケットセンターにてお受付いたします、大変申し訳ありません」
 アナウンスが繰り返す。
 照明が次々に灯り、周囲は、失望と怒りと、そして悲しみの声に包まれた。
「どうして?なんで?」
「私、わざわざ北海道から来たんだよ、冗談じゃないよ」
「ねぇ、りょうどうなっちゃったの」
「死んじゃったの、もしかして」
 美月奈緒は、戸惑って、傍らに座る恋人を見上げた。
「……まぁ、中止なものは仕方ないけど」
 高校からあしかけ2年、つきあい続けている男、桜木翔。
 同じ高校を卒業した恋人は、今は専門学校で、音響関係の勉強をしている。年の割には妙に落ち着いていて、大抵のことには表情を変えない翔も、今はさすがに眉をひそめていた。
「ひでぇな、それにしても」
 もともとちょっと顔がよくて、名前が柏葉将と同じだったから、つきあうことに決めた彼氏。その翔のことが、本当に好きになって――アイドルからは卒業した奈緒だったが、今日だけは、どうしてもストームのコンサートに行きたかった。
 幸運にも、知人から譲ってもらったプレミアチケット。島根からわざわざここまで、この日のためにやってきた。
「ふざけんな、金返せ」
 周囲の女性客が、怒り任せに椅子を蹴っている。
 あやうくそれが足に当たりそうになった奈緒だったが、即座に翔が庇ってくれた。
「よせよ、みっともねぇな」
 周囲は騒然としている。
「あんだけ客が騒げば、中止するしかねぇだろ、お前らのせいじゃないか」
 まだ怒っている女性客にそう言い捨て、翔は、奈緒を庇うようにして歩き出した。
―――どうして、こんな酷いことに。
 奈緒は、悪夢でも見ているような思いで、浮き立つ気分で足を踏み入れたコンサート会場を後にした。
 怒っている客もいれば、号泣している客もいる。
 殆どは、泣いていた。
 まだ、未練のようなコールが、場内のあちこちに響いている。
 冒頭、最初から客席は荒れていた。
 最初に、柏葉将の離脱についての謝罪と、今日、突如発表されたギャラクシーの解散のことが、綺堂憂也から報告された。
「お前らのせいだろ」
「謝るなら、まず片瀬に謝らせろ!」
 そんな声が、コンサート会場で上がること事態、奈緒には信じられなかった。 
 ここは、ストームとファンの、いわば交流の場所だ。彼らを好きな人しか、入ってはいけない場所だ。
 警備員が、たまりかねて制止に走る場面も見受けられたが、そんな声は、会場のあちこちから、まるでもぐらたたきのような巧妙さで上がっては消える。
 冒頭の曲の間でも、ブーイングの声は尽きることがなかった。
 いつものストームなら、こんな声なんてぶっ飛ばすほど迫力があるのに――奈緒は悔しかったが、このコンサートそのものが、「贖罪」というテーマのせいなのか、曲はどれも静かなもので、空気は簡単に壊される。
 ブーイングを無視する形で進められていたステージだったが、開始十五分、我慢の限界が来たのは、客席のファンの方だった。
 言い合い、そして小競り合い、アリーナ席中央で悲鳴が聞こえ、そこでステージはいったん中止となった。場内は騒然とし、その中で、最悪の事態が起きた。
 奈緒は、その瞬間を見ていた。
 スタッフにうながされるように退場しようとしていた片瀬りょうが、ふいに、胸元をかきむしるようにして、うずくまった。
 顔色が、紙のようだった。息が上手くできないような、そんな苦悶の表情を浮かべ、そのままステージに倒れこむ。
 一気に幕が引かれ、混乱と悲鳴の中、十分後、コンサートの中止が正式にコールされた。
「なんで、誰も出てこないの?」
「がっかりだよ、ストームだけは、信じていいと思ってたのに……」
「もう、ファンやめるよ、マジで」
 ファンの失望もわかる、しかしそれ以上に、今、ストームが感じている失望の方が、奈緒には痛かったし、苦しかった。
「なんだよ、泣くほど観たかったのかよ」
 駅に向かう道すがら、涙ぐんだ奈緒に気づいたのか、恋人が不満げな声を漏らした。
「……そうじゃないけど」
 それは、観たかったし、柏葉将の近況も聞きたかった、でも。
「あたしたちが、壊したから」
 奈緒は、呟いて、もう一度零れそうな涙を拭った。
「あんなに、私たちに楽しい思いをさせてくれた人たちなのに、私たちが、壊したの、今日」
「……別に、俺たちってわけじゃ」
「翔君、コンサートって一方的に見せるものじゃないよ、ステージに立つ人がいて、観る人がいて、翔君が勉強してる音響スタッフの人がいて、それではじめてできる空間なんだよ」
 全員の気持ちがひとつになって、初めてあの空気が、あの空間が生まれる。
 この感覚を、上手く言葉にはできないけれど。
「……ファンもね、あの人たち楽しませなきゃいけないの、……今日はそれができなかった。それが、すごく悲しいの……」
 ファンも、ストームから離れたかもしれない。
 でも、ストームも、ファンから離れたかもしれない。
 それが、奈緒には、胸が痛いほど悲しかった。



              35



「つい先ほど、ご家族が到着された、明日には、島根に戻るそうだ」
 イタジの説明にも、誰も顔をあげようとはしなかった。
 救急車で運ばれたりょうだったが、発作はすぐに収まった。過呼吸、キッズ時代も、確か一度同じことがあった。
 当時は知らなかった理由を、今は、イタジは知っている。
 片瀬りょうの兄が、自殺した夜のステージ。
―――無理だったんだ、最初から。
 悔やんでもどうしようもない、ストーム、実質最後のステージは、想像する限り最悪の事態で幕を閉じた。
 唐沢社長にしか明かしてはいないが、片瀬りょうの母の死は、自殺というより、むしろ殺人だ。
 警備をかいくぐって押しかけた、フリーの記者らしき者数名が、片瀬りょうと散歩中の母親に、強行な取材を敢行した。
 そこで片瀬りょうの証言を信じれば、記者は「兄の自殺の原因は、片瀬りょうにあったのではないか」という、人間として信じられない質問をぶつけたらしい。
 看護士が駆けつけた時、すでに片瀬りょうは、錯乱状態だったし、逃げてしまった記者が誰だったのか、雑誌社も名前も判らずじまいだった。
 ただ、イタジも、そして唐沢も、柏葉将が殴打したフリー記者が、その関係者ではないかと、内心強い疑いを抱いている。が、その件に関しては、柏葉が口をつぐんでいるからどうしようもない。
 片瀬が落ち着けば、記者の写真を入手して、確認させるつもりだった。片瀬家が故人の病名を明かしたくない気持ちは理解できるが、これは、断じて泣き寝入りですませる問題ではないからだ。
「……これから、どうする」
 客の引いた場内。
 淡く灯った照明が、心もとなく、ステージに座る三人を照らし出している。
「残酷な、ようだが」
 つい先ほど、コンサート中止を報告したイタジは、最悪の結末を、唐沢直人から聞いたばかりだった。
「唐沢社長は、今日付けで社長を退任された」
 誰も、何も答えない。
 この中で、唯一元気に見えた綺堂憂也でさえ、何かを諦めたような目をしていた。
「新社長には、ニンセンドーの御影氏が就任される、おそらく、会社名も変わる」
 今日。
 実質的に、J&Mは、この地上から消えた。
「それに伴い、キッズを含め全員が契約更改になる。……御影新社長からの伝言だ。ストームとしての君らとの来期契約は、できないそうだ」
 その意味が判っているのか、いないのか、全員がうつむいたままだ。
「希望があれば、ソロでの契約は可能だそうだ、いずれ、条件面での提示があると思うが………どうする」
 逆に言えば、希望がなければ、出て行ってもらってかまわないと言う通告でもある。
 ストームだけではない、新社長の就任で激震をこうむっているのは他のユニットも同じことだ。ましてやキッズは、残れるかどうかも定かではない。
「……解散で、かまわないと思います」
 沈黙の中、呟いたのは、うつむいたままの聡だった。
「……ぶっちゃけ、もう、俺たち」
 そのうつむいた目元から、光るものが零れ落ちた。
「これからどうしていいか、もう、全然、わかんないんです」














 
 ※この物語は全てフィクションです。



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